其の一撃に賭ける「才媛」
アネモネとの対決です。長らくお待たせいたしました。お楽しみください。
アネモネとの対決の日。
俺は武闘大会を観戦することも、買い物をすることも控えて、魔力の充填に努めた。
もっとも、魔力というのは貯め込めるものではないから、魔力を作りやすくするということだ。
魔力は全身の細胞でエネルギーが形成される過程によって生じる。
つまり、よく食べ、よく寝て、適度な運動をし、日光を浴びることだ。健康な生活をするのが一番良いということだ。
この際に、怪我などをしないように気を付けなければならない。何故ならば、その傷口を修復するのに、無意識レベルで魔力を消費してしまうからだ。意識していないため微々たる効果しかないが、地球人よりは傷の治りが早い。
俺は万全を期すために、レイナに「聖女の奇跡」を使ってもらった。少しズルかもしれないが、使えるものを使わないのは、むしろ失礼であろう。
体にあった僅かな、自分でも分からなかった不調が取れ、体が羽のように軽く感じた。七歳児とはいえ、それなりに不調があるものなのだな。
ちなみに、準決闘直前ではなく、朝にやってもらったのは、試合の内容故だ。
今回の対決は、「魔術一発の威力」を比べるものだ。
アネモネがどういった魔術を使ってくるかは分からないが、俺が使うのは最終的には爆発する、複合魔術である。自分で言うのもなんだが、非常に危険だ。小規模なものならば起こしたことがあるが、魔力全てを使っての、全力のものなど起こしたことが無いからだ。
魔力障壁を張れる魔術師はいるが、もしもの時はレイナだけが使える「聖女の奇跡」に頼ることになる。最後の命綱だ。
ウォルフガングとミハイルは、無事に今日の試合で勝利して、一つコマを進めたようだ。
そんな報告を聞いて、自分も負けていられないなと思った。
◆
護衛の魔力障壁使いを従えて、コロシアムの土を踏みしめる。踏みしめられて硬くなった土には、意外にも石ころ一つ余計な物はなかった。
上から見るとまるでゲームのステージのようで、小さく見えるフィールドも、実際に自分が入ってみると、かなり広く感じられた。石造りの観客席は圧巻で、自分が見世物であることを強要されるかのような、なんともいえない力を感じた。
夕日によって赤く照らされるコロシアムの中心に、この対決の相手であるアネモネが、護衛に日傘をさしてもらいながら、堂々と立っていた。日傘が少し場違いなのだが、こればかりは彼女がアルビノである以上は仕方がないだろう。
観客席は前列だけ埋まっていて、アルトリウスさえそこにいるようで、上の方は誰もいなかった。彼らはそれぞれの考え方があるようで、真面目に見ている者から、遊んでいる者までいた。
アネモネは最初は観客席の一角――そこに四大貴族家当主たちが居る――を見ていたが、俺に気が付くと、こちらに顔を向けてきた。彼女の表情には焦りも嘲りもなく、ただ静かな余裕だけがあった。
「あら、逃げずに来たのね。それじゃあ宣言通り、『才媛』が『神童』よりも優れていると教えてあげるわ」
初めて会った時とは違う、落ち着いた調子だった。
彼女は唇を三日月に歪め、その整った容姿で妖艶な笑みを浮かべる。おおよそ子供らしくはなかったが、彼女らしくないかと聞かれたら、それは否であろう。
「こちらの台詞だ。是非は答えないが、それはこれから分かることだろう?」
「そうね。正々堂々と、ルール内で完全勝利して見せるわ」
それだけで会話は途切れた。俺も彼女も、今この時に多くの言葉は不要であると理解していた。
何故ならば、お互いに自分の勝利を信じて疑わなかったのだから、特段相手の心をかき乱すような小細工は必要なかったし、そうやって勝ったと思われたくなかったのだ。
茶髪の審判らしき男が、俺たちの方にやってきて、司会進行を行う。武闘大会の司会者のように、拡声魔術で声を大きくするようなことはせず、ただ淡々とまさに司会進行を執り行ってくれた。
幾つかの注意事項と、この魔術対決のルールを、改めて説明してくれた。
・勝敗は、複合魔術も一発とみた、一撃の威力で決まる。
・一発勝負である。
・魔術は順番に撃つ。
・魔術は的に向かって撃つ。
・相手へ故意に危害を与える行為は禁止。
・観客へ故意に危害を与える行為は禁止。
・道具の持ち込みは全面禁止。どうしても必要がならば魔術で自作せよ。
・複合魔術は分解してもよいが、時間制限はある。
・勝っても負けても恨みっこ無し。審判にケチを付けない。
・貴族らしい戦いを。
簡単にまとめるとこんな感じだ。
俺たちがそれを了承すると、審判は初めて大きな声を上げた。四大貴族家当主たちのいる方へ向かって、略式の敬礼をしたのち、戦いの始まりを宣言した。
「これより、従一位王爵家第二子『神童』ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスと、従七位子爵家第三女『才媛』アネモネ・レーア・フォン・ユーベルヴェークの、王国より認められた『準決闘』を始めます!
これは本来の決闘のような、法的拘束力を持つものではありませんが、お互いにルール・マナーに則り、正々堂々と闘い、勝敗が決した後は真摯な態度を心掛けるように!」
俺とアネモネも、四大貴族家当主たちと審判に、順に略式の敬礼をして、お互いに握手を交わす。
軽く話し合って、順番を決める。
アネモネが先にやるというので、そのようにした。
フィールドの真ん中に一本の棒が立てられた。
的とはいっても、ただそのあたりに撃てというだけの指標でしかないので、こんなもので充分らしい。
俺たちはフィールドの端に寄る。
アネモネが一歩前へ出て、深呼吸をする。
三回ほどそれを繰り返して、彼女は姿勢を正した。
「【魔力よ
原初に人間が有した最初の力
いつかは我らを灯していた光
天上の真中に輝き続けるその更に中にあるもの
悪しき魔女を焼いた至上の鎚
聖なる龍が吐く息を源とする力
酒盃に注がれし純血の如き色を持つ炎
地の底でも尚消えない灯り
純潔の聖女は熱を感じることはなく温もりを感じる宙の力
彼らは何時か歌いだし何かを讃えた
神の護り舞う美しき熾天使たち
体の一部たる栄位な焔
我が願いの熱さの通り
形を成せ】」
普段耳にすることの無い詠唱だった。
会場は静まり返って、アネモネの凛とした声だけが響いた。
直後、轟、と激しく火が上がる。
今まで見ていた火属性魔術が全て遊びに見えるような、大火。
漫画やアニメで見るような、ステレオタイプな魔術を、この世界で初めて見ることになった。
俺がやるような、予め危険物や火薬を生成することなく、単純な火属性魔術でここまでの威力を実現できるものなのだと驚かされた。
三メートル程の巨大な火の壁は一瞬だったが、常時魔力を注ぎ続けることも不可能だから、それは仕方がない。後には、燃える的が残るのみだった。
「超級魔術を、あの年齢で……!?」
その呟きは誰のものだったか、俺には分からない。
言われて思い出した、アレは、確かに超級魔術の詠唱だ。大人でも使えるのは才能が絡んでくるレベルであって、普通は体の小さな子供では使えない。
会場は騒めいて、完全にアネモネの空気に呑まれていた。
アネモネは振り返ると、俺に向かって笑みを浮かべた。
「私が『才媛』アネモネ。分かったでしょう?」
嗚呼、十分以上に、過剰なほどに理解できたよ。