悠然な対策会議 1
試合の内容はあまり頭に入っていない。
自分が出ているわけでもなく、知り合いも二人ともシード枠を引き当てていたので、これといって見る必要はないので問題ないのだが。
試合には問題がなくとも、ハインツ兄様の話には問題がある。
一言で纏めると、「アネモネが女性として理想的」である。
分からなくはない。見れば分かる程度に魅力もあるだろう。
しかし、彼女は悪いところを鑑みれば、マイナスの方へ天秤が傾くだろう。そして何より、俺は間違っても「アネモネ姉様」なんて呼びたくないのだ。
国の為、ハインツ兄様の為、そして何よりも自分の為に、俺は考えを改めさせる方法を模索しなければならない。
とはいえ、個人の趣味に口出しは出来ない。
なにより、ハインツ兄様の置かれている状況を考えたら、ああいった趣味になることも致し方無いといえるだろう。
舞踏会にて、レイナと踊りながらそんなことを考える。
まだオリジナリティは出せないが、決まった型の中であれば慣れたもので、レイナが相手であれば、余計なことを考えながらでも滑らかに踊れる。お互いの動きを感覚で予想できるのだ。
成る程、改めて彼女は理想の婚約者だ。ハインツ兄様の嫉妬も有難く受け止めることにして、彼女の顔を見つめる。
レイナは微笑みを向けてくれた。
非常に可愛くて、愛しさすら込み上げる。
既に曲は終盤だ。曲が終わるタイミングに合わせて、彼女の体を抱き寄せる。
「キャッ! ヴァイス様……?」
「少し、このままで……」
ごちゃごちゃと考えていたものが抜けて、スッと体が軽くなるような錯覚を覚える。
癒される。
「聖女」を抱きしめて癒されるなど、俺以外に出来るだろうか。いや、出来ない。
満足した俺はレイナの腕を解放してあげて、彼女の髪にキスを落とす。
彼女はくすぐったそうに再び微笑んで、俺の背中に手を回した。
そこで、咳払いが聞こえた。
「そこの七歳児、舞踏会の邪魔になるので、踊らないならもう少し端に寄った方が良いですよ」
橙髪のお嬢様が、面倒そうな顔で佇んでいた。
彼女の言う通りであった。言い方はともかくとして、内容には正しさしかない。
俺は速やかに端に避けると、改めて彼女に声をかける。
「しかし、他に言い方はなかったのか?」
「貧乏籤を引いてみれば、私の気持ちも分かりますよ」
暗に、他の貴族に俺の説得を押し付けられたと言う。確かに、彼女に押し付ければ角も立ちにくいし、適任ではあっただろう。
昨日と同じであったならば、楽しい気持ちを邪魔されたといった感じか。
にしても、あの言い方は挑戦的だ。
カリン以外だったら嫌いになったかもしれない。
違うな、自分だけは大丈夫という、確信を持ってああいう言い方をしている気がする。実際に彼女だからこそ、許している自分がなんとなく悔しい。
ひどく落ち着いているカリンの後ろで、茶髪の少女がおろおろしていた。
新顔か。見たことのない子であった。
俺が「その子は?」と聞くと、カリンが「ああ」と答えた。
「従九位準男爵家第一女フランツィスカ・エルネスティーネ・フォン・シュヴァーゲルツェンベルクです。私の家、プレヴィン辺境伯家の侍女ですよ」
「フランツィスカ・エルネスティーネ・フォン・シュヴァーゲルツェンベルク」
「は、はい!」
思わず反復してしまった。
緊張した声で、跳ねるように返事をした彼女を見て、申し訳なく思う。
自分の名前も十分に長いが、彼女の名前が長すぎて驚いたのだ。
「あ、ごめん、長い名前だなと思っただけで、特に文句とかあるわけじゃあ無いんだ」
ホッと胸をなでおろす彼女に対し、俺とレイナは軽く姿勢を正す。
「俺は従一位王爵家第二子ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスだ」
「私は従二位大公爵家第一女レイナ・マリーナ・フォーガス・ユグドーラです」
そう名乗りを上げると、フランツィスカは写真に写したかのように硬直した。
もしかしてだが、俺たちの身分を読み違えていたのだろうか。
俺を含め、当人たちからすると自覚が持ちにくいところなのだが、やはり王爵家と大公爵家は王侯貴族の中でも特別らしい。
確かに、「四英雄家」などと呼ばれることもある、ローラレンス、ユグドーラ、バウマイスター、ロマーナの四家は、建国の祖であり人類の英雄の末裔だ。
日本的にいうなら、まさに「天皇家」がその概念に一致する。
敬い仕えるべき対象であるのみならず、宗教的な意味でも中核に位置することになる。仏教をミリア教に、日本神話を王国神話に置き換えて考えれば、何となく理解できると思う。
神話といいつつ、英雄信仰なのはご愛敬だ。
とにかく、目の前に天皇がいるのと、なんちゃら大臣がいるの、どちらの方がより緊張するかということなのだ。現代人は分からないが、近代以前ならば間違いなく前者であろう。
そんなわけで固まったフランツィスカを、カリンが声をかけたり、軽く叩いたりして、現実に引き戻す。
「――ハッ。……り、リューネ!? この子たちってそうなのですか!?」
「フランツィスカ」
「あ、えっと、カリン様。この二人は四英雄家の一族なのですか?」
カリンに注意されて、あからさまに取り繕うフランツィスカ。
カリンは二つの意味で頷くと、答えた。
「そうですよ。知りませんでしたか? 私がヴァイス殿下とレイナお嬢様の世話係として女官をやっていると」
「いえ、しかし、まさか。光栄です!」
知っているが、俺たちが本当に俺たちがそうだとは思わなかった感じだろうか。たとえお付きの女官といえど、俺達には文句を言えないだろうと。
下級貴族に、俺たちはそんな風に思われているのか。いや、彼女だけかもしれないがなんとも言えないな。
そのフランツィスカは、俺たちに芸能人でも見たようなキラキラした視線を向け、同時にカリンに憧れの視線を送っていた。
「フランはなんでそんなに嬉しそうなのですか?」
「四英雄家の方々と直接お話しできるなど、こんな光栄なことはないです!」
レイナは回答に納得いかないのか、なお首を傾げる。
当然だ。俺たちの感覚としては、そもそもなんで光栄なのか分かっていないのだから。上級貴族は結構普通に話しかけてくるし、平民くらいになると、なんか凄い人くらいの認識になっているからだ。
カリンは溜め息を一つ。
「準男爵家というと、町長くらいですからね。その程度の権力しか持たないのに、『王国神話』から始まる、四英雄家の凄さを英才教育過程で教わるのですから、興奮したり委縮したりするのもまた、致し方無いでしょう」
レイナはカリンの言葉を聞き、意を得たように頷いた。
もっと気軽に話しかけてきて良いのだけれど、どうやら下級貴族の考えはそうでもないらしい。
少し考えれば分かりそうなものだけどな。国のトップたちの考え方は、アネモネが俺に突っかかってきたのを、不問にするどころか、面白そうだから余興にしようぜと言い出すレベルだ。