精霊アルーヴ 3
今回で100話になります。
長く読んで頂いて、ありがとうございます!
なんだかんだあって暫く経過して、護衛達も警戒を解き、女官たちは昼食の準備などを始めたのだが、アルーヴはレイナを膝の上に乗せながら座っていた。
見た目としては思いっきり空気椅子なのだが、そもそもアルーヴは実体を取っていても、本質は魔力の塊のようなものなので、姿勢によって辛いとか難しいとかはないらしい。
二人は見た目が似ているので、姉妹のようにも見えて微笑ましいのだが、なんというか、なんともいえない感じである。主にアルーヴのせいで。
俺は俺で、近くの岩に腰掛けて、アルーヴに応対する。
「アルーヴ」
「なあに、ヴァイス。私はレイナを撫でるので忙しいのだけれど」
「見れば分かる、代われ――じゃなくて、なんなのだお前は」
アルーヴは考えるまでもなく答えを返す。
「なんなのと言われても、私はリアが好きなの。それ以上の理由は要らないわ。……ああ、安心しなさい、私は女性形を取るけれど、生物的な性別の概念は持ち合わせていないもの」
なんだか余計な心配までされた気がする。
世界と天秤にかけても渡さねぇよ、己の持ちうる全ての知識と能力を以てして。
それにしても、成る程、確かに懐いているな。
その懐かれているレイナは、アルーヴの膝に腰掛けながらも、俺達の会話に口を挟まずに聞いていた。これは、分からないから取りあえず聞こうという時の感じである。
身じろいだりもあまりしないのは、アルーヴの膝は座り心地が良いのかも知れないな。何と言っても精霊だもの。後で聞いてみよう。
アルーヴの言葉を掴み取り、少しづつ切り込んでいく。
「そもそも、何故リアが好きなのだ? 特定個人ではなく、一定の存在に」
銀髪の精霊は、銀髪の美少女の髪を梳く手を止めて、一瞬驚いたような表情をした後、納得したような表情に変わった。
「魔力は基本的に『ただのエネルギー』よ。それでも、リアやロアを始めとして、特殊な場合もあるの。そういった人の魔力には一種の『神聖』が付加される。その中でもリアのものは私にとって心地好いの。人間の傷が治るのだって、その神聖さの一端に過ぎないわ」
そういわれて、自分もレイナの「聖女の奇跡」による癒しのような力があるのかと思って、僅かばかり期待したが、アルーヴは言葉を続けて直ぐにそれを打ち砕いた。
「リアは癒し。ロアは……他の世界の残留物というか、ぶっちゃけちゃえば不純物ね。邪魔にはならないけど、利益もないわ。私たちにとって、貴方だと分かるだけ」
大凡の概要は把握した。
しかし、この精霊、思いっきり「他の世界」って言いやがったのだけど。
今まで黙って聞いていたレイナが、首を傾げながら問う。
「えーと、すると、私は癒しの力を持っていて、ヴァイス様は他の世界から来たということですか?」
「そうね、リアはそう。ロアは、色々あるのだけど、ヴァイスは少なくとも前世の言語を覚えているレベルよ。私を呼び出せたのが証拠」
思いっきり言いやがった。
十四年間ひた隠しにしてきたことを、さも当然のことのように言われて、思わず頭を抱えたくなる。そんなことをしても不審さが増すだけなのでしないけれど。
なんといっても、人が転生者であることを知ったところで、得をする人などいるだろうか。いや、いない。なんとなく不幸になるだけだ。
そう思っていた。
けれども、俺はどうやら、この世界の人々の認識基準を見誤っていたのかもしれない。
ロアが転生者だとして、俺が転生者ならば、俺はロアであり、それは末席ではあるが創世神話の英雄なのだ。忌諱するものではない。
いや、そこまで考えるのは早計か。
しかし、そうでなかったとしても、俺にはその結果で満足だ。
レイナは表情を変えずに言った。
「でも、私は私で、ヴァイス様はヴァイス様なのは変わらないですよね?」
「それはそうでしょう、リアやロアであっても、それ以前にあなた達は個人だもの」
レイナは今度は笑って口を開く。
「なら良いのです。他の世界を知っていても、ヴァイス様ならば」
「……性別意識はなくても、他の人への愛しさだけを語られると、空しいのだけれど」
少しばかりアルーヴが寂しそうに言った。
でも、俺の中には今、レイナへの愛しさが込み上げてきて仕方なかった。
何であれ俺は俺だと言ってくれたことが、それであれば良いと言ってくれたことが、嬉しくてしょうがない。
思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
認識する前に体は動いていた。
アルーヴの膝の上に座るレイナは、アルーヴが20センチほど浮いていることで、頭の高さが俺と同じくらいになる。
彼女の腰に手を回して、そのまま抱き寄せる。
レイナの方も俺が動いたことは見えていたからか、手を回してくれた。
そこで声を出したのは、椅子になっていた銀髪の精霊である。
「あ、ちょっと! 返しなさいよ!」
「元々、俺のものだ」
「人間は自分以外を所有し得ないのよ。他人の所有物化は良くないわ!」
人間らしい精霊のくせに、ユーモアと表現方法は足りないらしい。
アリアに恋愛小説について語っていただきたい所である。
ちなみに、「お前の人生は俺のものだ。代わりに俺の人生を捧げよう」というセリフが、彼女的に二番目にキタ台詞らしい。なお、一番目は元彼氏で現夫のミハイルの告白台詞だとか――小説ですらない、結局、惚気である。
もっとも、アルーヴは批判したいわけではなく、ごねているだけであるが。
レイナはアルーヴの方を振り返ったものの、俺のことを抱きしめてくれた。
嬉しくなって、少しだけ抱く力を強める。
レイナには見えない位置なのが幸いだが、表情を保っているつもりでいても、口角ぐらいは上がっていると思う。
俺と眼があったアルーヴは、子供のように頬を膨らませた。
しかし、少しばかり経つと、彼女は名案を思いついたとばかりに笑った。
「ああ、そうよ、レイナ、次は私のところに来なさい。来てくださいな」
レイナは顔を上げると、俺の表情を見て、次にアルーヴの表情を見て、笑顔で言った。
「それくらいなら良いですよ」
アルーヴは嬉しそうに表情を崩した。表情豊かな精霊だな。
そうしていると、カリンが、昼食の準備が出来たと呼びに来た。
彼女は俺達の状況を見て、疑問を口にした。
「何故こんなことに……?」
アルーヴが事実を口にした。
「ヴァイスが転生者と知ったレイナが、それを気にしなかったから嬉しかったのだって」
「おい、ちょっと待て。黙れ」
止めはしたものの、発言とは不可逆のものであった。
言ったら、言わなかったことにはならない。
しかし、カリンの答えはあっさりしたものだった。
「まあ、今更といえば今更ですね。不思議にも不都合にも思いませんし、むしろ安心しました」
「えっと、ありがとう……?」
「何故、お礼を?」
うん、そりゃあ、まあ、いいか。
カリンだものね、きっと大丈夫だ。答え合わせなのだろう。
ともかく、念を押しておく。
「言ったり広めたりしないでくれよ」
「理由は分からないけど、分かったわ。嘘は言えないけれど、言わないことは出来るもの」
「分かりました――知られたくないのは理解出来ます。内密にします」
「私もですよね? ヴァイス様がそういうのなら」
図らずも転生者とバレてしまった訳だが、うん、これならこれ以上は広がらずに済んでくれるだろう。
しかし、精霊と話し出した時点でレイナにバレるのは覚悟していたが、カリンにまでバレるのは想定外だったな。
その後、昼食を食べながらも何事もなく、とりあえずは大丈夫そうだ。
ちなみに、アルーヴも食べていた。無くても良いが、食べると味は分かるので美味しいらしい。
そして、これが一番重要だ。食事中にアルーヴにふと尋ねた。
「そういえば、アルーヴはこれからどうするんだ?」
「折角呼ばれたのだもの。飽きるまではあなた達についていくわ。最悪、姿も消せるから安心しなさい」
ずっと付いてくるつもりですか。
俺が転生者だと、もう言わないとは約束したものの、先程は軽々しく口にした精霊様が。
また、にぎやかになりそうなものであった。
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