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結婚式に向けて

 数日の休みは、心身の疲れを癒すのに充分だった。

 身体(からだ)の方はそのままの意味で、環境の良い王城で休んでいたことで回復した。

 精神(こころ)の方も慣れない環境にずっと置かれていたことで、それなりに疲労していたらしく、こちらは家族と過ごしたことで気持ちが軽くなったように思う。


 俺が休んでいた時、同じく休暇に入ったのはウォルフガングとカリンで、彼らは今日から出勤している。

 入れ替わるようにフリッツ――もう旅から帰ったので、ファーストネームのフェルディナントと呼んだ方が良いだろうか――とフランツィスカが休暇に入っている。数日だが、ゆっくり休んで頂きたい。

 また、ミハイルとアリアも俺達付きに戻った。アリアは俺の妹ユリアの乳母でもあるのだが、職務としてのそれはユリアが三歳になった時点で終わりなので、旅に出る前には俺達付きの女官に戻っていた。元々俺達の「世話係」として女官になったわけだから、元の鞘に収まったというわけである。


 そんなわけで、成人と結婚に向かっての忙しい日々の初日は、初心を思いだすような顔ぶれであった。

 俺、レイナ、ミハイル、ウォルフガング、カリン、アリア――入人式直後を除いて、最初のメンバーである。

 旅から帰ってきたばかりで、感覚が戻り切らないことを考えると、入人式を迎えたばかりの三歳の頃にも近いかもしれない。新鮮な気持ちで、俺達は結婚式に向けての準備を始めた。


「そういえば、結婚といえば、殿下たちの結婚に関係が無くて申し訳ないのですが……誰か俺達のことを手回ししたか?」


 ……始めようとした。

 しかし、その前にウォルフガングが訝し気に問いかけた。

 アリアが明るく答える。


「コリンナから話を聞いて、私が勝手ながらやりました。貴族と平民の恋路! 手を差し伸べない理由が無いでしょう? もしかして、余計なことをしてしまいましたか?」


「いや、助かった。感謝する」


 何のことかと思ったので聞いてみると、ウォルフガングとコリンナが籍を入れる際に、一切の躊躇や確認なく受理されたのを疑問に思ったそうだ。

 貴族と平民の結婚は色々と弊害があって、第一に、貴族側の都合。(めかけ)なら兎も角、正妻に平民を迎え入れるとなると、その家の政略的に使える枠が減ることになる。

 第二に、平民側の都合。正確に言うと、貴族から平民を守る為である。地位や金を手に入れるために貴族に嫁ぐ強かな女性も少なくないが、かといって貴族から強要されたら断るのも難しいからだ。


 だから、色々な所に確認される。

 そんな弊害を退けるために、アリアが暗躍したということである。

 コリンナ側に関しては情報を流すだけで良いが、ウォルフガング側に関してはレーヴェンガルド家への根回しが必要なので、中々の労力であったと思う。


 もしかしたら、もはや結婚を半ば諦められていたウォルフガングである。平民相手とはいえ、愛する人を見つけたというだけで、歓迎された可能性も無きにしも非ず……。

 そのあたりは彼の名誉の為に聞かないでおこう。

 今のウォルフガングは、結婚した時のミハイルとアリアのように盛り上がっているわけではないが、静かに幸せそうである。


 俺達がこれからするのは、俺とレイナの結婚の準備だ。

 そうやって幸せそうにしている者がいると、否応なく気合も入るというものである。

 自分も幸せになりたいからな。


「……では、今日の予定ですが、服を作るための打ち合わせに行きましょう。デザインの複雑さや新しさにもよりますが、一番時間がかかるのは、恐らくレイナお嬢様のドレスですので」


 仕切り直すようなカリンの確認を聞いて、俺達は改めて、結婚式に向けての準備を開始した。




 最初に訪れたのは、オーダーメイドで服を作ってくれる店「シュナイデン服飾店」である。

 俺やレイナが着ているような、他の服よりも現代的なこれは、俺が素人なりにデザインしたものを、この店のデザイナーに修整してもらったものだ。

 多くの場合、俺のオリジナルデザインよりも格好良く、もしくは可愛くなる。美的感性の合うプロの実力を痛感する。


 比較的若いデザイナーの店ではあるが、それ故に柔軟な思考であり、技術力の方は充分にある。

 俺が贔屓にしているので、それなりに繁盛している筈なのだが、常に俺からの依頼を最優先にしてくれる。

 そんなデザイナー兼店主のケヴィン・シュナイデンであるが、流石に俺達の結婚式の衣装ともなれば緊張を隠せないようであった。


「まず、採寸をしましょう。殿下たちは成長期でありますから、前回の採寸結果はもう役に立たないでしょう」


 その提案は事実であったので、俺達は首肯を示して立ち上がった。俺はケヴィンに、レイナはケヴィンの妻であるカーヤに、それぞれ別室で採寸してもらう。

 俺に測りをあてがうケヴィンの手は最初、僅かに震えていたのだが、測り終わる頃にはそれも無くなっていて、表情も引き締まったものになっていた。

 ルーチンワークである採寸を行うことで、気負うことでないと判断したのか、それとも覚悟を決めたのか、もう大丈夫そうであった。


 採寸を終えた俺達は、改めてソファに腰掛ける。

 ティーテーブルを挟んでケヴィンと向き合う。

 カーヤが淹れてくれた紅茶を一口飲んで、要求を伝える。


「結婚式の衣装なのだが、色は白でお願いしたい。デザインは、俺の方はいつものスーツを、レイナの方は豪華なドレスだ」


「白……ですか? 派手にしなくても良いのですか?」


「ああ、白が良いんだ」


 ローラレンス王国の結婚式の服装には縛りが無い。

 それ用に一着設えてくるのが最も一般的ではあるが、普段着の中で一張羅と呼べるものを着ている人もいるし、中には鎧で結婚式を行った騎士までいた。

 貴族服ではなく、平民の服を着ることによって、家同士の繋がりだけではなく、個人同士の愛情も深いのだとアピールしたものもいた。……うちの親であるが。


 ただし、共通点もある。

 原色や金銀といった、豪華で派手な色合いを使っていることが非常に多いのである。

 だからこそ、ケヴィンは白色という地味で無個性な色に疑問を抱いたのであろう。しかし、結婚式に白を着るのは意味があることだ。


「ヴァイス様、白にする意味はあるのですか?」


 レイナも疑問に思ったのか問いかけてきたので、隠すことでもないので理由を説明する。


「白は一番薄い色、まだ染める前の色、これから何色にも染まる色だよな?」


「そうですね、一般的にはそう言われています」


「結婚式でそれを着るのは『あなたの色に染まる』だ。一方的に染めるのではなく、お互いに染めあっていく為に、妻も夫も白い服を着るんだ」


 さらに言うならば、皆が派手な色を選ぶ場面で白というのは逆に鮮烈で、強烈な印象を残すだろうが、それは予想に過ぎないし副次的効果なので、今ここで言う必要はないだろう。

 ケヴィンとカーヤが納得したように頷いた。

 レイナは照れた様子で、頬を赤く染めていた。後ろではアリアが小さな声でキャーキャー言っている。


 日本での様式を持ち込んだのだけど、なんだか恥ずかしくなってきたぞ。

 恥ずかしさを振り払うように、デザインの指定をしていく。

 俺が作りたいのはウエディングドレス。純白のドレスはレイナの美しさを引き立てるに違いない。


 基本的な構造は、普段レイナが着ているワンピースと同じで良いだろう。夏だから上着は無しで、肩だしのデザインで。

 スカートを床にギリギリ付かない程度に長くして、布の量を多くして膨らんだ印象にする。締め付けるようなコルセットは必要ないが、形を整える程度のものはある方が良いだろう。

 あとは、何といってもヴェールだ。躊躇いなくレースをふんだんに使って、レイナの髪と同じくらいの長さにする。床にはギリギリ付かない長さだ。


 後は、ドレス全体にレースをあしらって、豪華なデザインにしていく。

 白一色だからこその美しさだ。


「これは、……白一色なのに地味ではないですね。むしろ派手ですよ」


「レイナなら美しく着こなせるだろうし、ケヴィンたちもそれをより良くする実力があるだろう?」


「はい、それは勿論、全力を尽くします」


 ケヴィンの瞳は挑戦心に燃えていた。

 やってやるという決意が見えた。


「レイナお嬢様は、何か拘りなどはありますか?」


「ヴァイス様が私の為に、こんなにも素敵なドレスを考えてくださったのです。文句の一つもありません。本当に、素敵です、完成が楽しみです」


 レイナは俺の方を見て笑った。同時に俺の右手をレイナの左手が掴んだ。

 恋人繋ぎにして握り返すと、レイナも改めて強く繋ぎなおしてくれた。

 ケヴィンは年長者らしい笑みを浮かべて、店主として大きく一礼した。


「ご期待にお応えして見せましょう」


 曖昧な言葉ではなく、宣言であった。

 ケヴィンがそういってくれるならば、間違いなく素晴らしいものが出来るだろう。俺も、レイナとの結婚式だ、金は惜しまない。

 どうやらウエディングドレスは期待が出来そうで、店を出た時の快晴の空が、それを象徴しているように思えた。

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