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甘味を求めて 1

 カリンの帰還が公表されて暫く、流石にお祭りムードも収まって、多少浮ついてはいるものの、プレヴィンはおおよそいつも通りの雰囲気に戻った。というのは、フランツィスカの談である。

 実際、そこらじゅうでセールだらけということも無くなったし、初めてプレヴィンに入ったときの雰囲気に近くなっている。

 そんな、とある日のことである。


 地元民であるカリンとフランツィスカの二人が、何かしらの用事で別行動をとるということで、俺達は今日一日案内役を失った状態になった。

 といっても、プレヴィンの街並みも基本的なところは把握したので、俺達だけで出歩いても迷うということはないだろう。

 そもそも、疲れも取れた今、一日中宿屋で休むなどということは選択肢にない。行動は起こしてなんぼである。


 特に危ない場所に行く予定もないので、護衛の二人は反対しなかったし、レイナも行きたいと主張したので、アルーヴは肯定を示した。

 そんなわけで俺達は、意気揚々と宿屋を出て、一先ずは大通りまで出て来た。

 辺境伯邸を背中に、大通り全体を眺めて、具体的に何をしようかと話し合う。


「さて、マリーナは何かやりたいことはあるか?」


「プレヴィンでは美味しいものが多かったので、他にもないか気になります」


「そうだな、俺もそれは興味がある。甘いものか?」


 当たっていたのか、レイナは嬉しそうに笑った。


「そうです。美味しいものは何でも好きですが、やっぱり甘味は格別だと思うのです!」


 大人びていることが多いレイナだが、甘味を食べたり話題にしたりするときは、年齢相応の表情を浮かべるので、非常に可愛らしい。

 彼女の笑顔を見ていると俺まで嬉しくなってくる。

 特別やらなければいけないことはなく、俺としても食べることは嫌いでないので、彼女の意見を採用することにした。


「じゃあ、今日は美味しい甘味を、自分たちで見つけに行こう」


 そう提案して手を差し出すと、レイナは嬉しそうに「はい」と頷いて、俺の手を握った。

 こちらからも握り返して、俺達は大通りへと脚を進めた。


 ちなみに、護衛達は一歩引いたところで気配を消していた。

 アルーヴも同じようにしていたが、こちらは全然目立っていた。

 護衛二人の技能は賞賛すべきだが、アルーヴのレベルだと同じようにしても、もはや実体を出した時点で気配は消せないのだろう。







 案内してくれる人がいないと、逆に見えてくるものがある。

 今まではカリンやフランツィスカの言ったものを見れば、プレヴィンの魅力は充分に伝わっていた一方で、それに頼り切ってしまうところがあった。

 自分たちだけで歩けば、自分たちの感覚で()()()()()()()()と思ったものに立ち寄ることが中心になる。


 俺達がふと寄ったのは、服屋であった。

 比較的小規模な店であるが、大通りにあり、新品の服を売っているあたり、比較的高級な店だろう。

 店員は妖精族の男性と人間族の女性で、恐らくは夫婦なのだろうと思う。仲睦まじそうに一緒に仕事をしていた。


 肝心の商品はといえば、半分はローラレンス王国で普遍的なもの、もう半分は珍しいものであった。

 ただし、プレヴィンに限って言えば珍しいとは言えない。妖精族か、もしくはアルヴァー森精皇国(ヘイム)の普遍的な服装であり、この街ではかなりの頻度で見かけることが出来る。

 妖精族に限らず、人間族でも着ている人はそれなりにいて、プレヴィンの独特な雰囲気の一要因である。


 地球の服で例えるならば、北欧はサーミ人の上着、コルトが近い。

 ただし、色合いとしてはコルトのように色鮮やかではなく、比較的落ち着いた色がベースになっている。

 どことなく既視感があると思ったら、俺がデザインしたレイナの服装で、一番上に羽織るストールがこんな感じだ。素人の俺が考えたものより、こちらの方がお洒落だが。


「ジーク様、どうでしょうか? これ」


 丈の短いコルトを手にしたレイナは、それを体に当てて、小さく首を傾げた。

 俺が彼女に似合うと思ってデザインした服の、上位互換が似合わないはずがないし、そもそも、レイナに似合わない服をイメージする方が難しい。


「似合うよ、可愛い」


「ありがとうございます」


 正直に口にすると、レイナは輝くような笑みを浮かべた。俺の財布の紐は緩んだ。

 無駄遣いは良くないというが、金は貯めるためではなく使うためにあり、第一レイナの笑顔が見れるなら無駄ではない。至上の価値があることだ。

 店員を呼ぶと、男性の方が愛想の好さそうな顔で、片目を瞑りながら口を開いた。


「兄ちゃん、デートで良いカッコしたいのは分かるが、うちは新品だから高いぜ?」


「金ならある。いくらだ?」


「このくらいだな」


 店員は指を二本たてた。


「金貨二枚……確かに高いな」


 見たままを呟くと、店員は一転慌てて、半ば叫ぶように言った。


「違う、違う! 銀貨二十枚だ! まあ、それでも充分高いと思うが……」


 銀貨二十枚というと、平民だと一ヶ月分の収入でも可笑しくはない。

 冒険者の風体をした俺達が、高収入だと思われるはずもなく、店員は申し訳なさそうな、心配そうな表情を浮かべていた。

 平民基準の金銭感覚も、一応は有しているレイナは俺の表情を覗いてきた。しかし、確かに数字だけを見ると高いが、新品の服と考えれば、この世界では飛びぬけて高くはない。


「あの、ジーク様……」


「買うよ。マリーナは気に入ったんだよね」


「はい」


「じゃあ、俺が迷う理由はないな」


 俺が銀貨を差し出すと、男の店員はそれを数えて頷いた。

 女の店員もこちらへ出てきて、レイナが手にするコルトを一旦受け取って、丁寧に畳みなおしてから再びレイナに手渡しながら、レイナに囁いた。


「カッコいい彼ね。容姿も、妖精族のうちの主人と並んでも勝るくらいだけど、そういうことじゃあないわよ」


「ふふ、そうですよ。ジーク様は格好良いです」


 レイナがそう言うと、女の店員は口角を釣り上げて、悪戯っぽく笑った。


「でも、貴方も負けてないわよ。シルヴォ」


「エリーザ、客に対抗心を燃やすんじゃない」


 女の店員エリーザの言葉は、男の店員シルヴォによって、ぴしゃりと打ち切られた。

 どちらがより正しいかは本人も分かっているようで、エリーザは大人しく口を閉じた。

 俺とレイナは顔を見合わせて小さく笑った。


 買い物をしたおかげか、この店の店員の人徳か、空気が和んだので、俺は本来の目的を切り出すことにした。

 美味しい甘味がある店に、心当たりがあるかどうかである。

 聞くと、シルヴォは首を傾げたが、エリーザはすぐに一軒の店の名前を出した。


「『紅い宝石亭(ルビン・ユヴェル)』が良いと思うわよ。本来は肉料理の店だけど、甘味も逸品よ」


「ルビンか。俺は肉しか食べたことが無いが、あそこは素材が良いからな」


 エリーザの言葉に、シルヴォも肯定的に頷いた。

 どうやら、最初の店であたりを引けたようである。

 買い物もすることになったが、俺が自ら率先して買ったわけだし、レイナが喜んでくれればむしろ嬉しい誤算となるだろう。


 料理店の場所を聞いて、服屋を出た。

 そこにはアルーヴの姿が見えず、故に護衛達を見つけることも出来なかった。

 疑問には思ったが、彼らのことを信用して、俺達は「紅い宝石亭」へと脚を向けた。

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