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事件終幕後始末

 あの事件から十日程経過した。

 俺はアルトリウスから呼び出されて、謁見の間を訪れていた。

 謁見の間は既に人払いが済んでいて、ここまで連れてきてくれた兵士も敬礼だけして直ぐに去っていった。

 中にいるのは俺の父であり、この国の国家元首であるアルトリウスと、俺の兄であり、暫定王太子であるハインツ兄様の二人であった。


「徒一位王爵家第二子ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンス、参上致しました」


「ああ、楽にしろ。さて、今日は国家元首として、お前たちに少し実践的な教育をしようと思ってな」


 アルトリウスは鷹揚(おうよう)にそう言うと、近くに来るように手招きをした。

 俺がそれに従って近くに来ると、彼は真剣な表情で再び口を開いた。


「この前、ヴァイスが攫われて、しかし無事に帰ってきたのは記憶に新しいだろう。特に本人には鮮烈に記憶されていると思う。さて、この一連の事件に関して、責任や罰、あるいは称賛が誰に向かうのかを我々は操作することが出来る立場にある。お前たちはどのように考える?」


 冷や汗が出た。

 それは、もしかしたら、カリンやアリアが処罰されるかもしれないということだ。そんなことは俺は望んでいない。

 あの日の護衛の兵士たちだって、護衛は専門に習得した者たちではない。本人たちにしたら、理不尽どころか、不条理もいいところであろう。

 俺は咄嗟に言葉を吐き出す。


「俺が悪いのです。少し落ち着いて考えれば分かったはずなのに、その場で冷静になれなかった」


「確かに、『神童』ヴァイスならば、あるいは、そうなのかもしれない。けれど、世間はそう見るだろうか?」


 アルトリウスは冷静に俺の言葉を否定する。

 奥歯を噛み締める。

 カウントダウンは止められないように感じた。解雇、流刑、あるいは――処刑。俺の立場を考えたら、そのくらいの厳罰が必要であっても、なんら不思議ではない。


 俺が黙り込むと、アルトリウスはハインツ兄様に話を振った。

 ハインツ兄様は少し考えた後、口を開いた。それは、明らかな救済だった。


「ローラレンス王国の法律と前例に基づいて考えると、比較的軽い処罰が兵士に与えられる、くらいでしょうか?」


「そうだ。彼らの罪は過失にすぎない。それを一々裁いていては人材が足りなくなってしまう――というのが、初代様からの伝統的な考え方だ」


 アルトリウスはゆっくりと、丁寧に説明をしてくれた。

 

 ローラレンス王国において、過失は大きな罪にはなりえない。たとえ自分よりも上位のものを危険にさらそうと、失礼なことをしてしまおうと、それが仕事上の失敗であるのならば、命や名誉までは奪うことはしてはならない。

 これが逆に、意図的な犯罪であったり、他国のスパイ等の裏切りであった場合は、非常に大きな罪となる。尋問の後に公開処刑か、あるいは尋問において死んでしまうこともあるという。――今回の誘拐犯たちは、何れも獄中で息絶えてしまったとのことだ。


 今回、兵士たちは俺を見失ってしまっただけで、犯人たちに協力したというわけではない。一応は身元を確認したらしいのだが、そのような痕跡は出てこなかった。

 つまるところ、彼らの罪は「過失」だ。

 誰も責任を取らないというわけにもいかないが、命を失うことはない。


 専制国家にしては非常に先進的な考え方であるが、これはローラレンス王国の成り立ちまで遡る。

 この国の初代王爵は、元々は「勇者」と呼ばれる英雄だった。

 恐れと強権と財力で立ち上げた国家ではなく、信頼と名声で立ち上げた国家であるため、人々に対して身分で理不尽を強いることは少ない。どちらかというと、恥であるとされる傾向にすらある。

 もっとも皆無ではないし、平民の方からは勝手に偉いと敬ってくれているので、貴族たちの自主規制のようなところが大きい。


「さて、話をまとめよう。今回の事件の処理は、かの日に護衛であった兵士たちが『自主謹慎』の後に、南の(とりで)に『配置換え』といったところだろう。意見はあるか?」


「ヴァイスとレイナ嬢にはお付きの女官がいたと思いますが、彼女たちの処遇はどのようになるのでしょう?」


 と、ハインツ兄様。

 俺は思わず体を震わせる。


「彼女たちは確かに教育者だが、戦闘や護衛に関しては完全な素人だ。三歳児を完全に御すことは不可能であろう、特にヴァイス達のほうが彼女達よりも上の身分なのだから、教育的指導も出来ない」


 直接的には言わなかったが、それはつまり無罪だと暗に告げていた。

 俺が彼女たちになついているのもあるから、ただでさえ過失には甘いこの国の法律に、アルトリウスなりに更に手心を加えている可能性が大きい。


「無事にヴァイスが帰ってきたのだから、最低限で問題ないだろう。……犯人たちは例外だがな」


 例外だ、と言ったときの目付きは、俺から見ても恐ろしかった。光のない瞳で、親としての怒りを、静かに燃やしていた。

 それに気が付かなかったハインツ兄様は、実際の事件に対するアルトリウスの判断を、興味深そうに聞いていた。知識では聞いていても、実際の事件に対する判断であると、色々違うものがあるのだろう。また、彼が冷静なのは、俺が一日で帰ってきたこともあり、俺が誘拐されていたという実感がないのかもしれない。







 その後、アルトリウスは幾つかの話をした。

 それは事件の処理であり、同時にハインツ兄様と俺に対する、処理の仕方の教育であった。

 簡単にまとめると、先ずは、先の話にあったように護衛達の処罰について。


 次に、ミハイルとウォルフガングの二人が、犯人たちを捕まえた成果により昇格すること。そして、様々なことを考慮した結果、再び俺たちの専属護衛になるということだ。一ヶ月程度しか普通の近衛兵に戻っていないことになるが、今回は俺たちが外出するときに限るらしいので、実務内容に大差はないとのことだ。

 余談だが、こちらの方が給料も良いとか。


 そして、国民への発表だ。

 未だに消息のつかめない者もいるが、誘拐犯たちは最後まで情報を吐き出さなかったため、捜査の進捗は悪いとしか言えない。他の仕事もあるため、大規模な捜査はそろそろ限界だともいう。

 しかし、あまりネガティブな情報を流して国民の不安を(あお)るのはよろしくない。日本の感覚だと情報統制も良いところだが、最大のマスメディアが掲示板と噂である世界において、平和を維持するためには一種のプロパガンダも必要なのである。

 誰かが攫われたという情報ももちろん流したが、それ以上に俺達が半ば自力で脱出したことを強調した。


 俺は色々な意味でドキドキしながら、ハインツ兄様は将来に対する責任感を持って、それらの話を真剣に聞いた。


 数日後、各大臣の承認を得て、この事件は国としては幕引きとなった。

 これにて、第一章は終了です。

 次回からは第二章――ヴァイス達が7歳の時の話となります。


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