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大会前日 1

 ダンスの練習によって少しだけ忙しい日々は過ぎ、武闘大会の日の前日。


 朝早くに起こされて、朝食を食べ終わり次第、馬車に乗せられた。

 いよいよ闘技場に出発だ。


 意気揚々としていたのは束の間、問題が生じた。

 乗り心地が最悪だ。

 最高級の馬車なのに、乗り心地は最悪だ。


 舗装された道であった、王都の中はまだマシだ。

 街と街の間に道は、整備されているといっても、草を刈って、平らにならしただけのオフロードだ。当然ながらガタガタ揺れるし、石を踏んだ時なんて飛び跳ねるのだ。

 最悪だ。快適な日本車にか乗ったことのない俺にとって、中世の馬車は耐えがたかった。


「うぇ……なんで皆、平気なのですか……」


 そんな俺とは裏腹に、同乗する家族は平気な顔をしていた。

 いや、ハインツ兄様はそうでもないか。


「慣れだ。俺だって、外聞を考えて乗っているだけで、本当は馬に直接乗りたいからな」


 そう言うアルトリウスに、頷くリリア。

 ハインツ兄様は「そういうことだよ」と、顔色の良くないままに微笑んだ。

 そんなクソみたいな外聞は捨てた方が良いと思うけれど、捨てれないんだろう。家族だけだからこんな感じだけど、対外的には威厳のある国家元首なのである。


 ゴムタイヤとサスペンションの開発は急務だな。

 サスペンションは、鍛冶師に説明すれば作ってくれるだろうと思う。


 問題はゴムタイヤだ。加工の方法は後に考えるとして、材料が問題だ。

 この世界に転生してから、ゴムというものは見たことがない。例えばズボンやパンツ等は、すべて(ひも)でしめるタイプであった。

 ゴムの木がどこに生えているかが問題だな。根本的に生えていない可能性も否定出来ないが。


 とりあえず、魔術で作ってみる。

 粉ではなく、ある程度の形を持ったものを作るので、地属性中級魔術になる。特にイメージをしないで使うと、こぶし大の石ころを作り出せる魔術だ。


「【魔力よ、全てを育む地として、確固たる姿も持ち、形を成せ】」


 イメージすることに集中するため、呪文を唱えて魔力操作は自動化する。

 しかし魔術は失敗して、石の塊のようなものが生じた。失敗したにも関わらず、一気に体中の大半の魔力が消費されて、同時に、無意識下の身体強化が解けて、強い脱力感を覚える。重力に負け、椅子との接触面積が増え、ただでさえ辛い馬車が更に辛くなった。


 やはり有機物だからか、自力で作成するのは無理みたいだ。水は水属性魔術で創れるから、化合物全般というわけではないだろう。

 ゴムの木を探さなくては。


「突然呪文なんて唱えて、どうしたんだ? 余計辛くなったんじゃないか?」


「ご覧の通りです……。それよりも、父上、聞きたいことがあるのですが――」


 弾力性や、樹液から出来ること等、ゴムの説明をすると、アルトリウスは少し考えたのち、肩を竦める。


「いや、見たことも聞いたこともないな。リリアはどうだ?」


「私も知らないわね……。ハインツはどう?」


「僕も分からないな……」


 つまり、この世界にはゴムが無いか、国王でも知らないほど希少な物か、ローラレンス王国からは遠く離れた場所にあるということになる。どのみち絶望的であった。


 魔力不足に落胆も合わさり、どんどん座席のクッションにめり込んでいく俺を見て、アリトリウスが思いだしたように笑った。


「ははは、そうだ、武闘大会ならば集まるじゃないか」


「ヴァイス。武闘大会には貴族だけでなく、商人も大勢集まるわ。彼らに聞いてみたら、何か分かるのではないかしら?」


 アルトリウスの言葉に被せるようにリリアが言う。

 良いところ持っていかれている。我が父ながら、哀れなり。


 しかしそうだ。

 武闘大会には多くの商人が集まり、その中には情報を多く持っている大商人や、旅をしている行商人も多くいる。インターネットが無いこの世界において、最高最大のデータベースである。


「そうします、父上、母上、ありがとうございます」


 商人が情報を持っていることを祈ろう。

 帰りの馬車までは諦めるが、それ以降はゴムタイヤとサスペンションを搭載した馬車しか乗らないからな。


 繰り返し言うが、乗り心地は酷い。

 最期の気力を振り絞って、俺は言う。


「辛いので寝ます。おやすみなさい……」


 クッションに身を任せたままに、意識は途切れた。








 俺が睡眠というよりは気絶に近い眠りから覚めたのは、黄昏(たそがれ)の頃だった。

 窓から見える夕日が、これ以上ないくらいに美しい。現代の地球より空気が澄んでいるため、鮮明な光は寝起きの頭でも感動を覚えた。


 視界は七十度ほど傾き、右の側頭部に柔らかいものがある。どうやら、母上ことリリアに膝枕をされていたようだ。


 視界を窓の外から正面に戻すと、二人のイケメンが並んでいた。

 ただでさえ整っている容姿に加え、窓から差し込む夕日によって赤みの差した金髪がたなびき、顔に程よく影の落ちたその様は、男の俺ですらドキリとするほどであった。

 よく見ると、小さい方は眠っているようで、舟をこいでいた。寝顔もイケメンとか羨ましい。

 しかし、大きい方の表情は酷いものであった。めっちゃにらんでくる。



 血の繋がった子供に張り合わないで欲しい。

 親子のコミュニケーションは大切だぞ、親が世話をしない身分なのだから特に。

 そんなだから、「父上」じゃなくて「アルトリウス」なんだよ。

 リリアは、アルトリウスとの並列化です。……なにを言っているんだ俺は。


「おはようございます」


「おはよう」


「あら、起きたのね。おはよう、ヴァイス」


 やさしいリリアとは対照的に、アルトリウスの声はどことなく硬い。

 実の息子に嫉妬するとか、嫁のこと好きすぎだろ。


 いや、実際に好きすぎるのか。我が父、王爵家当主アルトリウス陛下は、


『妻はリリア一人で充分だ! 私は他の女を愛さないぞ!』


などと豪語し、本当に側室を迎えていない。漢らしい。


 猛者である。

 子供を作ることが仕事のうちに含まれる立場であるのに、愛を語り、娼婦(しょうふ)すら抱かない徹底ぶりである。

 彼ら夫婦は、王国でも類を見ないほどのラブラブカップルである。


 しかし、それを実行して文句を言われないのも、運が良かった面も大きい。

 十五で結婚した二人だが、三ヶ月後にはリリアの妊娠が発覚、つまるところ殆ど初夜も同然の時に一発あてたわけで、しかも生まれてみれば男児であった。――これがハインツ兄様である。

 夫婦に対する苦言は激減した。


 それでも、一人だと病気で死ぬと大問題なわけで、まだ文句を言う輩はいるわけであるが、彼らはそれを華麗にスルー。

 ハインツ兄様は無事に「入人式」を迎え、更には二人目――俺である――まで生まれた。

 完全勝利である。


 二人の半生にフィクションを多大に加えたものが恋愛小説になっていたりして、アリアがそれを読んでキャーキャー黄色い声を上げていた。そんな彼女は現在ミハイルと付き合っている。

 なお、前世の記憶がある俺は肯定的に考えているけど、他の人にビッチ扱いされても自業自得である。

 脚色されたフィクションと違って、アルトリウスとリリアは乳兄妹で婚約者なのだから、前提条件が違うのだよ。



 閑話休題。

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