幼い聖女 4
今日の夕食は、なんだかんだとすったもんだあって、ユグドーラ大公爵家の人たちと一緒に食べた。こういうと大人数が来そうに聞こえるだろうが、実際は当主をはじめ殆どが大公爵領に居るので、王都の邸宅に居るレイナとマリアだけである。
理由は察せられるであろうが、レイナが称号を与えられたことのお祝いだ。
俺としては家族のように親しい彼女たちと食事するのが嬉しくないといえば嘘になるし、無邪気に笑う彼女を見ると心が洗われる気持ちになる。マリアとも久しぶりに話せて楽しかったし、何故かお礼を言われてしまって、くすぐったい気持ちになった。
しかし、俺が関与してしまったとはいえ、一緒に祝うというのは貴族的な外聞としてどうなのだろうか。
夕食会は何事もなく、楽しく終わった。
夕食の際に抱いた疑問は、ハインツ兄様の爆弾発言によって解決した。
吹き飛んだ、ではなく、俺が理解したという意味で解決したのだ。
「ヴァイスの婚約者は良い子だね。羨ましいよ」
ハインツ兄様は、持ち合わせのさわやかイケメンスマイルで、さらりとそのようなことを言ってのけた。
先程の疑問がストンと解決の箱へシュートされていく中、新たに受け取った言葉そのものはどうにも飲み込めずに、頭の中をグルグルと駆け巡る。
それが嫌なのではなく、真偽を疑っているに過ぎないが。
「え、は……? 婚約者?」
「あれ、知らなかったの? えっとね……」
俺が疑問を示すと、彼は説明をしてくれた。
乳兄妹(乳姉弟)は伝統的に婚約者になるものであるという。これは納得といえば納得の風習で、乳母になるということは、両家の間にそれなり以上の信頼関係があるということだ。そして、乳母をやれるということは、その子供は依頼主の子供との年齢が非常に近いのだ。
だからこそ、乳兄妹である以上は婚約者になるのが必然であるのだ。
それだけでなく、当人同士の相性の良さというものもある。あくまでも政略結婚が主流で、本人たちの相性など二の次であるとはいっても、それが良いに越したことはないのだ。
そういった意味で幼馴染というのは非常に大きい。一緒に生活するのだから、どんな人間なのか分かっていればそれだけで安心の要因となりえるのだ。
しかも、意外なところに体現者がいた。
毎度おなじみで子供の前でも遠慮なくいちゃつく我が王国の最高権力、父アルトリウスと母リリアである。
彼らの誕生日の関係性は俺とレイナと同じく、アルトリウス誕生の次の日にリリアが生まれたのである。なんとも運命的なものを感じなくもないが、本当に運命ならばハインツ兄様がそうなっているだろうから、これは単なる偶然であろう。
未だにアルトリウスに側室がいないのは、そんな感じの婚約者であるわけだから、幼いころから相互依存してしまって、余計なものを受け入れようという気になれないのだという。
俺はそうならないように気を付けよう。
俺とレイナのことは、誰も表向きには言葉にはしていないが、半ば公認みたいなものなので、ハインツ兄様は今回の食事会で確信をもったらしい。
アルトリウスとユグドーラ大公爵の間では、明確な言葉を持った約束として成立しているはずであると、ハインツ兄様は言った。知らぬは本人ばかり、というやつであるらしい。
「なんにせよ、僕はそういった婚約者がいないから、ヴァイスのことが羨ましい」
彼は最後にそう言って、曖昧な笑みを浮かべた。
彼にも乳兄弟はいるはずだが、男同士だとまた少し違うのだろう。少なくとも将来においては対等な夫婦ではなく、上下関係のある主従となってしまうのだから。
「ハインツ兄様ならば女性は選び放題でしょう。勿論、遊んで良いという意味ではありませんが、素敵な女性はいくらでも見つかるでしょう」
「貴族のご婦人は猫をかぶるのが上手くてね?」
「賛成ですが、いささか六歳児が持つにはドライな意見ですね」
「共感は嬉しいけれど、いささか三歳児が持つにはドライすぎる意見かな」
お互いの目をじっと見て、同時に噴き出す。
どうにもこうにもおかしくて、溢れるように笑い出す。
今日のちょっとしたやりとりで、俺たちは普通の兄弟にグッと近づけたと思う。
寝ころんだベッドから、なんだか甘い匂いがする。
何故だろうと思い、昼間にレイナを寝かせていたことを思い出し、ドキリとする。今までは意識していなかったのに、婚約者だと言われるとどうにも気になってしまうのだ。
彼女は間違いなく美人になるだろう。今はまだ幼くても、将来への期待はこれ以上ない程にできる。
どうにもこうにも意識するようになってしまった婚約者の残り香に包まれて、どこか心地よいままに暗闇に落ちていった。