帰路に着く
長い長い冬が終わり、春がやってきた。
まだ雪解けとはいかないけれど、雪が追加で降ることは殆どないし、港の氷はとけた。
プレヴィンの街では開港祭が開かれて、閉港祭と同じような盛り上がりを見せた。閉港祭が売り切りセールならば、開港祭は初物セールといったところか。
そして、春になったということは、プレヴィンを離れる時がやってきたということだ。
結構長い間滞在していたので、この街にも中々に愛着はある。
けれども、旅に出た時と同じように、冒険に対するワクワクがあるし、何よりも故郷への帰路であるから、そちらの方が上回っていた。
「ああ、マツカゼ、乗るのは久しぶりだな。今回も頼むぞ」
愛馬である黒毛金角の馬マツカゼに話しかけると、賢い彼は「勿論だ」というように嘶いた。
数か月ぶりに騎乗して、プレヴィンの西側へと向かう。ここでの生活のうちに慣れたのか、アルーヴを乗せるウォルフガングが緊張しているということもない。
門をくぐって、石畳から雪の残る土へと踏み入れようとしたとき、合流者が声をかけてきた。
「ルナ、皆さん、宜しくお願いします」
カリンの友人、セリア・プレイイェルは真剣な表情でそういった後、少し自信の無いような表情になった。
「あ、馬……。そうだよね、ルナたちは貴族だから」
「問題ありません、一席空いています」
「ちょっと待て、俺は護衛だぞ!? 既にアーデムは同乗者を乗せてしまっているというのに」
さも当然のように、しれっと言うカリンに対し、フリッツが必死にツッコミを入れる。
けれどもカリンは動じない。舌戦で彼女に勝とうというのは、フリッツには荷が勝ちすぎているように思う。
「その同乗者に十分な実力がありますからね。私に出来ることの大半はセリアにも出来ます」
「いや、ルナと同じはハードル高いんだけどね……?」
本人は謙遜しているものの、それでもフリッツは納得して、観念したように頷いた。
「乗れよ」
セリアがフリッツの馬シュタークに乗った後、俺達はプレヴィンを出発した。
◆
プレヴィンから離れて、森の中に入った後、アルーヴの言葉を受けて俺達は一旦足を止めた。
彼女は下馬すると姿を消した。今まで着ていたカリンの服が雪の上に落ちる。
それを始めてみたセリアは目を丸くしているが、アルーヴがそんなことを気に留めるはずもない。
初めて出会った時と同じように、露出の少ない白い布のような服に包まれた姿で、アルーヴは実体を顕現した。
プレヴィンに居た時のように、地面に足を付けることなく、ふわふわと浮かぶ彼女は清々したような表情である。
精霊的な美しさや神聖さを隠すこともしなくなった精霊アルーヴは、借りていた服を拾ってカリンに手渡した後、再びウォルフガングの後ろに乗ることはなかった。
雪道を歩くマツカゼ達の横を、今まで歩いていた憂さ晴らしとばかりに、アルーヴはアクロバティックに飛んでいる。
その様子を見てレイナが楽しそうな声を漏らした。
「ふふ、そういえばアルーヴはそうでしたね」
「そうよ、私は自由だもの。あはははっ!」
弾けるように笑う、精霊らしからぬアルーヴの言動であるが、自由のところに複数の意味が込められているあたり、当然のことだが侮れないと思う。
それで軽く頭を抱えているのはフリッツで、それは先程のカリンへの反論が全て杞憂であることを突き付けられたからだろう。
真面目な彼はアルーヴの余波を受けやすいように思う。
いや、うちの精霊がすみません。
別に契約したわけでも契約できるわけでもないけど、俺が呼び出したのは事実だからな。
本人に言ったら、ヴァイスじゃなくてレイナに協力しているの、とでも言われるだろうが。
いや本当に。すみません。
カリンが説明していなかったのか、本気で混乱しているセリアを見て、そう思った。
◆
その日の夜、久しぶりの野宿をしつつ、カリンによるセリアへの説明が行われた。
平民に言っても良いのかということはあるけれど、そこは信頼したうえであるのに脅迫もするという、中々にアレなことになっていたりする。
いやー、ケスラー商会のカールは元気かなー。米の取引しておいてくれたかなー。
「というわけで改めて、順番に、ローラレンス王爵家のヴァイス殿下、ユグドーラ大公家のレイナお嬢様、近衛兵団所属ウォルフガング准将、同じくフェルディナント大佐、フランツィスカ三等女官です。あとは、彼女は、……精霊です。精霊アルーヴ」
「え、え、あの、ちょっと待ってルナ」
怒涛の上層部列挙に加えて、精霊なんて言う情報を与えられたセリアは、その混乱を隠せないでいた。
可愛そうなのでフォローしてあげたいところだけど、絶対に逆効果だろうから止めておこう。
柔らかくて甘くて白い小麦粉のパンを食べながら、今日のところは全部カリンに任せておくことにした。
やることもないと決めたので、仰向けに横になると、眼前には満点の星空が広がった。
野宿の一番の良いところはこれだと思う。
帰路初日は、なんとなくいい気分で眠りについた。




