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粉塵爆発 2

 その後も暫らく、粉塵爆発の実験をした。

 粉の量や飛ばし方を変えてみるのだが、粉の量が少なくて爆発しなかったことはあったが、粉の量が多すぎて爆発しなかったことはなかった。酸素の量はこの世界では関係ない可能性もあるが、恐らくは多いといっても大した量ではなかっただけであろう。

 粉が散らばらずに塊で飛んで行った場合も失敗したが、それは当然のことだ。


 小麦粉で粉塵爆発を起こせることは分かったので、小麦粉の袋を閉じる。

 他のものを燃やしてみるのも良いかもしれないが、まさか小麦粉しか燃えないなんて馬鹿なことはないだろうから、そんな実験はする必要は無いだろう。何が燃えて何が燃えないかは、基本的に前世の知識に頼ることにする。有機物他、金属粉なんかも粉塵爆発を起こせるらしい。

 しかし、前世の知識に依存できない例外も勿論存在する。そして、出来ることならそちらの方が使い勝手は良いだろう。


「まあ、発想の転換というか、分かっていることの延長かな。あそこまで上手くいったのは、俺としても僥倖なんだ」


 カリンの言葉に答えることで一拍置き、さて、と言葉を続ける。


「この技を使うにあたって、小麦粉を常に持ち歩くのは中々難しい。そこで、地属性魔術で細かい粉を作り、代用出来ないか実験したいんだ」


 魔術で作り出したものは地球には存在しない。完全に否とは言い切れないが、少なくともそういうふうに認知されているものはない。

 だからこそ、実験する必要があった。

 もしこれが成功すれば、小麦粉を持ち歩かなくても、イメージしていたような異世界の魔術師になれるのだ。複数のプロセスを踏まなければならないが、それでも魔術への憧れが霞むほどではない。


 この世界の魔術は、注ぎ込む魔力の量と、術者のイメージによって、同じ魔術であっても幾らでも変質する。

 勿論、限界はある。


 火属性魔術は温度変化や光関係。

 水属性魔術は液体操作や液体生成。

 風属性魔術は気体操作や気体生成。

 地属性魔術は固体操作や固体生成。

 他にも無属性魔術や治療魔術もあるが、まあ、ともかく、ある程度は決まったことしかできないのだ。


 それも地属性魔術で固体を作るという程度ならば、確証はないけれど、有機物や金属を生み出すことも可能だと思う。

 (少なくとも確認できる範囲では)質量保存の法則を無視して、魔力という質量ゼロのエネルギーから質量のある物体を(というか恐らくは原子を)生み出すことが出来る魔術である。土が作れて金属や炭素が作れない通りはないはずだ。


 質量保存の法則は化学反応の話だっていうかもしれないが、世界に存在する物質の総質量が増えるわけだから、そのあたりはフィーリング的な感じで理解してもらいたい。

 余談だが、エネルギー保存の法則はおおよそ適用されるっぽい。


「【魔力よ、全てを育む地として、形を成せ】」


 何も考えないと栄養価もなく吸水率も悪い、悪辣な土のようなものが出来上がるので、イメージはしっかりと持つ。

 粉塵爆発を起こすためなので、細かい粒子は大前提だ。それに加えて、有機物であれば好ましいだろう。――腐葉土のようなものが一瞬思い浮かぶが、粉になったのが上手くイメージ出来ないので、開き直って小麦粉をイメージする。


「殿下、それは……?」


「いや、俺も分からん。なんだこれは……」


 とりあえず、小麦粉ではないな。たしかに魔術で食べ物が作れるイメージはないし、有機物は作れないのかもしれない。


「まあ、これはこれで上手くいくかもしれないし……」


「一般常識や礼儀作法は教えられますが、こういったことに関しては私の考えの及ぶところではありませんので、見つめられても困るのですが……」


 まあ、言外にどうしようと問われても困るよな。俺でも困る。


「ん、ああ、ごめん。……とりあえず、他にも作ってみる」


 次に、炭素をイメージして地属性魔術を使ったが、これは多分成功した。

 更に、アルミニウムをイメージしても同じく、これも多分成功した。

 単体ならば意図的に作ることが出来そうだった。しかし、土も作ることが出来るのだ。

 詳しい条件は分からないが、魔術の専門家になりたいかというと微妙なところだし、そのあたりは気が向いたときに調べていけばよいだろう。


「それじゃあ、下記ほどの実験と同じことを、この作った粉でやってみよう。まずはこの良く分からない白いやつから」


 魔力が尽きるまで、その日の実験を続けた。

 といっても、倒れるほどではなく、魔術として使うべき余剰魔力の分だが。




「小麦粉は燃えた。これを基準にする。

 良く分からない粉は全く燃えなかった。

 炭素は小麦粉には劣るが、やはり燃えた。

 アルミニウムは小麦粉にも勝り、盛大に燃えた。

 ――これで合っているよな?」


「恐らくは合っていると思いますが……『アルミニウム』とはなんですか?」


「えっと……」


 やらかした。

 実験自体は成功したが、俺は一つミスを犯した。


 アルミニウムは現代でこそ広く普及しているから、人類とは長い付き合いであるかのように勘違いしがちだが、決してそうではない。

 アルミニウムが存在を予言されたのは十八世紀後半で、それが初めて単体で見つかったのは十九世紀前半だ。金、銀、銅、鉄、(すず)などが紀元前三千以上前からの友人だと考えると、非常に新しい金属だと分かるだろう。


 そして、この世界は中世ヨーロッパに近しい。

 中世というのはおよそ五~十五世紀のことである。

 この世界は、貴族社会が確立している他、比較的安定した社会秩序があることから中世後期、つまりは十四~十五世紀であると考えることが出来る。しかしそれでも、アルミニウムの発見には到底及ばないとわかるだろう。


 更に付け加えるのならば、俺の母語は日本語だ。

 それに加えて、肉体は赤ん坊だったおかげで、半バイリンガル状態であり、ローラレンス語を一切の違和感も自覚もなく使えるようになっていた。

 しかし、これが落とし穴だった。

 該当する語がなかったばかりに、俺はアルミニウムだけは、日本語で「アルミニウム」と言ってしまっていたのだ。


 取り繕え。

 どうせ、またおかしなことを言いだしたとしか思われないのだから。

 自分で言ってて悲しくなってきたけど、今はそれどころではない。


「軽銀……軽い銀だよ。それをアルミニウムという」


「軽い銀……なるほど……」


 アルミニウムは銀に似た外見を持ち軽いことから、「軽銀」と呼ばれることもあるらしい。水銀のような正式名称ではないが、非常に分かり易いよくできた渾名だと思う。

 こういった俗語あるおかげで、無理矢理翻訳が出来て助かったことも、数えるほどだがある。学者かどうか分からないが、呼び始めた人に感謝だ。


 カリンは残ったアルミニウムをすくい上げ、それを眺めてなるほどと頷いた。


「銀のような輝きに、圧倒的な軽さ。これは確かに軽銀と呼ぶにふさわしいです」


「だろう? まあ、銀のように毒を見分けられるわけではないし、銀よりも()びやすいから、優れているのは軽さくらいだけどな」


 カリンは聡明(そうめい)だ。

 アルミニウムとして認知してはくれなかったが、軽銀として認知はしてくれた。

 それがそういうものだという納得をしてくれるというのは、特段金属の専門家ではない俺にとって、説明が要らないという意味でとてもありがたかった。




 その日の夜、寝る直前、俺は一つのことに思い至った。


「アルミ作れるなら、金銀銅も作れないかな……」


 結果だけ言おう。――出来なかった。


 三回ほど良く分からない物質、ちょうど小麦粉を作ろうとした時と同じ物質が生じた。とりあえずゴミ箱に(たた)()んでおいた。

 どうやら貴金属は作れないらしい。


 化学においては、金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムが貴金属とされる。銅は入ったり入らなかったりするが、魔術ではどうやら貴金属サイドらしい。

 名前を知っているだけで、金銀銅とプラチナしかイメージ出来ないのだけど。


 その後、俺はなんとなく悔しくて、もう一つのことに思い至った。


「炭素作れるなら、ダイヤモンドは当然作れるよな……」


 結果だけ言おう。――出来なかった。


 見た目のイメージだけではなく、学校の教科書に載っていたダイヤモンドの結晶構造も参考にしたのだが、黒い炭素しか出来なかった。


 昼間の実験が予想以上に上手くいき気分が良かったのだが、寝る直前に自分の小ささを自爆的に再確認し、なんとなく物悲しい気持ちで眠りについた。

 万能な魔術も、変なところで世知辛い。

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