アルヴァーヘイム料理
注文してから然程時間がたっているわけではないが、恐らくカリンがいるから優先されたのだろう、思ったよりも早く料理が運ばれてきた。
次のヴァルデアはもう少し待ってくれと、厨房から声が飛ぶ中、店長が二つずつ皿を運んでくる。二つずつなのは、単純に片手で一つ持っているためだ。
三往復に、飲み物の為にもう一往復。合計四往復。俺達のテーブルに料理が出そろった。
「六人前、料理がヴァルデアと、飲み物がアンフェルの果実水です」
店長は誇らしげな笑顔で料理を紹介した。
鼻歌を歌いだしそうにすら思えるフランツィスカが、店長以上の笑顔で言った。
「この店の、特に店長のヴァルデアは最高ですから、早く食べましょう!」
思わず気圧されながらも、俺は前世からの習慣を口にした。
皆も微笑みながら復唱してくれた。
「お、おう。いただきます」
「「「いただきます」」」
何かの呪文ですか、とでも言いたげな店長の顔からは目を逸らし、改めてヴァルデアに目を向ける。
運ばれてきた状態での外見のイメージは、純粋に硬そうなパンである。
但し、上部に切れ目が入っていることと、鼻腔をくすぐる複雑な香りは、パンの単純な香りとはまるで違う。
すぐにそれが、パンの器に入ったスープであるということが理解出来た。
パンの蓋部分を外すと、並々と注がれた液体が目に入る。
粘度は低い黄色いそれは、カレーやシチューではなく、例えるならば黄色いボルシチといったところであろうか。
地球世界のウクライナ料理、ボルシチはビーツを使った鮮やかな深紅色のスープだ。日本ではビーツではなくトマトで紅くしていることが多いが、本家はビーツである。
そこに色々な野菜や肉を入れて煮込んだスープであり、具材については共通点がなく、かなりのバリエーションがある。
サワークリームを混ぜて食べることが大半で、パンを添えるのが定番だ。
推察しても埒が明かないし、自分の食欲も食べたいと訴えているので、スプーンで一掬いして、先ずはスープだけを口に入れる。
様々な食材の重層的な旨みが、口いっぱいに広がった。ベースになっているのは甘酸っぱいトマトではなく、少し癖のあるビーツの味だ。
別のものではあるが、地球で類似の料理を示すならばボルシチだ。但し、サワークリームはない。
二口目は、(寒冷地なので野菜の方が高価かもしれないが、俺の認識の上で)贅沢にも肉を口に入れる。
よく煮込まれていて、野菜の旨味もしみ込んだ、柔らかい肉が口の中で崩れる。複数の野菜が香味になっているのか、あるいは香辛料を入れているのか分からないが、肉の臭みというものが殆どない。
日本人の頃から臭みのある肉を比較的食べられる方で、ヴァイスになってからはより一層臭みに強くなったのだが、それを考慮しても、現代日本のように臭みのない肉というものはこの世界には少ない。
食べられるのと、好んで食べるのは別のものだ。
俺がこの世界の料理で、特に好んで食しているのは、ハーブ入りのヴルストだ。
だから、些細なことではあるが、少し感動した。
三口目は、蓋であったパンの上部を千切って、スープに付けて食べる。
白く柔らかい部分は、スポンジのようにスープの旨味を吸い込んだ。一方で、茶色く硬い表面部分は、スープは吸い込まずにパンとしての小麦の香り高さを主張していた。
少しばかり顎は使うが、それに見合うだけの美味しさがある。
「本当に美味しいな」
「はい、久しぶりですが、やっぱりブルースのヴァルデアは美味しいです」
感想を漏らすと、フランツィスカが嬉しそうに微笑んだ。
ブルースというのは、恐らくは店の略称だ。ブルース・ツヴァイクだし。
「ヴァルデアも凄く美味しいですけれど、私は飲み物が気に入りました。やっぱり、甘いものは美味しいです」
話し掛けられたので顔を向けると、レイナがコップを持ちながら、嬉しそうに微笑んでいた。
やっぱり甘いものが好きなのだな、と思いつつ、自分のコップを手に取り一口飲む。
本当に、甘い、しかもヴァルデアと合う。
「凄いなこれは、果実水といいつつ、まるで果汁みたいだ」
「僅かな酸味が口の中をリセットさせつつ、しっかりとした甘みが口の中に広がって……。これは、柑橘系でしょうか? でも少し違う気もします」
「林檎かな、柑橘系の味が強いけれど」
オレンジ多めで、オレンジジュースとアップルジュースを混ぜるとこんな風になったかな、というような味だ。
レイナと二人で考察をしていると、カリンが教えてくれた。
「アンフェルは『林檎の香りがする柑橘類』と言われています」
一言だけ言うと、カリンは食事に戻ってしまったが、考察が正しいことが分かって嬉しかった。
微妙に口角が上がり、レイナと笑みを交わし合うと、俺達も食事に戻った。
たまに会話を交わしつつも、基本的には黙々と食べ続けた。そのくらいには美味しかった。
ちなみに、殆ど食べていないアルーヴはどうしていたかというと、最初にカリンに一口分けて貰ったものを飲み込んだ後は、大人しく静かに待っていた。
会話に参加はしてくるものの、食べていないから手持無沙汰ということもないようであった。レイナの隣だからかもしれないが。
漏れ出た魔力とかを感じられるらしいので、その位置なら常にリフレッシュ状態だろうし。
「ごちそうさまでした」
俺が手を合わせた時に、食事を終えているのは護衛の二人と、初めから一口しか食べていないアルーヴであった。
残り三人は年齢順に食べ終わった。最後に食べ終わったレイナが手を合わせてから、体感で五分ほど会話をしつつ食休みを取ってから、席を立った。
関わっている人の人間性を見る限り、然程モラルが崩れていると感じたことはないが、この世界では料金は先払いが基本なので、この店でも注文時に既に支払われている。
「美味しかったです、店長」
「ありがとうございました!」
カリンが店長に一声かけた。
店長の声を背中に受けつつ、俺達は店を出た。
ちょっと早めの昼食に満足しつつ、午後はプレヴィンの象徴ともいえる、港の方まで行こうということになった。




