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「才媛」

 少女の声は音楽に負けはしたが、それなりによく響き、特に俺たちの耳にはこれ以上なくハッキリと聞こえた。


 「才媛」――アリアが言っていた、俺たちと似ている子だ。

 もっとも、アリアだって彼女の噂を聞いたに過ぎないのだから、性格が似ているとかではないだろう。そもそも、俺とレイナの性格は違う。

 称号から察するに、年齢不相応に賢いとか、そういうことであろう。


 赤い瞳には、確かに知性の光が(きら)めく。

 物事を冷静に観察するような、とてもじゃないが、幼い少女がする目付きではない。

 しかし、何故そんな彼女が、俺に突っかかってきたのか疑問である。


「噂には聞いているよ、『才媛』アネモネ。

 従一位王爵家第二子ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスだ」


「従二位大公爵家第一女レイナ・マリーナ・フォーガス・ユグドーラです」


 一方的に名前を聞いたままでは失礼なので、話を進めるためにも名乗りを上げて、隣のレイナにも目配せをして、名乗らせる。

 略式の敬礼をすると、彼女は先程の態度とは打って変わって、流麗な所作で模範的な礼を返してきた。


「御高名よく存じているわ、『神童』ヴァイスと『聖女』レイナ」


 もしもこの一部始終だけを見たのならば、初めての舞踏会における、貴族の子弟たちの微笑ましい交流に見えたであろう。

 実状はそんなに優しくない。

 喧嘩の売買に近いものであったし、参加者は転生者が一人と、本物の天才が二人である。

 七歳児相応の精神性を持っている者は、この中にはいなかった。年齢不相応にドロドロしているように感じる。


 でも――とアネモネは最初の好戦的な表情に戻る。


「私は、選ばれた天才なの――貴方たちよりも優れている自信があるわ。今の腑抜(ふぬ)けた姿を見て確信した」


 常に気を張っていれば良いというものでもないと思うのだけど。


 アネモネが俺より優れているのは、俺としてはその通りだと思うので、特に言うことはない。

 彼女が本当に「才媛」ならば、知識量と人生経験以外は、俺よりも上であろう。例えばレイナだって、俺よりも物覚えが良いのだから、アネモネもその口に違いない。


 しかし、言い方が良くなかった。

 大したことないと言われて、良い気持ちがするわけがない。

 自覚のある俺ですらそうなのだ。俺が優れているということを、本気で信じているレイナは、もはや爆発寸前だ。


「ヴァイス様が劣っている、と。貴女はそう言いたいのですね?」


 銀髪の少女の声音は硬い。

 白髪の少女は首を横に振って答えた。


「いいえ、彼が劣っているとは思わない。私がそれ以上に優れていると、そう言いたいの」


 彼女の主張はどこまでも傲慢だった。

 しかし、それは何かに背中を押されて、自分に言い聞かせているようでもあった。

 少し疑問を覚えた俺は、深呼吸を一つしてから、冷静に問いかけた。


「肯定も否定もしないが、そこまでの自信に、根拠はあるのか?」


 白髪の少女はまた首を横に振って答えた。


「ないわ。だから、今から作るの。――『神童』ヴァイス、私と勝負しなさい!」


 仁王立ちで右腕を突き出すようにして、彼女はそう宣戦布告してきた。

 表情に笑みはなく、真剣そのものだ。


 地雷を踏み抜いたような気分だった。

 面倒でしかない。

 お互いに国から称号を貰った者同士、仲良くしようじゃあないか。

 不毛な争いが何を生むというのだろうか。


 思想や技術を進歩させるのか。

 いや、俺たちの小競り合い程度では、そんなことはなさそうだな。


 そもそもデメリットが大きすぎるのだ。

 俺の称号はアルトリウスの権限で与えられたもので、この勝負に負けてしまっては、彼の判断に汚点を残すことになるかもしれない。

 アネモネの称号も、大公爵家当主の誰かに与えられたものであるだろうから、その人の判断に汚点を残してしまうかもしれない。


 彼らならば、笑って酒の(さかな)にでもする可能性が高いが、こういったところが称号持ち故の責任であると思う。

 俺は無言を貫いた。


 体感時間で数分――実際はもっと短いであろうが――が経過したとき、不意に笑い声が二つ響いた。俺たちの持つ高い声ではなく、重みのある成人男性の声だ。

 声のした方を見ると、アルトリウスと、ロマーナ大公爵がいた。


「……いつから聞いていたのですか?」


 問うと、二人は顔を見合わせる。


「『貴方が〈神童〉? 大したことなさそうね!』からだな」


 アルトリウスが言うと、ロマーナ大公爵が首肯を示す。

 最初からじゃないか、それ。


「勝負も結構じゃないか。ヴァイス、紳士的に女性の誘いには乗ってやれ」


「……」


 妻以外の女性の誘いは徹底的に断る系紳士のアルトリウスは楽しそうに笑う。彼がそう言うのならば、俺もレイナ以外の誘いは紳士的に断りたいと思ってしまう。

 お前ならば勝てるだろうと、アイコンタクトで言われたような気がするが、そういう問題ではないし、そもそも勝てるかどうかは微妙だ。


「国のトップから許可が下りた。ユーベルヴェークの、存分にやれ」


「は、はい!」


 年齢を感じさせないハンサムさを持った、ロマーナ大公爵が落ち着いた声で言うと、アネモネは緊張した面持ちで頷いた。

 どうやら俺に拒否権はなさそうだ。


 他の貴族たちは、イメージするような真面目で偉そうな人達なのに、どうして最上級の人たちだけこのノリなのか、俺には理解できない。

 公務中は文句のつけようがないくらい真面目なのも、どことなく納得いかない。

 民衆や部下の信頼は最上級であるから、もう訳が分からない。


 溜め息を吐くことすら出来ないでいる俺をおいて、話は勝手に進んでいく。


「さて、文書には残さない、そうだな『準決闘』といったところか。ルールは、相手に怪我をさせない、観客に怪我をさせない、自分も怪我をしない。以上だ」


 アルトリウスがその場の勢いで勝手にルールを制定していく。

 武闘大会という、祭りの空気に浮かれているのか、余興として楽しむ気満々だ。


「さて、決闘に合わせて、仕掛けられた側が競技を決めることにしよう。ヴァイス、何をする?」


 拒否出来る空気ではない。

 俺はしばし考えたのち、自分の特技とも趣味ともいえることを選択した。


「魔術一発の威力を比べましょう。試行錯誤込みで」


 それを聞いたアネモネは、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

 国のトップたちは、時間と場所を用意しようと、楽しそうに声を出して笑った。


「ヴァイス様の魔術なら勝てますね!」


「やるからには負けたくないからな」


 俺もまた、笑顔でレイナと会話を交わした。




 そんなことがあったわけだが、その後、舞踏会は自然に元の状態に戻った。

 お祭り状態で色々と許されることも多く、俺たちのトラブル(?)も余興として処理されてしまった訳である。

 ともあれ、明日からは国最大のイベント、「武闘大会」が開催される。

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