其の一撃に賭ける「神童」
アネモネの魔術は予想以上だった。
前に感じた「まさか……」という予感が、本当にその通りだとは流石に思わなかった。
おかげで、安全面を考慮して、手加減をするということが出来なくなってしまった。
俺としても負けるわけにはいかない以上、アネモネのものよりも、明らかに強い一撃を放つ必要がある。
体の不調が皆無であることと、朝から魔力を作りやすいように保っていたことは、間違っていなかったわけである。
自信から笑みを浮かべるアネモネに対し、俺も同じような笑みを返す。
魔術師たちが、水魔術ではなく、土魔術で火を消すのを眺めながら、自分のやろうと思っていることを、改めてシミュレーションする。
やりたいものは、「液体酸素爆薬」による爆発だ。
なんでそんなものを知っているのかと聞かれても、俺は黒色火薬の作り方を知っていた程度には、そういった方面の知識があるのだ。学問として学んだのではなく、あくまでも趣味でだが。
魔術を覚えてから四年間と半年、新たな魔術を覚えるのみならず、創意工夫も怠らなかった。これはその中の一つである。
この爆薬は、作り方自体は難しくない。
炭や綿といった有機物に液体酸素をしみ込ませれば、それだけで完成である。本当にそれだけで爆発するようになるので、液体酸素の管理ミスによる、爆発事故が起きることがある程だ。
問題は液体酸素なんて簡単には入手できないというところだったのだが、これは魔術が解決してくれた。生成は水属性魔術で、状態維持は火属性魔術の応用で出来た。
作成から起爆まで、全部のプロセスを魔術化すると、次のようになる。
一、地属性魔術で炭の粉を生成する。
二、火属性魔術の応用で超低温に温度管理する。
三、水属性魔術で液体酸素を生成する。
四、地属性魔術でアルミニウム粉を生成し、混ぜる。
五、火属性魔術で起爆する。
一つ一つはそこまで難しい魔術ではない。
実のところ、液体酸素は冷えてても酸素なので、そこまで消費魔力量も極端に多くはない。
後はイメージをテンポよくしていくだけで、大爆発を起こせる。物質のイメージもだが、座標のイメージも大切だ。効率よく炭の粉に液体酸素を吸収させなければならない。
「整備終わりました」
フィールドを整えていた人たちがそう声を上げた。
彼らが退散したので、俺は魔力障壁使いたちに声をかける。
「俺のは危ないから、よろしくお願いします」
彼らは神妙に頷いた。
直接声をかけたわけではないアネモネが、眉を僅かに動かしたように見えた。
俺は一歩前に出て、深呼吸をする。
なんといってもややこしい工程を踏まなければならないのだから、落ち着いて、しかし早くだ。
「【魔力よ、全てを育む地として、形を成せ】」
まずは、炭の粉をイメージして、的の近くにそれを大量に作り出す。
炭を作るのに必要な魔力は少ないが、距離がある分、多めの魔力を取られたと思うが、ここではまだ自分では分からない程度である。
次に、その周辺の温度を下げる。
火属性魔術の応用なのだが、呪文を唱えるとイメージし辛くなってしまうので、これは無詠唱で行う。この魔術は液体酸素を蒸発させないためのものなので、暫くの間維持する。これが中々に曲者で、一番魔力を使う。
そして、水属性魔術で液体酸素を作り出す。温度を操作しているので、作った瞬間に気化するというようなこともない。
ちゃんと炭の粉に吸収されるように、座標を細かくイメージする。
よし、上手くいった。しかし、やはり遠くに魔術を撃っているので、手元で物質を作る時と比べると、圧倒的に魔力消費が多い。流石に魔力が減った自覚も出てきた。
最後に、もはや作りなれたと言ってもいい、アルミニウム粉を生成する。
ここまで、全部で一分もかかっていない。温度管理の魔術を解く。
「いくぞ! 【魔力よ、温もりを与える火となり、形を成せ】」
俺の宣言で魔力障壁使いが俺より半歩前に出て構える。
基礎ともいえる初級の火属性魔術によって、爆薬は起爆された。
バンッ! と。あるいは、ドンッ! と。
シンプルで明快な、しかし強烈な爆発音と共に、的の周囲がハジけた。
アネモネの魔術は純粋な火属性魔術だったので、燃え上がるだけであったが、俺の魔術は爆薬を作り出して起爆した、変則的な複合魔術だ。
「燃焼」ではなく「爆発」が起こり、的を中心にした爆風が起こった。コロシアムのフィールドには石ころ一つなかったから、そういった意味では安全だったが、それでも砂が飛んでくる。
魔力障壁使いは、それらを受け止めて俺達や観客を護る。
爆発が終わった後を見ると、四方から爆発による圧力を受け、潰された的が残っていた。
主観になってしまうが、アネモネのものよりも強力な一撃を放てたように思う。
「俺が『神童』ヴァイスだ。分かっただろう?」
先程の彼女の台詞を真似て言う。
魔力が足りなくて、正直立っているだけでも頑張っているのだが、それは表情には出さないように頑張る。
「生活魔術で、これを……?」
アネモネが信じられないと言ったように呟いた。
彼女自身の自信は失っていないようだったが、それでも、有り得ないものを見たと言いたげであった。
騒めく会場の中で、独り審判の男だけが走る。
彼はアルトリウスたちの元へ、両者が魔術を完全に終えたことを告げた。
僅かの間、王爵と大公爵たちは話し合って、ロマーナ大公爵が立ち上がった。他三人は俺に縁深いから、そのあたりの配慮であろうと予想できる。
「今回の対決の勝敗は、複合魔術も一発と見た、魔術一撃の威力で決まる。
故に、勝者は、従一位王爵家第二子『神童』ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスとする!
異論があるものはいないか?」
当然ながら、普通の貴族たちに反対する者はいない。
護衛も含めて、魔術を深く嗜んでいる貴族たちは暫し考えたようだが、それでも反論は上がらなかった。アネモネの超級魔術が、どこまで凄いか理解していても、この試合の勝敗は単純な威力で決まるのだ。
アネモネも、舞踏会では俺に突っかかって来たが、本質の方は馬鹿ではないようで、ここで異議を唱えるようなことはしなかった。あの時のは、何らかの発作みたいなものだったのかもしれない。
ただ、空虚に呟いた。
「私が、負けたの……?」
そこにあるのは、なんらかの喪失か。
彼女は呆然として、周囲を一度見渡した後、もう一度呟いた。
「私は負けた……。こんなの、嘘だ……。『才媛』は、『才媛』は……っ」
顔は見えなかったが、彼女の声は泣きそうであった。或いは、既に泣いていたのかもしれない。
俺はアネモネのことを好きとは言えないが、それでも多少は心が痛んだ。彼女はきっと、その称号に絶対的な自信を持っていて、心の支えにすらしていただろうに、容赦なくそれを圧し折ったのだ。
勿論、後悔はない。
俺は自分だけの為に勝ったわけではない。俺の為に怒ってくれたレイナや、この称号をくれたアルトリウスなど、他の人の為にも負ける訳にはいかなかったのだ。
それに、これは平等な条件下での試合なのだから、下手に同情するのも失礼だろう。
俺が、勝利の喜びを噛み締めてもよいだろう。
俺が拳を掲げると、観客席から何人かが、拳を上げてくれた。
それはレイナを始めとした知り合いたちで、俺と目が合うと笑ってくれた。
それを見て、俺も笑った。
「神童」と「才媛」の魔術対決は、「神童」の勝利で幕を閉じた。
※この作品は異世界でありフィクションです。作中で主人公が行ったことを、専門家の指導と行政の許可なく、行うことは絶対にやめてください。非常に危険です。




