悠然な対策会議 2
そういえば、アネモネといえば、ハインツ兄様の件だ。
本人の知らぬところで色々いうのも悪いかもしれないが、俺の中でのアネモネの印象はよろしくない。俺以上にレイナが憤っているのも問題だ。
一人で考えても結論は出ず、しかしハインツ兄様は、なんだかんだで意志が固いタイプだ。その場で俺が感情に任せて否定しても、首を縦に振ることはなかっただろう。
三人寄れば文殊の知恵なんていうが、兎に角、独りで考えるよりは何倍も良いだろう。
「話は変わるんだが、少し相談があるのだが、大丈夫か?」
そう聞くと、レイナとカリンはすぐに肯定を返した。
フランツィスカは固まっているが、そのうち再起動するだろう。もしくはカリンが強制再起動させるか。
「あまり大声で言えないことだから耳を貸してくれ」
首を傾げながらも耳を寄せてくれたレイナに、ハインツ兄様がアネモネを気に入ったと言ったことを話す。
彼女はそれを聞くと、驚いたような、しかしどこか納得したような表情をして、右手を口元に当てつつ考え始めた。
同じようにしようと、カリンにもう一度声をかけると、カリンは少し考えて、複雑な嫌そうな表情をした。
「耳は着脱出来ないので貸せません」
「お前、レイナがどうやったか見てたよな」
カリンらしからざる発言を即座に否定する。
すると彼女は少し考えて、微妙な表情のまま口を開いた。
「耳を怪我していまして」
「レイナに治してもらうといい」
そのレイナは考えこんでいて聞いていなかったが、俺がそう言うとカリンは表情を無にして、無言で首を横に振った。
そんなに耳が嫌なのか。別に触ろうとかいう訳でもないのに、近づかれるだけでそこまでの拒絶をするというのか。
カリンの顔を見据えると、彼女は眼で訴えてくる。
カリンは基本的には俺に逆らわない。
俺が悪いことをしようとしたら止めるし、実際にしたら怒るし、ゲームを初めとする勝負事では本気で勝ちに来るが、そうでない時に否定や拒否をすることはない。
俺のやりたいことは存分にやらせてくれて、彼女もそれに付き合ってくれる。今が勤務外とはいえ、それもここまで全力で拒否する理由にはならないはずだ。
すると、カリンは耳に何らかの、人には話したくないことがあるのかもしれない。
「俺としては、信用しているから、聞くだけでも良いから相談に乗って欲しいんだ」
かといって探る必要はないだろう。何か怪しい動きをしているとかなら別だが、耳を隠そうとしているだけだ。身体的特徴ならば、隠したいことも一つや二つあるだろう。
だからこそ、特に変化球は投げずに真摯に見据える。
俺は相談に乗ってもらいたいだけで、それ以上のことは、プラスにもマイナスにも働かないから、と。
カリンは髪の上から耳を触った。
身長の関係もあるが、俺を見下ろす形になって、暫し見定めるように目を合わせた後、仕方がないというように溜息を吐いた。
彼女は両の手を胸の前で重ねて、腰を曲げて頭を下げた。
「無礼な態度をお詫びします。申し訳ありません」
突然のことだったので、驚いた。少し焦った。
「っ……頭を上げてくれ。むしろ俺の方こそ無理を言ったかもしれない。大丈夫か……?」
「はい、自分では割り切ったのですが、人に知られるかもとなると割り切れない面がありまして。でも、殿下なら大丈夫だと信じることにします。何か気が付いても言わないでくれると嬉しいです」
カリンは頭を上げると、小さな声でそう言って薄く笑った。
今日の彼女は少し情緒不安定だな。しかし、信頼の込められた笑みは、とても綺麗だった。
何故ハインツ兄様の件を相談しようとしただけで、こんな空気になっているのだろう。主従の絆を確かめるような展開になっている。
ともあれ、裏切るわけにはいかないな。何か気が付いても、誰にも言わないことにしよう。
カリンは俺の身長に合わせて屈んだ。耳打ちをしたが、耳は髪に隠れているので、俺が特別何かに気が付くことはなかった。
お互いに杞憂だったという訳だ。少なくとも今回は。
カリンは俺の話を聞くと、無表情のままに、右手を口元に添えて考え出した。レイナもやっていたが、深く考える時の基本姿勢なのだろうか。
「フランツィスカ」
カリンが連れているくらいだから信用出来ると思うのだが、駄目だな、反応がない。
二名ほど思考に潜り込み、一名ほどフリーズしたまま未だに戻ってこないので、会話は途絶えた。
舞踏会の踊るためのBGMが、落ち着いたクラシックを、俺の耳に提供してくれる。居心地としては然程悪くない。
しばらくたって、レイナが口を開いた。
「私はヴァイス様を侮辱したあの子のことは好きではないです。でも、私がヴァイス様を好きなように、彼も彼女のことが好きなのですよね?」
レイナは本当に七歳とは思えないほどに聡明だ。
俺の出した結論と同じだったので、首肯を返す。
「では、私には何も言えません」
そういうと彼女は、俺の腕を掴んで身を寄せてくる。
そんな俺たちを眺めつつ、カリンが口を開く。
「彼は彼女とは直接話したのですか? 是にせよ否にせよ、話さないことには分からないでしょう」
「そうだな、確かに、お互いに良さ悪さを分からないと」
悪くないアイデアだ。
もしかしたら、アネモネも言うほど悪い子ではないかもしれない。
あるいは、本当に悪い子だったら、流石のハインツ兄様も見限るだろう。
どちらに転んでも、俺にとってはプラスになる。
唯一の不安要素は、たとえ罵倒されたとしても、女性の好みが歪んでいるハインツ兄様ならば、「自分がしっかりしている」と一点で喜ぶ可能性が皆無ではないことだ。
レイナの素晴らしさを理解しているから、まさかマゾヒストということはあるまいが、そこまで含めた広大な守備範囲を持っている可能性は否めない。ハインツ兄様の包容力は高い。
野球に例えるなら、内野は全部駄目だが、外野は全部カバー出来るような感じである。内野やバッテリーの方が我が強いイメージもあるかもしれないが、そのあたりはややこしくなるので、広さとか人口密度とかのニュアンスでなんとなく理解してもらいたい。
俺が何度も頷きつつ、そのあたりの情報を整理しているとき、カリンがフランツィスカを再起動させた。
カリンが自己判断でフランツィスカに耳打ちで先程の話を伝えると、彼女は恐縮しきったように、しかし声の大きさは最適な小さなもので言った。テンパっていても最低限の判断はつくほどに優秀らしい。
「私には雲の上の存在過ぎて……! でも、本人の気持ちが一番大切ではないでしょうか?」
もっともな意見だった。
俺達とは遠い場所に居るため、客観的に見ることが出来ている。
しかし、やはり家族になる可能性がある俺たちにとっては、気が気ではない問題なのだ。
フランツィスカの意見を俺が受け止めているとき、ちょうど音楽が一曲終わって途切れ、ふと、自分の気持ちを一番大切にした二人が目に入る。
そんな彼らにカリンが声をかけて、こちらの方に呼び寄せた。
なんだか、段々集まってきているな。