冬の生活1 雪上の狩り
閉港祭が行われてから暫くたった。
プレヴィンの街は目に見えて活気が減っているのだが、人々の表情を見るにそれが平常運転だということが分かる。
必要のない労力は割くだけ無駄であり、商人が多いプレヴィンらしいといえた。思えば、カリンの合理的な性格はこういう土壌で育まれたのだろう。
とはいえ、宿でじっとしているのは退屈に過ぎる。
冬の寒空でありながらも、気持ちいいくらいに透き通った青空を眺めて、俺達は街の外まで出かけることにした。
商人ギルドが閑散としていても、冒険者ギルドには休みがないのである。もっとも、緩やかなエージェント契約に過ぎない冒険者は、仕事を受ける受けないも任意なのであるが。
元々冒険者という人種にとっては、大陸間の中継地点以上の意味を持ちにくいプレヴィンのギルドは、然程大きいわけではないが、最低限の賑わいを保っていた。
掲示板の前には依頼を見る人がいて、酒場では楽しそうに飲んでいる人がいる。
しかし、長居はすることなく、フランツィスカが一枚の依頼を選んだので、俺達はすぐに出発した。
プレヴィンの街道は人通りが多いからか、雪が積っていることはなかったが、一歩外へ出ただけで景色は一変した。
白、白、白――どこを見ても雪に覆われていて、色といえば木々の幹の部分が茶色いだけである。
雪に足を取られつつも針葉樹林を進んでいき、深くまで行ったところで、フランツィスカが歌うように言った。
「今回の依頼は、魔物ではなく動物です。数は無制限で、種類も問われませんが、血抜きだけはしっかりすること」
彼女は、俺やレイナ以上にテンションが上がっているようであった。
ニマニマと笑いながら弓を抱いているので、少しばかり不気味であるが、それ以上にこれが彼女の本領なのだとも理解させられた。
直接感じ取ったわけではなく、ウォルフガングやフリッツが息を呑む音が聞こえたから、そう判断できたわけだが。
「良く分からないけれど、動物を見つければ良いのよね? あっちに三匹ほどいるわよ」
不意に、街を出てからは流石に面倒だったのか、フワフワと浮いていたアルーヴが、進行方向の右側を指さした。
慣れない弓を構えて目を凝らすも、それらしいものは見当たらない。
「アルーヴ、その情報は本当ですか?」
「実体でこの形を取ったからといって、本当にそのサイズではないのよ。カリン、貴女の風魔術よりも、風の精霊たる、私の方が範囲が広いの」
アルーヴが精霊なのは知っていたが、風の精霊だというのは初耳だった。
しかし、それを除けば、ごく当たり前のことだけを言っている。
精霊だから人類より優れている――理不尽でありながらも完璧な理論でもあった。
改めて思うと、俺達はとんでもない存在を仲間にしているのである。性格はといえば、神聖さよりも親しみを感じるものであったが。
カリンはアルーヴの言葉に納得すると、魔術を使おうとはせず、弓だけをしっかりと抱えなおした。
アルーヴの指さした方へ足を向け、暫く進むと、遠方に鹿らしき動物が三匹ほど見えた。
「流石です、アルーヴ。
さて、先ずは、私とエルネスで見本と行きましょうか。雪上では剣は護身用に過ぎませんし、弓は本来の獲物ではないでしょう?」
カリンはアルーヴに賞賛の言葉を送ると共に、俺達にそう問いかけた。
俺やレイナは弓は完全に素人であったから、否応なく首肯で返したし、護衛の二人にしても弓は扱い慣れていないようだった。
というのも、軍隊の弓は集団で放ち、範囲内に雨のように降らせて運用するものであるから、遠距離を狙撃できる精度はない。狙撃したところで、この世界の戦士相手では、剣の一薙ぎに払い落とされるのがオチだからである。
俺達の返事に、女官二人は大きくうなずくと、息を吸って弓を構えた。
ギリギリと音を立てて弓が、文字通り弓なりにしなる。
ピンと張りつめた糸が切れるように、その緊張は急速に解き放たれた。
「【魔力よ、それらに従う風として、形を成せ】」
カリンが呪文を唱え終わると同時に、二本の矢が宙に向かって飛んで行き、風属性魔術がそれらを追った。
二人はすぐに次の矢を弓につがえると、先程と同じように引き絞る。
1、2、3、と数を数え、タイミングを合わせて、今度は獲物に向かって一直線に飛んでいく。
白一色の世界の遠方で、三つの赤色が生じた。
右の鹿がカリンの、左の鹿がフランツィスカの放った矢に貫かれると同時に、上空から飛来した二本の矢が残り一匹を地面に縫い付けた。
倒れ伏す二匹と、倒れることも出来ない六本足の一匹を見て、俺は思わず言葉を失った。
あまりにも技量が高すぎやしないか。
二匹を射貫いたのは分かる。しかし、どうして三匹目を同時に仕留められようか。
理屈としては分かるし、現代日本で漫画やアニメを見たものとしては憧れる技だ。でも、まさか本当にそんなことが出来るとは思わないだろう。
「エルネス、貴女、凄いですね」
「そんな、リューネだって二本とも当たっているじゃないですか」
「私のは二本とも胴、貴女のは二本とも頭ですよ」
次元が高すぎて理解できない。当てるだけでもとんでもないのだが、確かに四本のうち二本は頭を貫いている。
フランツィスカの狩猟スペックが高すぎる。
呆然とする俺達に、カリンはさも当然のように言った。
「これを参考に、ジークとマリーナもやってみてください」
「「無理だろう(ですよ)」」
声が重なった。思うところは一緒である。
とはいえ、丁寧な説明の下に練習したら、曲射は流石に無理であったが、直射の方は出来るようになった。日が高く昇る頃には、俺は獲物を射止めることが出来るようになった。
しかし、多くのことにおいて俺以上に天才型のレイナであるが、弓矢を扱う才能はイマイチであったようだ。するとアルーヴが余計なことをやりだした。
「レイナ、私が手伝うわ」
精霊らしい慈愛の表情を、精霊らしからぬ私情で浮かべ、アルーヴはレイナの手を取って弓をつがえた。
共同作業の結果、レイナの放った矢は獲物を貫くに至り、可愛らしい笑顔を見ることが出来た。それ自体は俺にとっても喜ばしいことであったが、問題はそこではない。
アルーヴの魔力――つまりは精霊であるアルーヴ自身――を流された、レイナの使っていた弓は、聖遺物よろしく神聖なオーラを放っている。
どうすんのこれ。
どうもできないですよ。
一先ず問題を先送りにして、俺達は今日の戦果を持ち帰って清算した。鹿や兎といった動物なので、魔物に比べて単価は安めだが、何分数が多いのでそれなりの金額になった。
聖遺物よろしいオーラを放っている弓だが、後日カリンとフランツィスカが検証をしに行った。
結果としては、「風属性魔術による高性能な指向性アシストが、僅かな魔力を込めるだけで発生する」という、メカニズム不明の魔術具であったらしい。
確かに、創世神話にはそういった、トンデモ性能な道具や武器も多数出てくるけども、現代は神代じゃないんですけど、アルーヴさん。




