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Sollen wir tanzen?

「ダンスの練習をしますよ」


 礼儀作法の時間、カリンは唐突にそう切り出した。

 そんなに改まって言わなくても、いつもやっているだろうと思うのだが、彼女の表情は真剣そのものだ。最近はふざけることもある彼女だが、職務に対しては間違いなく誠実である。

 冷静になって考えれば、今日は少しばかり状況が違う。


 隣にはレイナがいる。

 成る程、実戦練習というわけだ。


 それに加えて、アリアとミハイルとウォルフガングもいる。

 まあ、アリアは分かる。彼女はレイナの世話係――つまりは教育者であるのだから、カリンの隣に立つことの違和感はない。

 しかし。

 暇なのか近衛兵。


 複数ペアが踊れる程度には広い、部屋の端に立つ二人を一瞥すると、真面目な方と目が合った。

 彼は何を理解したのか、首肯を示す。


「陛下のみならず、殿下の護衛も近衛の管轄です。城内とはいえ、その名目で来ています。かの誘拐事件が起きて以降、近衛兵や警備兵は増員されましたから、お気になさる心配はありません」


 なるほどな。だけどさ、ウォルフガングよ。

 心を読まないでくれ。




 ダンスの練習をすること自体に異論はなかったので、俺はレイナと一緒に教えてもらったステップを刻む。


(レイン)(トヴァ)(クライ)。1、2、3。1、2、3……」


 カリンの手拍子に合わせて脚を動かす。特段難しいものはなかったので、転ぶようなことも無ければ、相手の足を踏むようなこともない。

 双子の兄妹のように育てられてきただけあって、俺とレイナの息はピッタリだ。


「良いですね。息も合っていますし」


「生まれた時から一緒だからな」


「ふふ、イッシンドータイですから!」


 カリンの誉め言葉に、レイナは嬉しそうに応える。

 明らかに日本語の言葉が、ドイツ語チックな発音であるローラレンス語に、不自然に入り込んでいる。確かにローラレンス語で言うと、文章になってしまう熟語ではあるのだが、違和感が凄い。

 俺のせいだ。


 あくまでも俺の母語は日本語なので、独り言は日本語であったりする。

 それをレイナに聞かれて、意味を問われたことも複数回ある。

 俺が作った造語と思われて、単語・熟語レベルで一部レイナに理解されている。改めて思うが、この美少女は理解力が凄い。

 およそ十単語ほど把握していて、使える時に好んで使うのだ。


 当然ながらカリンは理解していないので、「イッシンドータイ?」と首をかしげている。

 なお、彼女が知る日本語は「アルミニウム」のみである。


「『一心同体』。まるで二人で一人であるかのように息が合っているってことだ――俺とレイナが使っている造語だと思ってくれ」


 そう教えると、カリンは意を得たとばかりに数回頷き、場を整えるためにパンと手を叩く。


「さて、では次に行きましょうか。先ず私たちが躍るので、よく見ていてくださいね」


 私たちの「たち」はウォルフガングであった。

 護衛ってなんだろうと疑問は尽きないが、これ以上こだわっても不毛なだけなので、そこに対する思考は手放すことにした。

 敬語こそ使うもののヘラヘラしていることが多いミハイルではなく、義理で出来た真面目人間のウォルフガングがやるのだから、近衛的にこれは護衛なのだろう。少なくとも、長期的には俺たちを守るよな。


 真面目な二人の踊りは、型通りの完璧なものであった。いい意味で教科書通りとでも言うべきか、必要以上の感動こそないものの、見本にするには最適であった。

 平然とこなしているのを見る限り、やろうと思えばアレンジを効かせることも出来るのかもしれない。


 ちなみに、最初はアリアとミハイルが見本だったのだが、今の二人とは対極の踊りを披露して下げられた。素晴らしく上手いとは感じたけれど、見本にするには不向きであったからだろう。


 踊り終わったカリンは、汗一つかいていないが、溜め息を一つ吐く。


「分かりましたか?」


「分かったと思う。分かりやすかったからな」


 世辞抜きでそう思う。


「私も分かった。カリンとウォルフの見本、分かりやすいもの」


 レイナも同じ意見の様である。

 視界の端で、解せぬとばかりに悔しそうな表情をしている者が二人ほどいるが、本気で理解していなそうである。

 感覚派というやつだろうか。


「では、やってみましょうか。違うところがあれば教えますので」


 俺たちは首肯を返した。

 レイナと向かい合って、彼女の腰に手を回す。逆に彼女の手は俺の背中に回り込んでくる。

 かなり密着した状態だが、社交ダンスでは特筆するほど珍しくはない。恥ずかしくないと言えば嘘だが、一々気にしていたらキリがない。

 カリンがする手拍子に合わせて、ステップを始める。


「1、2、3。1、2、3。1、2、3……」


 右、左、右、左、一歩下がって、女性がターンするのを男性は手をもって待つ、男性が抱き寄せるように女性に近づいて、左側通行ですれ違って、お互いに回れ右して向かい合う。

 ステップ単位で見れば一度習ったことではあったし、直前に見た見本が良かったから上手くいった。


「はい、良いですね。流石です、殿下」


「流石って言われるほど優秀ではないけどな、見本が良かったからだし……」


 カリンはそう言ってくれるけど、俺自身は大したことないんだよな。前世の記憶があるから、精神年齢が実年齢より高く、知られていない知識を幾つか有するのみで、転生後に身に着けたものは教師が良かっただけだ。

 と思ってから、先の発言は自分のみならずレイナまで謙譲してしまっていることに気が付いたのだが、当のレイナはそこは気にしていないようで。


「そんなことないです。ヴァイス様は凄いです!」


 何故か俺がへりくだったことを怒っていた。


「レイナ様の言う通りですね。自覚を持ってください」


 カリンまで追撃をかけてくる。

 他の三人も、やれやれと肩を竦めるのみだ。


 なんで怒られるんだよ。

 というか、物覚えの良さとかならば、レイナの方が優秀だと思うのだが。確かに俺は「神童」の称号は持っているが、あれは転生者故である。

 印象というやつの恐ろしさを痛感した。

 期待は裏切れないってことだ。


 その後、暫くの時間練習した。




 武闘大会での舞踏会は、最も多くの貴族が集まるパーティーの一つで、かつ王爵家や大公爵家の当主就任式のような重要な式典でもない。そのため、貴族の子弟が舞踏会デビューする場面として、もっともポピュラーであると言われている。

 俺やレイナもその例には漏れなかった。


 つまり、人前で踊るのは初めてなのだ。

 何事も第一印象が大切ということで、失敗しないために、明日以降も毎日実戦練習することになった。ただでさえ失敗できないのに、俺たちは他とは期待が違うのだから致し方のないことだ。

 王爵家と大公爵家――上級貴族の子弟と言うだけで充分に重圧だ。


 更に。



 「神童」と「聖女」――俺たちは対外的には、「称号持ちのカップル」だ。



 注目を向けてくる者がいないわけがない。あの噂の子供たちが社交界に()でるというのだ。誰もが目を見張っているわけである。

 そんなわけだから、ローラレンス・ユグドーラ両家は完全バックアップである。職権は乱用しても、組織を維持したうえで、ポケットマネーから費用を出せば怒られない社会である。


「ダンスは型を覚えたら、今度こそ私が教えますので!」


「自分も、戦闘以外も出来るということを見せて差し上げましょう!」


 若干二名、感覚派の二人が不安要素ではあるが。

 ミハイルに至っては、素と実務用の敬語が混じって、口調がカオスになっていたりする。実力は申し分ないのだが……。

 理論派の二人をしっかりと参考にしないと呑まれそうだ。


 もはや雑談となったので、アリアが思い出したように口を開いた。


「そういえば、お二人と似たような子が、同じくして舞踏会に初参加するらしいですよ」


「武闘大会の舞踏会で社交界デビューは珍しいことではないらしいが……。俺たちに似ているとはどういうことだ?」


 彼女は楽しそうに笑って言った。



「『才媛』――称号持ちの子です」



 思わずレイナと視線を交わす。純粋に驚いたような、仲間がいて嬉しいような、そんな表情をしていた。

 恐らく、俺も似たような表情をしていることだろう。――俺のは興味が強いけれども。


 楽しいかどうかは別にして、少なくとも退屈はしないだろうと思えた。

 なんだかんだ言って、武闘大会は待ち遠しい。舞踏会も含めて、だ。

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