貿易港
「青い燕亭」を出た俺達は港へ向かって歩いていた。
大通りという括りの中でも、港に近づくにつれて様相が少しずつ変化していく。
分かりやすい変化として、小売店が少なくなり、代わりに倉庫や卸売店が多くなっているように思う。
また、カリンが挨拶をされる割合が減ったように思う。それでも充分に多いが。
その理由は恐らくだが、プレヴィンの住人ではない人間が多いからではないだろうか。
何といってもプレヴィンの港は漁港などではなく、ローラレンス王国が最大の貿易港である。貿易相手である、シルフィア大陸のアルヴァー森精皇国の者が多くとも不思議はない。
実際に先程からすれ違う者の、五人に一人はアルヴァー森精皇国の主な住人である妖精族だ。
妖精族は、日本人的な感覚で言うと「短耳エルフ」といったところだ。アルーヴのような笹穂耳は持っていないが、人間の耳と比べると先端が尖っている。――これによって、妖精族は人間族よりも耳が良いが、代わりに暑さに弱い。
人間族の感覚だと容姿端麗に思える者が多く、長寿で、外見上はほぼ不老である。思考力、魔法の練度、共に人間族に勝り、素の運動能力は劣るものの、身体強化によって逆転する。
スペックで考えると殆どチートだと思うが、人間族は繁殖力で勝り、その数の多さから天才の数も必然的に多くなるため、総合力では同程度だとか。
また、百年ほど前の古いデータになるが、とある戦争学者が暇潰しで、当時から友好国であったローラレンス王国とアルヴァー森精皇国が戦争した場合どうなるかを算出した。結果としては、「攻めた方が負ける」である。
なんというか、この世界の神様は、本当に上手く世界を作ったものだと思う。
そんな人間族と妖精族の共存を感じる通りを抜けると、ある時急に左右の遮蔽物がなくなり視界が開けた。正面に見える船までの距離は1~2ブロック分はあるように感じるが、建物はなくなり、港としてのスペースが非常に広く取られていた。
アルヴァー森精皇国への貿易船に積む積み荷や、逆に降ろされた積み荷などが並んでいる。頭の中に浮かぶのは、社会の教科書に載っていた、自動車の輸出前の光景だ。
その隙間を多くの人間族と妖精族が行き来していた。多くの者は船乗りらしいが、身なりの良いものが数えるほど居て、恐らくは商人だろう。
「やはり、港は活気がありますね」
波音と足音、飛び交う指示と号令を耳にして、カリンがそう言うと、フランツィスカが「そうですね」と声を出して頷いた。
二人は前を知っているから、やはりの一言で片づけることが出来る。
俺としても活気があるのは同意できるのだが、その活気が大通りにあるような商人のノリとも、祭りのような浮かれたそれとも異なり、始めて受ける感覚であった。
汗水流して働く船乗りたちの、豪快で大胆な気迫がある。
しかし同時に、客を相手に物を売るわけではない、商人同士の、マーケティング戦略に基づいた知的な戦いがある。
対極な活気であるのだが、それが不思議だが自然に共存しているのが、この港であった。
「流石に、ローラレンス王国最大の貿易港というわけか」
「色々な人がそれぞれに働いているのですね」
「初めて見たが、凄いなこれは」
「港はこういう場所なのだな。ユグドーラも貿易中継地だが、雰囲気がまた違う」
「……私にはその感覚は分からないわ。活気の有無は分かるけど、何が違うのよ」
感覚が分からないと言われても、本当に雰囲気が違うだけだからな。
女官二人に視線を向けると、彼女たちは首を横に振って肩を竦めた。馴染んでいる分だけ、俺よりも分かっていなそうであった。
回答したのは、ミハイルほどではなくとも、このメンバーの中では最も頭脳労働に回ることの少ないフリッツであった。
「船乗りたちのような肉体労働者は、どこの街でもいる。馬車運転や荷物運びを生業とするものは幾らでも居るし、冒険者や兵士もそうだ。但し、船と違って馬車では一台あたりの人数が少ない上に、場所も分散している」
そこで区切られたフリッツの言葉を、カリンが引き継いだ。
「船は馬車と違って、海と陸の繋ぎ目である港にしか停まれない上に、一隻あたりに乗る労働者の数も多い。だからこそ、見慣れていないと異様に感じるということですか」
フリッツは頷くと、また口を開いた。
「また、ユグドーラでは商人対商人の取引も、小売店と同じような形式で行われる。プレヴィンは、それが分かれているのではないか?」
「そうですね。プレヴィンは今まで歩いてきた大通りを中心に、小売店は小売店の形を取っていることが大半です。一方で、商人同士の大口取引は、基本的には港で行われます」
ローラレンス王国が誇る、陸路と海路、それぞれの貿易で栄えた都市で生まれ育った二人だからこそ、実体験的に出て来た意見であった。
ユグドーラ大公都というと、ユグドーラ家の者であるレイナが先に浮かぶが、彼女は王都生まれ王都育ちだ。一方で、ユグドーラ大公都の侯爵家であるグリューネワルト家のフリッツは、家柄の通りに大公都で育ってきた。
そんなフリッツだから、ユグドーラ大公都のことは良く知っていた。
大公都は、プレヴィンの港とは違って、王都に近い雰囲気があった。それがプレヴィンと比較されたことで、それぞれの特性を言葉で言い表すことが出来たのだろう。
カリンも俺達の感想の意図を、正確に理解できたようであった。
しかし、彼らが解説するきっかけとなった、アルーヴはいまいち理解しきれてはいないようであった。
「気にすることはないと思いますよ。そもそも、アルーヴは他の街をじっくり見たことはあるのですか?」
「そういえばなかったわね。ありがとうマリーナ」
レイナの言葉を受けたアルーヴは、笑みを浮かべた。嬉しそう、ではなく、楽しそうであった。
人間的な感性が前面に出て、ワクワクしているような印象受ける。
若干不安だが、今まで問題を起こしたことはないし、楽しそうならば何よりである。
そんな風に話しながら、俺達は海や船が間近に見える、海岸線までやってきた。
色々な作業をしている港を横切ってよいのかという話もあるが、そもそも公共の場なので文句を言われる筋合いもなく、特にカリンなどは整備した側――つまりはプレヴィン辺境伯家――の人間である。
大量の積荷が積まれた船が何隻も並び、その先の海は水平線まで見通せる光景は、大迫力で浪漫に溢れていた。
プレヴィンで港を見ることは、王都で王城を見上げるのと同じくらいに、観光として普遍的なことらしい。
それだけのことはあって、特筆してイベントがあるわけではなかったが、色々と見ることは楽しかった。
港を一巡して、俺達は港を後にした。




