ここぞとばかりに商売を
街に繰り出すと、お祭りのような賑わいであった。
貿易港を有するプレヴィンは、陸路貿易の中心であるユグドーラに負けず劣らずの商売の街だ。
それ故に商人が多く、その商人たちも非常に利に聡い者が多い。ライバルが多い為に、利に聡くない者が廃業しているだけの話でもあるが。
今回の「利」は「カリンの帰還」だ。
こうやって、フードも被らずに街を歩いていると分かるのだが、カリンは非常に人気がある。
俺やレイナは王都での知名度は、プレヴィンでのカリンにも劣らないものだが、四英雄家ということも合わさって、一歩引いたところから見守られるような形になることが多い。
一方で、カリンは先程から何度も挨拶をされている。
「お帰りなさい」「おはようございます」と言葉は色々だが、すれ違いざまに声をかけられたり、店からも後で良いから寄ってくれと呼びかけられる。
そんなカリンの帰還であるから、商人たちは全力で経済を回していた。ある店はセールで、ある店はスペシャルメニューである。
「しかし、見ているだけで楽しいな」
「ありがとうございます。貿易船の最終便直前には、こんな紛い物ではない、本物の祭りがありますので」
楽しみにしていて欲しいと、カリンが言った。
一番祭り好きな男が、王都に居るのは残念なことであるが、それでも皆祭りは好きなので楽しみなことである。
そんな風にお祭りムードを楽しみながら、先にある祭りのことも考えつつ、俺達は特定の目的地を決めずに、港の方へ向けて足を進めていた。
港はプレヴィン辺境伯領プレヴィンの東側にある。
冬には凍ってしまうものの、ローラレンス王国最大かつ実質的には唯一の貿易港であり、規模としては中々に大きい。
この街は、王都や大公都のような円形ではなく、おおよそ四角形であるのだが、その東側の辺の南半分が港である。漁港も兼ねてはいるが、プレヴィンは辺境伯都の中でも大きい方である。
東半分の街並みは、建物こそ北欧風であるが、京の街をイメージすればよい。
東側から中心を大通りが貫いていて、その突き当りに辺境伯邸がある。道は碁盤の目のように整然と並んでいる。
辺境伯邸以西の街並みは、おおよそ碁盤の目状であるが、地形の問題もあり、曲がった道も混在している。
海と山に囲まれた寒冷な地域とはいえ、不審者の侵入を防ぐための街壁は設置されていて、南に一ヶ所と西に三ヶ所の入り口がある。
俺達が入ったのは南側の入り口であり、泊まっている宿屋は街壁と辺境伯邸のちょうど真ん中あたりだ。
そこから北上し、辺境伯邸の横を通り、今は大通りを東へ向かって真ん中くらいまで歩いている。
小売りや飲食はこの辺りが中心地なのだろう。賑わいは最高潮で、人口が多い分、話し掛けられる頻度も多い。
宿を出たばかりの頃は、カリンに話しかける人が主で、稀にフランツィスカに話しかける人がいたくらいであったが、ここでは俺達にも声がかけられる。
といっても、店の呼び込みであるが、カリンと一緒に居るせいかとてもフレンドリーだ。とてもじゃないが、余所者に投げかける様な笑顔ではない。商人スマイルではなく、自然な笑顔だ。
「楽しいけれど、流石に疲れます……」
「レ……マリーナもそうなのね。私も疲れたわ」
好意的とはいえ、多くの人に遠慮なく話し掛けられることに慣れていないレイナとアルーヴは、僅かに肩を落として呟いた。
カリンはそれを聞くと、後ろにいるフランツィスカへ顔を向けた。
「では、適当な店で休みましょう。エルネス、お勧めの店などはありますか?」
「えーと、私の好みで良ければ、この辺りならば『青い燕亭』でしょうか」
「たしか、妖精族の店主が営む、アルヴァー森精皇国料理の店でしたか。良いですね」
店を決めると二人は、俺達を手招きして、一軒の店の中へ入って行った。殆ど初めての場所であるし、地元民の意見に間違いはないであろうから、俺達も後へ続く。
建物こそローラレンス王国北部の造りであるが、店内は異国情緒があり、壁にかかるレリーフなどがローラレンス王国内では見ないデザインだ。
人の入りはそれなりに良く、店内はざわついていた。
「席は空いていますか?」
カリンが遠慮なく、よく通る声をかけると、店内は一瞬静まった後、盛大に湧いた。
「カリンお嬢様、ようこそ我が店へ!
ええ、まだ、空いております。どうぞこちらへ」
盛り上がる店の中、店長らしき妖精族の青年に席へ案内される。
俺達が全員席に着いたのを見届けて、青年は宣言した。
「……今日のサービスに、更に全品二割引きを追加する!」
店内が更に湧き、盛大な歓声に包まれた。
それに加えて、カリンが入店していたことを見ていた者達が入店してきて、残っていた僅かな席がカウンターまで埋まった。
自分自身がカールの店を繁盛させたことから実感はしていたが、ローラレンス王国の上位貴族というものは、日本での芸能人なんか比べ物にならないくらいのファンションリーダーなのだと、改めて実感する。
元からそれなりに繁盛していたようだが、更に店が盛況になった店主の顔を窺うと、彼の表情は嬉しさよりも誇らしさが勝っているように思う。
彼は増加した注文を捌きつつ、木製のメニュー表を眺めるカリンが、注文をしてくれるのを待っているようであった。
俺もメニューを選ぼうかと思ったが、カリンかフランツィスカの注文に便乗する方が確実であると判断して、今日のところはあちらに任せることにした。――というのも、文字こそローラレンス語のものであるものの、単語が全く理解出来なかったからである。
「レイナは分かるか?」
「いいえ、ローラレンス語にもニホン語にもない単語なので……」
「だよな、俺も分からない。ウォルフガングは?」
「そうですね、これは煮込み料理で、こっちは器に詰めて焼いたものです」
自分の左右に座る、レイナとウォルフガングに聞いてみたものの、レイナは俺と同じで理解しておらず、ウォルフガングは知ってこそいるようだが、説明が下手過ぎた。
剣技と軍略を説明するのは得意なのに、何故こうも下手なのだろうか。まさか、料理関係は説明まで苦手というのか。
理解することを完全に諦めた俺は、正面に座る地元民の意見を待った。
カリンは俺達の視線を感じたのか、こちらと視線を交錯させると、フランツィスカと二、三の言葉を交わした。
フリッツは半ばスルーされていたが、表情がウォルフガングよりも俺達に近いものだったので、致し方が無いとも思う。
カリンは店長に話しかけるよりも先に、俺とは逆のレイナの隣に座るアルーヴに話しかけた。
「アルーヴ、貴女はどうしますか?」
「そうね……食べたことが無いから食べたいとは思うけれど、味だけ知れれば充分だわ。食事は享楽といえ、大量だと効率が悪すぎるもの」
「分かりました、では、後で一口分けましょう」
カリンが視線を向けると、店長はそれを察して、このテーブルまで歩いてきた。
「ヴォルデアを六つ。それに、酒以外で合う飲み物を同じ数だけ」
「畏まりました」
店長は丁寧な動作でお辞儀をすると、厨房へと下がっていった。
それから、ヴォルデアとやらの注文が相次いだ。
ヴォルデアが何かを知らない俺は、それをイメージすることは出来なかったけれど、分からないからこそ楽しみでもあった。