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北東端の街

 昨日の晩にアルーヴが騒いだりしたものの、特に問題はなく、俺達はプレヴィンに到着した。

 人間の真似をしだしたアルーヴを、同じ馬に乗せることになったウォルフガングは、緊張して表情を失っていたが、今更アルーヴの美貌にあてられたというわけでもないだろう。そもそも、神的な彼女のそれは、欲情する隙すらない芸術のそれだ。

 ウォルフガングの表情は、アルトリウスの前で畏まっている時と同じものであるので、一種のカリスマにあてられたということだろう。


 この状態でもウォルフガングは普通に有能なのだが、馬に二人乗りしているというのはやはり動きにくいので、その分フリッツが気を引き締めていた。

 けれども、地元民が複数いる関係上、落ち着いたような安心したような空気が勝っているのは否めない。

 何年も帰っていないとはいえホームはホームで、現代日本のように金を次ぎこめば数年で高層マンションが建つわけでもないので、カリンは悠然と愛馬グナードの歩を進ませていた。


 カリンはある宿屋の前に着くと迷いなく下馬して、マントのフードを目元が隠れるほどに深くかぶり直し、俺達にも下馬するように、掌を下にして腕を上下して合図を出した。

 ここがオススメの宿なのだろうと察した俺達は、その指示に従って足を地面に付けた。僅かに湿ってはいるものの剥き出しの石畳であり、雪を踏んだ時の冷気が伝わる感覚はなかった。

 俺達より少し後にアルーヴも、ウォルフガングの馬エランストから降り、しっかりと地面に足を付けたの見てホッとした。もしかしたら、某猫型ロボットのように僅かに浮遊しているかもしれないが、大切なのは見た目だ。


 全員が馬を降りたのを確認すると、カリンはフランツィスカ以外で一番近くにいたフリッツを一番前に押し出した。

 フリッツは驚いた顔をしていたが、深く被ったフードからカリンの考えを差した彼は、そのまま受付に歩いていき宿の人に話しかけた。

 俺達は六人部屋にベッドを追加で入れて使うことになった。本当はアルーヴは寝ないので追加は要らないのだが、不自然にならないためだ。


「馬屋へは俺が案内する。一人付いてきてくれ」


「では、俺が行こう。皆は先に部屋に行っててくれ」


 ウォルフガングに差し出された彼の荷物を、フリッツが受け取った。

 馬たちを馬屋へ連れていくために、ウォルフガングが宿の人と外へ出て行ったので、俺達は厚意に甘えるて先に部屋に向かうことにした。


「追加のベッドは後で運びますので」


「分かった」


 ウォルフガングと一緒に出て行った受付の人とは別の従業員に話しかけられたので、俺が首肯を示しつつ応えた。

 階段を上って、二階の一番奥の部屋が俺たちの部屋だ。

 部屋の中に入ると、カリンとアルーヴの二人が、安心したように分かりやすく力を抜いた。


 アルーヴは床から離れ、フワフワと空中に留まった。

 これは精霊である本人にしか分からない感覚なのだが、地面に合わせて足を動かすよりも、適当に漂っている方が楽らしい。実体を持っても、物理法則には従わないようだ。


 カリンは深く被ったフードを脱いで、ポニーテールに結ったオレンジ色の髪を流した。

 各々荷物を床に置いて、椅子は一脚しかなかったので、適当にベッドに腰掛ける。平民向けの宿にしては、中々に上質なクッションであり、座り心地が良い。きっと寝心地も良いだろう。

 俺やベッドのマットを押して柔らかさを確かめていると、カリンが薄く笑いながら説明を始めた。


「ここは昔、よく使ったのです。普通の宿なのですが、布団が良質で」


 曰く、カリンは王都に出てくるまでは、かなりアクティブであったらしい。

 俺が王都で遊ぶのとは比にならないほどに街に繰り出して、色々なことをしていたそうだ。

 父であるプレヴィン辺境伯がいる場所ではやりにくいこともあり、またお見合いが面倒で街に繰り出すこともあり、そんな時に主に使った宿がここだとか。


 プレヴィン家の者を知らないプレヴィン辺境伯都の住人はいないが、その中でもカリンは有名だという。

 貴族らしからぬこと――といっても商売や勝負――をしていたことに加え、橙色の髪はランドマーク的に目立ち、当時の住民たちは全員、彼女のことが分かったそうだ。

 今は約十五年ほど帰っていないので、若年層には知られていないだろうが、そうでも間違いなくバレると、そういうレベルらしい。


 フードを深く被っていたのもそういうわけで、バレたら面倒になるからである。

 もっとも、三ヶ月も隠しきることは出来ない訳だが、バレるにも順序というものがあるのである。

 己の掌握できる範囲に情報を流すのが先だとか。


「つまり、どういうことだ?」


 フリッツが問いかけると、カリンは言った。


「そのそも、優先度の問題ですが、私たちは身分がバレても良いのです。余計な情報が出る前に、堂々と辺境伯邸に帰還して、私の存在で本命を見えなくします」


「……リューネ、すると何故、この宿を取ったのですか?」


「本来の目的を忘れて、辺境伯邸に泊まるわけにもいかないでしょう」


 カリンがやっぱりというべきか、色々考えていると分かり、俺は思わず息を吐いた。流石と言わざるを得ない。細かいところの問題はあるだろうが、大きな問題は回避できそうだと思えた。

 そうしていると、部屋の扉がノックされた。

 カリンはフードを深く被り、アルーヴも地面まで降りてきたが、こちらはベッドを死角にして誤魔化している。


 それらを確認してフリッツが扉を開けると、ウォルフガングと、布団を持った宿の従業員が二人入ってきた。

 宿の人は手早く収納から箱を取り出すと、それを並べて上に布団を敷いた。


「少しばかり寝心地は劣るが、許してくれよ」


「承知の上です」


 仕事を終え、ウォルフガングが応えると、すぐに彼らは出て行ったので、カリンはフードを脱いだ。

 全員が揃ったので、俺達は改めてプレヴィンでどうするかについて話し合った。

 結論として、辺境伯邸に行くのは明日にして、今日はゆっくりと休むことにした。ずっと雪道を歩いてきて、疲れていることは間違いなかったからである。

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