開幕、武闘大会
「ここに、武闘大会の開催を宣言する!」
アルトリウスの宣言と共に、武闘大会の幕が開いた。
観客席の熱狂は声となって上がり、不快ではない騒音となる。ポジティブな叫びが全てを包む。
アルトリウスが席に着くとともに、別の場所からアナウンスの声が盛大に響き渡る。
『紳士淑女の皆様!
ここからの司会進行を担当させていただきます、ラファと申します!
それでは、私の挨拶はこれくらいにして、先ずは予選から行きましょう!
予選は武器別に分けられたブロックでの多対多の乱戦!
それぞれのブロックの上位十名が本戦出場となります!
先ずは第一ブロック――目玉でもある剣から参りましょう!
医療班は大勢いますが、死なない・殺さないを心掛けてくださいね!
それでは、審判の指示を待って、配置についてください!』
歓声を超えてまで届く声は、拡声効果のある魔道具を使っているからだ。
マイクのような仕組みではなく、組み込まれた風属性の魔術によって、純粋に音を増幅するだけのシステムである。近くにいる人たちにとっては五月蠅いだろう。もっとも、そんな事を気にするような人は、ここまで見に来ない訳だが。
東西にある入場口から、剣を持った男たちが大勢入ってくる。数えたわけではないが、おおよそ百人くらいであろうか。
女もいなくはないが、片手に収まるほどしかいない。
この中から十人まで絞るというのだ。
審判が台に立つと、観客も選手も静まり返る。
会場に緊張が走る。
思わず息をのみこむ。
静寂の中で時が長く感じ、審判の一挙手一投足に全員が集中する。
『始め!』
手が振り下ろされると共に、魔道具で増幅された声が響く。
「「「オオォオォオオ――ッ!!!」」」
雄叫びと、金属のぶつかり合う音が響いた。
「すっげぇ……」
思わず嘆息する。
そこにあるのは、試合とは思えない闘争だった。否、試合だからこそこの程度なのかもしれない。
アニメやゲームでしか見たことのないような、高速での打ち合いが、フィールドの至る所で行われている。
彼らが持つのは、どう見ても真剣だ。
しかし、最初からバトルロワイアル形式で、怪我人が続出するようなものを予想していたが、数えるほどしか紅い色を見ていない。
確かにこの世界の人は丈夫であるが、それ以上に腕力や脚力が高いのだ。船に例えるなら、地球人は輸送船で、この世界の人は高速戦艦だ。
「凄いよね……。重傷者が少ないなんて、素人の僕には信じられない」
ハインツ兄様がそう呟く。
「本当なのですか?」
「うん。特に強い人は手加減をしてもなお強いらしくて、剣を弾いたり、利き腕だけ軽傷を負わせたり――そういう人が大半を倒すらしいから」
いったいどこの異世界だよ。
この世界か。
自分自身でも身体能力に自覚はあるが、改めて言われると、この世界の人間のオーバースペックぶりが窺える。技術の面も大きいので、人種だけで割り切ることは出来ないけれども。
会場に視線を戻すと、確かに、何人かが圧倒的な実力を誇っている。
その中で、若い茶髪の男と、金髪の男には、何となく見覚えがあった。茶髪の方がウォルフガングに、金髪の方がミハイルである。
誘拐犯から助け出されたときに見た、あの鮮やかな剣捌きは本物だ。
と、言ったあとで悪いが、実のところ確信はない。
俺たちが今座っている、貴族の中でも特に上級の者だけが座れる、所謂VIP席は、会場の一番高いところにあるのだ。
広々としていて、椅子も柔らかいし、屋根まで付いている。一言で言えば豪華だ。しかし、会場全体が見渡せるのは良いのだが、試合が行われているフィールドが遠いのだ。
身体強化の魔術を使って、一時的に視力を増加させる。
本人たちであることを確認して、魔術を解除する。
俺の魔力は然程多くないので、常に使い続けることは出来ない。短時間なら可能だが、武闘大会は一日中というのが、何日も続くのだ。流石にもたない。
そういえば、視力といえば、昨日会った「才媛」――アネモネはアルビノの少女であった。
全員がそうであるとは限らないであろうが、アルビノというのは目が悪いと聞いたことがある。
レンズの問題ではないため、眼鏡では矯正出来ないことも多いというが、身体強化魔術による視力の増強ならば、問題なく効果があるだろう。ピント合わせのみならず、光量の調整や、視神経の伝達強化を行うため、魔力さえ惜しまなければ元の視力や、弱視の特性は関係ない。極端な話、眼球と視神経が生きていれば問題ないのである。
彼女は特に生活で不便を感じているようには見えなかった。
話したのは短い時間だったから、判断するのは早計だが。
しかし、魔術で勝負しようと聞いたときの、勝利を確信したような笑み。
一抹の不安がよぎる。
『そこまで! 上位十名が決定いたしました! 勝者に盛大な拍手を!』
思ったより思考に没入していたようで、それは突然聞こえた。
試合終了のアナウンスで現実に引き戻される。
会場を見れば、二人の知り合いも、未だに平然と立っていた。
その時なんとなくであるが、自分もそうあれると思えた。
大丈夫だ、勝てる。
根拠はないのだけれど、あるいは、自分だけ負けるのは情けないと思ったのかもしれない。
準備はしっかりしよう。
魔力は温存だ。
彼女が特級魔術を使えたとしても、俺は工夫で上回れるのだから。