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今は卑しい身であれば 2

「『神童』と『才媛』の模擬戦闘だそうだ!」

「第二王子殿下と王太子殿下の婚約者だろう? 大丈夫なのかよ」

「許可されているそうだ。それよりも、天才同士のなんて中々見れるものじゃない。しっかりと目に焼き付けておこう」


 何故だか分からないけれど、庭には訓練中であるはずの兵たちが集まって、真剣と娯楽が半々といった表情で集まっていた。門番すらも遠目ながら興味深そうに見てくる。

 俺達が傷つかないために守る立場である護衛達は、最前列でこちらを見物しているように見えて、お互いに連携を取って邪魔が生じないようにしていた。流石に彼らは仕事をしていてほっとする。

 レイナすらも心配するような表情はなく、しかしそれは信頼故であろう。


「これより、従七位子爵家第三女『才媛』アネモネ・レーア・フォン・ユーベルヴェークと従一位王爵家第二子『神童』ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスの準決闘を始める! 勝敗はお互いの宣言によって決まるが、仲裁することもあるので心得ておくように!」


 審判に選ばれた男が高らかに宣言する。

 ハインツ兄様は俺達のようにやらかしたことが無いので、完全に専属の護衛はいないのだが、彼はハインツ兄様の「旅」にもついていったので実質専属の兵士だ。

 名は確か、レオン・ライマー・フォン・ヴェリンガー。伯爵家の嫡男だ。


 その実力は、フェルディナントと同等の剣術を扱いながら、槍術で戦えば大剣を使ったミハイルと拮抗する強さを誇る。

 武器を構えれば本物だと分かるものの、何もしないと未だに青年らしく見えるうちの護衛達と違い、見た目からして実力者といった風の渋い壮年だ。

 彼が審判をしてくれるならば、そこに関しては心配ないだろう。


 俺は準備が出来たことを示すために手を上げた。

 アネモネも同じように片手を上げる。

 レオンが頷いて、開始宣言をした。


「始め!」


「【魔力よ、全てを育む地として、穿ちたる杭として、形を成せ】」


 先ずは小手調べに、わざとらしく詠唱しつつ、中級地属性魔術で杭を作り、それを射出する。

 ガイエスの森にいた一角兎の使用するあれを、ガトリング仕様にしたような魔術だ。充分な速度を持っているが、この世界の人々ならば対応出来ないことはない。

 戦闘職の基準で考えたが、純粋に研究者であるアネモネも例外ではなかったようだ。


 彼女は手を前に突き出すと、俺が打ち出した杭を、地面からせり上がった巨大な土の壁によって受け止めた。

 創造ではなく操作であっても、それだけの質量ともなれば相当な魔力消費であるはずだ。普通の人であっても一回の使用程度では、余剰魔力すら使い切らない程度ではあるけれど、こういった場面の初手で切るカードではない。

 それを当然のように使う、アネモネの魔力の無尽蔵さを改めて痛感する。


 俺自身の魔力はむしろ少ない方だ。

 もっとも、人間族全体で見たら上の方ではあるのだが、良い血筋である周りの人間は魔力が多い傾向にある。レイナやハインツ兄様は俺よりも魔力が多いし、護衛たちや女官たちも量だけならば多いはずだ。

 そうであっても、俺の魔術の方が周りよりも優れていると言われるほどに、知識と工夫でそれは覆せた。けれど、彼女のレベルだと格が違う。


 魔力が多い。ただそれだけで強い。

 だというのに、アネモネはローラレンス王国最高峰の魔術師でもある、ロマーナ大公爵の直弟子だ。それも養子と同等の待遇の、かなり丁寧に教わった愛弟子だ。

 創意工夫を全てこなして、ようやく勝てるかどうか。改めて気を引き締める。


 直後、アネモネの視線から危険を感じ取り、思わずその場から飛び去った。

 大量の水が降り注ぐ。その質量は暴力的であって、被れば体を痛めたかもしれない。

 いや、違う、これはブラフだ。


 腰に差したダマスカス鋼の片手半剣(バスタードソード)を抜き放つ。

 視界の端に見えた()()を受け流す。丈夫なダマスカス鋼は傷もつかないが、充分に殺生力を持った威力だった。

 けれども、()()は残らない。何故ならばそれは高速で打ち出された水弾で、ダマスカス鋼には敵わずに四散したからである。


「今のを受けるの……。やっぱり、専門家ではなくとも、剣士としての教育を受けると違うのね」


「称賛はありがたく受け取ろう」


 言葉ではああ言っているが、アネモネはまだまだ余裕そのものだ。そもそも、戦闘開始から一歩も動いていないことが、その何よりの証拠である。

 俺の方は結構本気でやっているのだが、言葉だけは取り繕った。演技は下手なので、バレているかもしれないけれど。

 しかし、どうやって動くべきか。


 殺意もなく爆発を起こすわけにもいかないので、俺の得意分野は封じられたも同然だ。

 すると、空気や光を利用した技を使うのが良いだろうか。

 もしくは、本来強いと言われている戦い方――身体強化と武器による近接戦闘に持ち込んでも良いだろう。


 決まった。

 俺は「光学迷彩」と「遮音」を使って姿を隠す。俺の方も音が聞こえなくなり、視界も無くなるが、相手の場所を完全に把握している今ならば一撃に賭ける価値はある。

 身体強化をかけて、この状況で剣は危ないので、拳で殴りかかった。


 硬いものを殴りつけた感覚があった。拳の先からしびれが走る。

 間違っても女の子を殴りつけた感覚ではない。これは、壁か何かを殴ったようなものだ。

 賭けには負けた。そう判断して、一先ずはそこから飛びのく。


 移動しつつも最低限見えるだけの視界を得ると、アネモネは俺の場所までは分かっていないようだった。

 とはいえ、俺が攻撃を加えたことは理解しているようで、周囲を警戒はしている。

 しかし、結果として完全に裏を取れた。僅かな視界のままで、今度は一応は見えているので、剣を使って切りつける。


 身体強化によってもたらされる高速の斬撃は、しかし、アネモネには届かなかった。

 先程と同じような感覚を得る。透明な壁――風属性魔術による空気分子の固定か!

 この世界の魔術は、本質的にはミクロのレベルで粒子を操作するものであるから、理論上は可能である。


 アネモネと魔術について語っていた時に、分子の話をしてしまったのは俺である。本来であれば不可能なトリッキーな戦術を彼女が使えていることによって、最強の組み合わせに昇華してしまっている。

 目に見える壁があれば殴らない。当然のことだ。ならば目に見えない壁ならばどうだろう。知らずに殴ることだろう。

 それでも、丈夫さだけであれば地属性魔術で壁を作った方が強い。だというのに、アネモネの無尽蔵な魔力の前には関係ないというのか。


「そこッ!」


 目が合った。間違いなく攻撃が来る。

 ステルスに使っていた分の魔力も身体強化に回して、全力で地を蹴る。脚力で地面が沈み込むと同時に、俺の体は宙に浮かび、足元を弾丸が掠めていく。

 何とか回避したが、まずい、空中に浮かんでしまった。


 この状況では避けられない。いや、魔術を使えば無理矢理交わすことは適うだろうが、それは一度きりだろう。それに、仮に避けられたとしても、先程アネモネには攻撃が通じなかった。

 爆発系ならばいけるだろうが、それは俺にも彼女にも相応のリスクがある。

 腕が切り落とされようが、胴体に穴が空こうが、()()()()()()()()()回復魔術で治せる。お互いにでも治療出来るし、女官も護衛もハインツ兄様も治療を出来る。


 けれど爆発で()()()()()()()レイナ案件である。

 確実にあると分かっているものではあるが、あまり頼るべきでないことも確かである。

 そんな風に考えていると、気が付けば俺の体は物理的に高いところにあった。


 回避のために咄嗟に地面を蹴ったことで、思わぬ高さに飛ぶことになったのだ。

 ああ、これはもしかしたら、僥倖かもしれない。

 一か八かの賭けではあるが実力以上の攻撃も、ここからならば繰り出すことが出来る。


 こちらの場所は割れているので、アネモネとしても攻撃してこないことはない。けれど、それらの攻撃は剣を使って受け流す。

 体を捻って、魔術で疑似的な足場を作り、身体強化をかけて足場を蹴る。

 急速に落下する。


 落下中の攻撃は魔力を惜しみなく使って、風属性魔術で逸らしたり、水属性魔術で受け止める。

 届く距離に着いた――剣を振り抜く。

 硬いものを殴ったような感覚があって、しかし、今回は競り勝った。


 アネモネは自身を守るように腕を顔の前にかざした。その腕の表面を刃が滑り、僅かに出血させる。

 けれど、そんなことを理解するよりも先に、俺は受け身に全神経を集中する必要があった。身体強化をかけた肉体は防御力が上がるわけではなく、当然のように怪我はしてしまう。

 けれど、受け身を取れるだけの身体能力を得られるし、最適な受け身を取ればダメージを限りなく減らせた。ありがとう柔道、前世では苦手だったけれど、この体は身体強化込みで非常に優秀だ。


 受け身に成功した俺は、剣をアネモネに対して突き付ける。下側からではあるが、確実に喉元を狙いすます形である。

 しかし、同時に、俺の周りにも地属性魔術の杭が浮かんでいた。蜂の巣になりかねない。

 お互いの視線が交差する。俺達の動きはどちらもチェックメイトを示すもので、ここから攻撃すれば殺してしまうそれであった。


「審判、判定を」


 そう言ったのは俺でもアネモネでもなく、ハインツ兄様であった。

 判定を求められたレオンは、俺達にお互いの牽制を治めるように言った。

 それに従うと、彼は低い声で応えた。


「引き分けだ。最後の攻撃は、実戦ならそこでお互いに戦闘不能になるそれだ」


 異論は上がらなかった。

 周りで見ている兵士たちは、ローラレンス王国の中でも王都にいる精鋭たちであるし、それが口を挟まないならばそういうことだろう。

 俺は当然引き分けで納得したし、アネモネも一息吐くと、俺に対して手を差し出した。


「結局、最後まで勝てなかったわね……悔しいわ」


「始めての武闘大会の時、あれ以降は勝ててもいないけれど」


「つまり、私の戦績は零勝一敗数分けってことね」


 アネモネは苦笑いを浮かべた。

 俺は彼女の手を取った。ライバルとして互いの健闘を称える。

 兵士たちの歓声が上がった。

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