一対一
一日目は予選だけであったので、武器こそ違うものの、乱戦を複数回見るだけで終わった。
剣の後は、槍、斧、格闘技、その他、というように続いた。
すべて十人ずつの予選突破なので、合計五十人が本戦に進むこととなる。人数の関係上、シード枠が十四もあるという、なんともいえないことになるのだが、そのあたりは伝統ということで納得するしかない。
本戦の対戦は、全て厳正な抽選で決められている。シードを勝ち取る運も実力のうちということだ。
予選を超えると、その時点で、中堅貴族の私兵には成れる可能性が高い。王国軍や、四大貴族の私兵になりたいのならば、勝ち進む必要が出てくるのだが。
なお、半数の出場者は既に正規兵や私兵であるため、残り半数の傭兵や冒険者が、その座を狙って血眼になっているわけである。
前者は名誉の為か、よりよい就職先を目指しているのだが、流石に後者に勝る程の気迫はない。
そういったこともあって、勝ち上がっているものには、フリーランスの者が多い。
舞踏会も、前日のものと違って、特筆するようなイベントは起こらなかった。
もっとも、アネモネが絡んできたのが特殊過ぎると言えば特殊過ぎるのだ。
強いて言うならば、偶然に見かけたカリンが非常に楽しそうにしていた。普段は淡々としているので、なんだか新鮮だった。
笑うと可愛いんだな。もともと綺麗ではあるけれど、なんか意外だった。
まあ、それくらいだ。
◆
二日目以降は、一対一の試合だ。
シードの数を考慮すると、一回戦の試合数は十八試合。
なお、二回戦以降は、十六試合、八試合、四試合、二試合、一試合となる。変則的なのは、一回戦だけである。
「同じ人が一日に闘うのは一回まで」と大会規定に定められているので、一日当たりの試合数は、後になるにつれて減っていくことになる。
その分、余興があったり、弓や魔術の試合があったりするわけだ。なんだかんだで一日中盛り上がることになる。
俺は昨日と同じ席に腰掛け、始まるのを待つ。
初日と同じ、司会の元気な声が響き渡る。
『紳士淑女の皆様!
武闘大会二日目、本戦の始まりたる本日も、司会は私ことラファが担当させていただきます! 宜しくお願い致します!』
会場が盛り上がる。試合が始まるという期待に湧いて。
極少数、別の盛り上がりを見せているけれど、まあ、別にいいか。
『一回戦第一試合の選手は、東より、神速の二つ名で呼ばれる凄腕冒険者、クリストフ・シュテムハイゼン!』
クリストフと呼ばれた男は、ステレオタイプの冒険者だ。
動きやすい服装に、胸と関節の外側だけに最低限の鎧を付け、二本の剣を持っている。右手にはレイピア、左手にはマンゴーシュ。
一見、対人決闘用の装備だが、構えは型にはまった物ではなく、彼が冒険者であるということが伝わってくる。
ちなみに二つ名とは、文字通りただの二つ名だ。
王国が発光する称号とは違い何の効力も持たない、ただの業界内での通称である。しかし、業界内とはいえ二つ名持ちは、それなりの実力者とされる。
『対して、西より、歴戦の傭兵、ゴードン・シュナイダー!』
ゴードンと呼ばれた男は、傭兵と呼ぶには些か小奇麗な男だ。
細身の体に軽鎧を纏い、一本の長槍を持っている。
その構えもまた、一見は型通りである。其れゆえに、隙も少ないように見える。
ふと思ったのだが、司会の子の情報量が凄いと思う。
彼らはあくまでもフリーランスの者たちなので、公的な情報というものは殆ど存在しない。名前は参加登録のために書くが、煽り文は彼女が考えたものになるだろう。
審判が台に立ち、会場に緊張が走る。
『始め!』
然程の間をおかずに、審判が腕を振り下ろす。
最初に動いたのは神速のクリストフだ。
彼は二つ名に恥じない超速攻で切り込むが、それをゴードンも辛うじて受け止める。型通り故に、対応力が非常に高い。
しかしクリストフは、本来は防御のために存在するマンゴーシュをも攻撃に使い、速攻で決めにかかる。
だが、相手も、紹介通りならば歴戦の傭兵だ。
槍を傾けて双剣共に受け止めて、それを一薙ぎ――相手を間合いから追い出した。
近距離であったからクリストフの間合いであったが、形勢は逆転、長槍使いのゴードンの間合いとなる。
しかし、双剣使いは素早く後退して、長槍のすらも範囲外にする。
そこで試合は膠着した。
遠距離はどちらの間合いでもなく、中距離はゴードンの間合いだが、近距離にまで入られたらクリストフの間合いである。
「レベルが高いね。特に、あの冒険者の方が凄い」
ハインツ兄様がそう言う。
「双剣使いの方……確かに、剣筋が見えないほどでしたね」
「長槍使いの傭兵も悪くはないけれど、相手の動きを追い切れていない感じもある。現に今のところ一度も攻めることが出来ていない。武器が決闘向きかどうかってこともあるのだろうけれど、それを差し引いても、あの速度での二刀は驚異だよ」
普段、王爵家親衛隊長のルーカスから剣を教わっているハインツ兄様が言うのだから、その通りなのだろう。
そして、長い膠着が解け、ついに試合は決した。
ゴードンが攻めに出た。
予備動作のない正確で高速な一突き。
クリストフはそれをマンゴーシュで受け流して、最低限の動きでレイピアで刺突する。
胸に寸止め。
少しの時間お互いに硬直したのち、審判の声が響いた。
『そこまで! 勝者、東、クリストフ・シュテムハイゼン!』
お互いに武器を引き、一歩下がって礼をして、最後には握手を交わす。
極端な話ゴロツキである彼らがする、そのような所作にはなんとなく違和感があったが、この大会では毎回そんなものらしい。その方がお互いに気持ちいいからと大会の方から指導され、国家元首の御前だと脅されるらしい。
なんでそんなところだけ強権を行使するのだ。
まあ、悪いことではないから良しとしよう。
実際に見ていて気持ちがいい。
うん。良い試合だったな。
「しかし、一対一の試合はいいなぁ……」
「そうですね。乱戦と違って実力も確り分かりますし、技術そのものや、読み合いなんかを予想するのも楽しいです」
ハインツ兄様も同じように思ったのかと、共感を示すと、彼は苦笑いをしつつ。
「いや、一対多になることが多い乱戦は、舞踏会を思い出すんだ……。すっごく悪い言い方になってしまうけれど、有象無象がよってたかってくるんだ……」
この場合の有象無象というのは、何も身分や見た目のことを言っているのではないだろう。
曰く、中身がない。
曰く、自分が薄い。
そんな風にハインツ兄様は言った。
ハインツ兄様はモテる。
どれくらいかといえば、人数だけで言えば光源氏も泣いて逃げ出すレベルである。光源氏は相手を厳選する上に両想いなのは触れてはいけない。ここで大事なのは人数だ。
さて、そんなハインツ兄様から見ると、彼に言い寄ってくる女性は有象無象らしい。
それは、完全に偏見だと否定することは出来ない。
全員が全員そうだという訳ではないが、かなりの割合が打算で来ているのも事実であろうし、本気の娘も本気であることを彼に示せていないのだ。
「やっぱり、ヴァイスが羨ましいよ。可愛くて、一途に思ってくれる、我のある女の子が婚約者なのだから」
レイナは本当に良い子だ。
理想の婚約者だと、言い切る自信がある。
だから、前にハインツ兄様のことを、少しでも羨ましいと思ったことを恥じた。
いや、しかし、それだけモテるハインツ兄様は、やはり一つの理想だ。いくら第一王子であっても、人間的に良くなければあのようにはなるまい。
純粋に人間として、目標だ。
しかし、そんな思いは吹き飛んだ。
否、正確に言うならば、あまりの衝撃に上書きされた。
「ヴァイスの周りには自分が強い人が多いよね。
例えば、『才媛』の子。アネモネだっけ? あの子なんかは、凄く良いと思う」
「は……?」
思考が遅延する。
いまいち上手く言葉を処理出来ない。
漸く繋がった文字列を整理して、眺めると、思うことは一つ。
斬り合い・殴り合いを見ながら話すようなことではないな。
嗚呼、違う、そうじゃない。
落ち着いてもう一度言葉を噛み締める。
つまり、あれだ。ハインツ兄様は、アネモネを気に入ったと仰せだ。
確かに、彼女は我が強いというか、むしろ「我」の塊だ。身分差を気にしないことが多いローラレンス王国とはいえ、正面切って第二王子に喧嘩を売りに来るなど、そうあることではない。
つまるところ、分かりやすい無礼者だ、彼女は。
あの時のロマーナ大公爵の表情からして、ただのうつけというわけでもなく、何かはあるのだろうけれど。信長なら危険因子だぞ。
結論としては、ハインツ兄様、モテすぎて理想が歪んだのだろうか。
確かに可愛いし、我もあるけれど、アレで良いのか。
「それは、そういう意味で……?」
「そうだね。『自分』がちゃんとあるって、すごく大事なことだと思う」
ハインツ兄様の言うことにも一理ある。
置かれている状況というか、そのあたりも分からなくもないので、強く反論することも出来ない。それに、好みなんて人それぞれである。
直接話したら幻滅する可能性も、何故かあんまりビジョンは見えないけれど、そういうことも普通にあるだろう。
細かいことは後で話せば良いだろう。
視線を前に戻す。
やっぱりアレだ、こんなところでする話ではないな。