閑話1 ≪カリンの休日 1≫
第二王子付きの女官カリンを主人公にした閑話です。
閑話と言いつつ色々と世界の情報なども書いていきます。
二話構成です。
私は、カリン・リューネ・フォン・プレヴィン。
プレヴィン辺境伯家の第二女であり、ローラレンス王国の一等女官だ。
女官といっても、書類仕事をするような、お堅い公務員になったわけではない。
私に与えられた仕事は、王爵家第二子のヴァイス殿下と、大公爵家第一女のレイナお嬢様の「世話係」であった。
世話係というのは、専属侍女と教育者を合わせたような役職だ。
役職名の適当さに反して、その内容は楽なものでも簡単なものでもなく、決して運や家柄だけでなれるものではない。
だから私は、プレヴィンだけでなく、カリンに自信を持っている。
己惚れではないと言い切ることは出来ないが、私は数多の候補者の中から選ばれて、これまで殿下たちを世話してきた実績がある。
もっとも、ヴァイス殿下は色々と特殊だった。
皆は彼を「神童」と呼ぶが、私に言わせれば「バケモノ」だ。
神童という言葉は、彼には役不足だ。レイナ様でもギリギリだ。
バケモノであっても、彼は普通の子供よりやりやすい相手だったし、性格もなんとなく合った。話していて楽しいと思える乳幼児。不思議な感覚だった。
何故か、彼が優秀なことの何割かは、私の功績にされた。
普通の子であればそれを己の名誉と捉えることが出来ただろうが、違う、彼は生まれた時から優秀であっただろう。
兎に角、私の客観的な立場は「超一流の教育者」だ。
運も実力のうちだとか、実力に運はついてくるとか、そんな言葉を信じることにしよう。
そして、今日の私は「ローラレンス王国一等女官」ではない。
「休日……。何をするべきなのでしょうか?」
起きて早々、思わず漏れた独り言は、間違いなく私の本音だ。
休日の過ごし方というものが分からない。
陛下から、闘技大会の間は、世話係の仕事を免除すると言い渡されたのは、十日ほど前。当日になっても未だに、何をするべきか決めかねている。
半日の休息を戴くことは多いが、その場合もなんだかんだで、殿下といることが多い。本を読んだり、ゲームをしたり、魔術の練習をしたり――どれも私の趣味である。
そう考えると、私は仕事依存症ワーカホリックだ。
丸々一日どころか、何日間もの休みである。
何をするべきなのだろうか。
久しく、「プレヴィン辺境伯家第二女」にはなっていなかったから、振る舞い方を忘れてしまっている。
武闘大会なのだから、それを見るのが一番なのであろうが、生憎と戦闘を眺める趣味はない。
私くらいの立場だと、見に行くことが仕事になるということもない。仕事でもないのに、趣味に合わないものを眺める意義はない。
寝ているのも勿体無いし、読書や訓練では仕事と同じだ。
「となると、買い物でしょうか……」
武闘大会では多くの商人が店を開いているので、一番は朝だが、昼間でも十分以上の賑わいを見せる。知的好奇心から食欲まで、全てをカバーしてくれることは間違いない。
散財するのは趣味ではないが、無理に買わずとも、見ているだけでそれなりに楽しめるであろう。特に気に入った物だけ買えばよい。
やることが決まった私は、独り頷くと、宿のクローゼットにかけたドレスを眺める。
普段ならば迷いなく、女官として機能性を重視した、令嬢の服を使用人風にアレンジしたドレスを選ぶ。
しかし、あの服は普段着として着るようなものではない。殿下に言わせると、
『先進的でいいんじゃないか? 俺は普通のドレスより好きだぞ』
とのことだが、世間の評価が全てそうというわけにもいかない。
貴族でも使用人服は着るが、それはあくまでも仕事着だ。アレンジされたドレスであろうと、仕事着として作った以上は、普段着としては別の服が必要なのだ。
しかし、動きづらそうだ。
無駄にひらひらとした蒼色のドレス。
私の髪を映えさせる色の、オーダーメイドで新調したものだ。自分でいうのも何だが、着れば似合うし、恐らくは魅力的な女性に成れる。昨日の舞踏会で複数の方に言い寄られたので、間違いないと思う。
結婚願望も恋愛願望もない私にとっては、機能性に勝る要素にはなり得ないのだが。
そこまで考えてから気がついた。
買い物に行くのならば、大会観戦や舞踏会に行くのと違って、ドレスは似つかわしくない。頑なにそういった服装を貫く貴族も多いが、店員に気軽に話しかけて貰えるくらいの方が、ショッピングは楽しめると私は思う。
クローゼットを閉め、鞄の中に詰め込んだ、大衆的な服を取り出す。大衆的といっても比較的裕福な者が着る物ではあるが、女性物故にスカートではあるが、機能性に優れる良いものだ。
ネグリジェを脱いで、取り出した服を着込む。
こういう服は腰を締め上げる必要がないから、着替えも簡単だ。普段から、締めすぎても動きにくいので、外見上のプロポーションを整える程度にしか絞めていないけれども。
髪は服装に合わせると、あまり結いこまない方が良いだろう。半分は流して、ハーフアップにし、愛用している銀のバレッタで止める。
姿見がないから過信は禁物だが、整っただろう。
満足していると、不意に扉が数回叩かれた。
「どうぞ」
恐らく使用人だろう。
入室を許可すると、私よりも若い少女が入ってきて、驚いたような焦ったような声を上げる。
「お、お嬢様……起きていらしたのですか!?」
「ええ、癖みたいなものですから」
女官としての私は、起こす側の立場なので、早起きだ。そんな私を起こす侍女もいるので、なんともややこしく非効率だが。
起床の生活リズムが一定であるため、ここだけの話起こされなくとも起きられる。王城での私の侍女はそれを把握しているので、一定の時間に入室し、起きていても驚かず、寝ていたら声をかけるだけで優しく起こしてくれる。
もちろんそんなことを彼女が知るわけはないだろうが、女官である私を、花嫁志望の普通の令嬢として扱ったのが間違いなのだ。
「着替えまで……、私が手伝えることは……。えっと、その、非常に美しく着こなせておられます?」
「言葉遣いがおかしくなっていますよ。焦らなくても大丈夫ですから。どうしたのですか?」
「は、はい!
お館様から、お嬢様の世話をするように仰せつかりました、従九位準男爵家第一女フランツィスカ・エルネスティーネ・フォン・シュヴァーゲルツェンベルクと申します。
朝食の用意が出来たので、お呼びに参りました」
「分かりました。すぐに行きましょう」
身だしなみは問題ないか確認してもらって、問題ないようなので、そのまま食堂へ向かう。
廊下ですれ違う人たちは、豪華なドレスで身をかためていることが多かったが、私は私だ。見栄を張らずに、目的に合わせた服装を選択出来ることも、大切なことだと思う。
食堂についたが、まだ家族は誰も来ていなかった。
理由は明白で、私が来るのが早すぎるのだ。普通は侍女に起こされてから着替えを始めるため、男性であってもこれより時間がかかる。
プレヴィン家の席の中で、上座から男性兄弟の分だけ席を空けて、椅子に腰かける。本来は一等女官という役職になったことで、当主であるお父様と跡継ぎである長兄を除くと私が一番偉いのだが、身内なのだから、女として身を引いておいて方が、兄弟たちは嫌な気持ちがしなくて済むだろう。
少しの間待って、最初にやってきたのはお父様だった。
お父様は私を一瞥すると、純粋に疑問に思ったような調子で、疑問を投げかけてきた。
「カリン、お前はなんでそんな下座に座っているのだ?」
「身分相応の席に座っているつもりです。上座は男性の席でしょう?」
お父様は成る程と頷いた後、首を振って、私の発言を否定した。
「たとえ身内であっても、身分あるものが上座に座るものだ。一等女官であるお前がそこに座るようでは、お前の兄弟たちは皆、地面に直接座って食事を取ることになる。――仮に彼らが嫉妬しても、その無能さを笑っているくらいで良い」
その言葉を反芻して、飲み込む。
確かにそうだ。嫌味のようにもなってしまうかもれない。
「分かりました、お父様。上座に座らせていただきます」
私が二番目の席に座ると、お父様は満足したように頷いた。
しかし、この席に座るとなると、服装が不相応にも思えてきた。けれども、私は非効率なことが嫌いだ。公式な場ではなく身内の食事なのだから、そのためだけに着替えをするなんてことはしない。
兄弟姉妹も続々とやってきて、私のことを一瞥するものの、文句を言うものは一人もいなかった。
私の対面に座った、跡継ぎである長兄――エーリッヒお兄様に至っては、お父様と同じように頷いた。
久しぶりの家族との食事は、和やかで落ち着くものだった。職場の仲間たちと食べるのも悪くはないが、やはり一番は家族との食事である。
貴族用とはいえ宿であるから、他の家のものもいるが、どのみち使用人はいるので似たようなものだ。
会話の中でさりげなく、私のお見合いの話をしようとするお父様を軽くあしらい、領地の話を聞いたり、王都の話をしたりする。会うのは久しぶりなので、話題は尽きない。
食事を終えた私は、フランツィスカが食事を取るのを待つ。こういった時間は退屈だが新鮮だ。
私は普段待つ側であり、その待つ側であることすら殿下の意向であまりない。
殿下曰く、「時間の無駄だ」と。
テーブルマナーを教える期間が終わった今でも、共にテーブルに着くことは多い。
家族で取るべき朝食は流石に遠慮しているが、昼食・夕食は家族以外と食べることも珍しくないものなので、その通りにさせていただいている。最近では陛下に対して緊張もしなくなった。
その贅沢な慣れが、私にとってプラスかマイナスかは分からないけれど、効率的ではあるだろう。
「お嬢様、非常にお待たせしました! 本日はどのように?」
食事を終えたフランツィスカが、私が今着ているのと同じような服に着替えて、慌てたように走ってきた。
少し落ち着きのない子だが、能力は高いのかもしれない。
「落ち着いてください。その服に着替えたということは、分かっているのでしょう?」
「は、はい! お忍びで、ということですよね? ちゃんと指示を聞いてからの方が良かったでしょうか?」
「あっているから大丈夫ですよ。それでは行きましょう」
「あの、護衛は要らないのですか?」
「腕の良い者は、警備に就くか、大会に出るかしています。中途半端な護衛を付けても、忍べなくなるだけですよ」
どこに行っても人がたくさんいるし、全国から集まった優秀な者が警備をしているので、治安の心配は少ない。
子供や老人ならば別だが、中途半端な護衛を付けるよりも、平民のふりをした方が安全だ。それに、私は無詠唱でも特級魔術が使えるようになったので、余程のことがない限り対応できるし、逆に私が自力で対応できない事案は、今日手が空いている兵士には対応できない。
フランツィスカは少し考えて納得してくれたようだ。
「では、これから私たちは主従ではなく友人です。私は貴女をエルネスと呼びますので、貴方は私をリューネと呼んでくださいね」
「え……? え?」
彼女は困惑したように情けない声を出した。
彼女の顔には、疑問符が貼り付いていた。




