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実戦で示すのみ 2

 その後、複数の露店を冷やかしている間に、俺はこの世界での金銭感覚を修正することに成功した。ようやく把握した、という方が正しいだろうか。


 この世界には五種類の貨幣がある。

 小さい方から順に、銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。

 それぞれのレートは銭貨百枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚……といった具合に全て百枚単位で一つ大きい貨幣になる。


 皆、銀貨何枚とか銅貨何枚といった感じで言ってしまうので、認知している人は少ないが一応この国の貨幣にも単位はある。「ロルク」という。銭貨一枚が一ロルクなので、白金貨一枚で一億ロルクという。

 物の値段から通貨の価値を考えると、一ロルク=一円程度の認識でおおよそ問題ないだろう。


 さて、ここで問題がある。

 俺はカリンとアリアに頭に付ける銀細工、要するにバレッタをプレゼントしたわけだが、あれは一つあたり十万円はしたことになる。

 今は幼いから、背伸びしてお姉さんに贈り物をする子供として微笑ましく見られるだろうが、もう少し大きくなってからやったら少しばかり体裁が悪かった。

 現金ならボーナスだけど、アクセサリーはまずいだろう。


 そういう意味でも、露店巡りをして良かったと思う。思わぬ拾い物だ。


 能動的にお金の検証をしていたおかげで、スムーズに会計出来るようになってきた。

 焼き魚を売っている露店で銅貨四枚を渡し、魚の塩焼きを受け取る。川魚のようだから臭みが大丈夫か気になるが、案外大丈夫かもしれないので、何事もチャレンジだ。


「はい、レイナの分」


「ありがとうござい……きゃっ!」


 黒い塊が俺とレイナの間を横切り、引っ張られるようにレイナがよろめく。

 それにくわえて、手元にあった魚も無くなっている。

 レイナが傾いた方を咄嗟に見ると、一匹の黒猫がいた。なんとなくふてぶてしい態度で魚を食べていて腹が立つが、問題はそこではない。


 赤と銀に輝く、美しい宝飾品が引っかかっていた。見覚えがあるものだ。

 レイナに視線を戻すと、彼女の胸元にあるはずの物がなかった。俺が彼女にあげた――そんなつもりであげたわけではないが、事実上の――婚約指輪ならぬ婚約ネックレスが、そこには無い。


 つまり、事故ではあるのだろうが、あの猫は大切なものを奪ったということになる。

 許せない。

 怒りを込めて、どうやって捕まえようかと考えつつ、その猫を(にら)みつけると、黒猫はそれを察したのか逃げ出していった。


「ま、待って……!」


 レイナが走り出す。


「……くそッ!」


 考えていた分少し遅れたが、俺もレイナに続いて走り出す。

 人ごみであっても軽快に駆ける野良猫を、小さな体を活かして、人ごみであれど全力で追いかける。

後ろがにわかに騒がしくなったが、申し訳ないと心の中で謝り、人の優しさに甘えることにする。


 この世界の人間は総じて身体能力が高い。

 理由は、魔術教本で学んだ通り、魔術に使わない分の魔力を、無意識に身体強化に使っているからだ。

 正確に言うと「無意識化の身体強化に使われなかった余剰魔力を能動的に使うのが魔術」なのだが、そのあたりはニュアンスが伝わればよいだろう。


 普段の生活では、地球人よりも多少優れている程度のものだが、本気を出した時の力の伸びは凄まじい。

 成人男性ともなれば、まさにファンタジーといった感じで、格闘ゲームさながらの動きが可能になる。動体視力は変わらないので、それ次第ではあるが。


 具体的な今起きている事実として、今のレイナは小学校中学年レベルの走力だ。

 なお、俺の走力はレイナに僅かに劣る。

 魔力操作のセンスは、無意識レベルであってもレイナの方が上であるらしい。


 縫うように駆けて、大通りの中でも雑踏から外れている、壁際に出た。レイナが目標を捕捉して再び走り出し、俺もすぐ後ろを追う。

 子供の体では短時間での疲れはあまり感じないので、いつまでも継続して野良猫を追跡できる。当然といえば当然だが、次第に人通りの少なくなっていき、ついには裏路地とも呼べるような場所に入り込んだ。


 黒猫はその狭い路地の中心にいた。既に魚は(くわ)えていないが、体には絶妙なバランスでネックレスがかかったままであった。

 捕まえようとして、俺たちがじわじわと近づくと、やつは突然、建物の出窓のような突起に向かって飛び跳ねた。


 その時に、ネックレスが落ちた。猫はそのままに逃げて行ったが、最大の目標は達したので、そちらの回収が先だ。

 レイナが駆け寄って、ネックレスを拾い上げる。

 彼女は悲しそうな顔をして言った。


「壊れて、います……」


 泣きそうですらあった。

 装飾品だから、そこまでの耐久性は持っていなかったのだ。

 それにしても猫の体当たりで壊れるのは何ともいえないが、機械を使って量産する訳でもなく、一か所ほど(もろ)い場所が出来ていたのかもしれない。


「ちょっと貸してくれ」


 そう頼むと、彼女は無言で頷き、ネックレスを渡してくれた。

 チェーンが一か所ほど壊れてしまっている。

 俺は自分の服から装飾用と思われる細い紐を一本ちぎり、それを使ってチェーンを結ぶ。服を壊してしまったが、事情を説明すれば分かってくれるだろう。


「後で、ちゃんと直そう。今はこれで我慢してくれるか?」


「はい……! ありがとう、ございます」


 レイナは花開くように笑った。

 ネックレスの正しい離れる場所を開け、レイナの首にかけてあげる。

 うん、やはりこれはレイナによく似合う。

 まさに「銀」を彷彿(ほうふつ)させる彼女には、赤い宝石の輝きはベストマッチだ。




 一先ず落ち着いた俺は、新たな問題にも気が付いた。


「はぐれた、か……?」


 確かに、密着して護衛するのではなく、目に映る範囲での護衛ではあったが、今現在において、走ってきた方向にはそれらしき人がいない。正確には護衛ではないし戦闘力も無いが、世話係の二人も含んで。

 向かっては来てくれているだろうが、少なくとも視認できる範囲には(よろい)を着た者は見当たらなかった。先程後ろが騒がしくなったのは、兵士たちが走ろうとして、人ごみで失敗したのが原因だろうか。


 不安に感じた直後だった。

 黒猫は不幸を呼び込むというが、まさかそんなことは迷信だと信じたい。


「きゃっ、んん……!」


 すぐ横から、レイナの叫び声が聞こえた。

 それは何かに驚いた声であったが、何者かに口を塞がれたのであろう、不自然に籠ったような(うめ)きに変わった。

 それはすなわち、何者かに襲われたということだ。


 しかし、それを聞くや否や、俺も何者かに取り押さえられる。

 必死に抵抗するが、それが押さえていた者の怒りに触れたのか、後頭部に痛みが走った。


「ぐッ……!?」


 薄らぐ意識の中一つのことを鮮明に思い出す。

 ――今、王都では誘拐犯が出るということだ。


 俺の意識は暗転した。

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