ネックレスの意味
「というわけで改めまして、従一位王爵家第二子ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスです。凄まじい護衛の数ですが、建前上はお忍びで来ているので、小間使いのジーク君として対応して下さると嬉しいです……」
「私は従二位大公爵家第一女レイナ・マリーナ・フォーガス・ユグドーラ。よろしくね?」
怒られました。
ふざけたこととかではなく、演技とはいえへりくだった態度が、王爵家に相応しくないとのことです。
なので現在、自己紹介中です。上書きです。
カールは俺たちの爵位を聞いて出た変な汗を拭い続けている。なんとも、申し訳ないことをしてしまったと思う。
商人相手だから、誠意は店を贔屓にすることで見せよう。外に遊びに来るたびに買い物してあげたいと思う。
とりあえずは最初の買い物だ。カリンとアリアの頭の上で光る銀細工を指さして問いかける。
「さて、カール殿、あの銀細工は幾らだ?」
カールは流石というべきか、商談になったら突然にしゃんとした。
瞬時にそろばんのような計算器具を取り出し、それをこちらに見せながら言う。そろばん擬きの読み方分からないけど。
「割引を一切しない状態での価格だと、二つで銀貨二十枚ほどですが……今回は色々と粗相をしてしまいましたので、銀貨十枚も貰えれば充分でございます」
彼はそう言うが、俺としてはこちらが全面的に迷惑をかけたと思うので、値引きをしてもらうのは申し訳なくて、眠くなるまで眠れなくなってしまうだろう。
「いや、二十枚払うよ。そちらの主張もあるかもしれないけど、今回ばかりは俺が悪いし……」
懐から金貨を取り出してそれを渡す。本当は銀貨で払いたいけれど、生憎と金貨しか持ち合わせがないのだ。というよりも、細かい硬貨だと重いので、体力が持たないのだ。
彼は金貨を受け取ると、店の奥にいったん下がり、銀貨を八十枚並べて持ってきた。大きさで言えば百円玉ほどだが、それが八十枚といえばその重さも分かることだろう。
本当にいいのかと彼は聞いてくるが、被害者はカールの方であって俺ではない。
「カリンもアリアも、それはお詫びだから遠慮せずに受け取ってくれ」
「いいんですか! ありがとうございます、殿下!」
「ではそうしますが、困ったら物で釣る大人になってはいけませんよ?」
「ぐうの音も出ないけど、素直になってくれると嬉しいんだが」
「世話係というのは、従者ではなく教育者なのです。
でも、そうですね、ありがとうございます」
だとしたらアリアは大丈夫なのだろうか、いろんな意味で。
一緒に居れば人間性は育ちそうだが、それこそ親の仕事で、彼女は礼儀とか常識を教えるべき立場なのではないか。
ともあれ買ったことに後悔はない。というか、素晴らしいと思うんだ。
アクセサリーの値段と美しさは比例しないというのが持論だ。宝石で飾った金細工よりも、シンプルな銀細工の方が美しかったりすることだってあるのだ。
彼女たちに買った銀細工はまさにそれで、職人の技術の高さが見て取れる繊細なディティールは、余計な言葉で飾らずに「凄い」に尽きる。
アリアの同系色の髪と一体化してもそこにあるとわかり、しかし、カリンのオレンジの髪に映えるがしつこくはない。
見つけたことは運がいいと言えるだろう。
自己満足に浸っていると、袖をクイクイと引っ張られる。角度的に、下方向に引っ張れるのはこの場に一人しかいない。
レイナは俺の顔を見て、こんなお願いをしてきた。
「私も、プレゼント欲しい……」
これは自分で買えばいいとか、そういったことではないのだろう。
何が欲しいではなく、誰から欲しいとか、そういうことだ。
俺に、その懇願を断れるはずがなかった。
なにか良いものはないかと、ケスラー商会の店でじっくりと見る。
何でもあるというだけあって、この店はとにかく広い。日本で言うとスーパーマーケットくらいの大きさなのだが、体が小さい分非常に広大に感じるのだ。
三歳児に何を期待しているというのだろう、俺は甲斐性を見せろと言われて、護衛の兵だけを伴って一人でプレゼントを選んでいた。
少女二人と幼女一人は俺の追求を逃れるかのように女子会空間を形成し、ガールズトークに励んでいる。基本的には世話をされる構図とはいえ、部分的には対等に話せていたりするのだから、レイナも相当に才女である。俺の悪影響かもしれなかった。
そんな彼女に似合うもの。年齢相応に可愛らしく、それでいてどことなく大人っぽさも混じるようなやつだろう。……自分で言ってなんだが、そんな都合のいいものはあるのだろうか。
別にアクセサリーに拘る必要はないのかもしれないが、身に着けることが出来るものがいいと、俺の直感が言っている。
一時間弱も見ていただろうか、あまり興味がないもの故に、逆に時間がかかってしまっていた。俺は、高級店の方まで見に行って、そこで一つのネックレスを見つけた。
洗練されたシャープなデザインの銀製のチェーン。ワンポイントで銀と相性が良いといわれる、紅い宝石が輝いていた。
高いとも思ったが、しかし、これだと思わせる何かがあった。
「これだな」
「それは、金貨五枚ほどの品ですが、宜しいですか?」
カールがそう尋ねてくるが、値段で言えば正直、何の問題もない。
「自分で稼いだ金じゃないから自慢できないけど、それくらいならば問題ないよ」
懐から金貨を取り出して、五枚渡す。
彼はそれを確認すると頷き、頑張ってください、と言ってきた。どういう意味だろうかと思ったが、先程のことがあったからそんなものなのかもしれない。
レイナの首の後ろに手を回しネックレスを付けてやる。
「どうかな?」
笑みを浮かべながら問うと、彼女は首まで赤くして、顔を伏せてしまった。
喜んでくれたろうか。
それとも怒らせてしまったろうか。
判断が付かずに微妙な態度を取っていると、カリンが耳打ちでその態度の理由を教えてくれた。
「ネックレスは首輪を連想させます。それを異性から送ることは、束縛したいということを意味し、転じて求婚のさいに広く使われるのですよ」
成る程。
選択肢を誤ったか否かは微妙なところだが、とにかく俺は無意識に生き急いだらしい。
レイナのことを改めて見ると、彼女は既に顔を上げており、赤いままではあったが、嬉しそうにはにかんでいた。
求婚のつもりはなかったが、あの表情を見て今更違うと言えるだろうか。少なくとも俺にその笑顔を奪う勇気はなかった。
そもそも彼女のことは嫌いではないし、むしろ好きであると言えるだろう。対外的に見ても、実質的には婚約者らしいからおかしなことはないだろう。年齢がお互いに三歳なのは可笑しいかもしれないが、それくらいならばどうとでもなる。
「ヴァイス様、ありがとう。大切にしますね」
その時の彼女の表情は、今まで見た中で一番可愛かった。