ユーリ、カルロスを弔う
「きゃあ!」
突然の感覚にラナは思わず悲鳴を上げたが、痛みはなかった。それどころ治癒魔法をかけられたときのように、身体の中がぽかぽかしてきた。光の矢は悪しき者にダメージを与える魔法だからだ。
カルロスの腕の力が弱まった隙をついて、ラナはカルロスから逃れ、地面に落ちた剣を拾って、再びカルロスに剣を構えた。
切断された腕から流れでる血は人間とは違い、すぐに止まったが、完全に止まったわけではなかった。一滴の血が地面に落ちる。その音をカルロス確かに聞いたと思った。
言いようもない怒りがカルロスの中に沸き起こった。どうしてこんなひどい目に合わされているのだ。自分はただ好きなことをしているだけなのに。
目の前にいる人間の怒りの感情はカルロスの暴力性をますます高めた。もっとこの人間を痛めつけ、その感情を食らいたい。食らった後、次には性欲を食らうのだ。
そのことを想像するだけで心が高揚した。
「こっちにもいるんだけど」
エルダがカルロスに向かって炎の剣を振り上げる。
「ふん、雑魚が何人かかってこようと無駄なことだ」
エルダの剣を軽くあしらい、再びラナに目線を戻す。そのカルロスの目を狙って空中からキャットが襲ってきた。
「うわっ」
左手でそれを払うと、その隙を見てラナがカルロスに剣を突き刺した。右腕があれば、その突きはかわすことができたが、その水腕はさきほど切断されてなかった。ために、ラナの突きはカルロスの腹に突き刺さった。しかし、貫通はしなかった。
「どうして?」
ラナが驚きの表情を浮かべる。カルロスは口の端をゆがませた。
「インキュバスの身体は人間よりも丈夫にできている。ただの武器とただの突きでは俺に致命傷を与えることはできないのだよ」
「それじゃあ、これでどう?」
エルダがラナの手の甲に自分の手のひらを重ねるようにして、力を込めた。少しだけ剣先がカルロスの身体の中に入った。
「むだ――」
カルロスが続きを言う前に、エルダは叫んだ。
「炎よ」
剣が炎をまとい、炎が剣を通してカルロスの身体を内側から焼いていく。
「ぐわぁ!」
さすがに痛みを感じ、カルロスは剣から逃れようと身動きした。
「させるか」
その背後からシグルスが剣を肩先から脇腹にむけて、剣を薙いだ。技を込めたシグルスの剣術は、カルロスに多少のダメージを与え、動きを鈍くさせた。
カルロスは自分に突き刺さる剣を握りこみ、引き抜こうとした。
ラナとエルダは二人がかりでそれを阻止しようと力をこめる。
「聖なる神ホーリーに願う
闇を照らす
清き光
悪しき者を貫く矢となれ
光の矢」
カルロスの脳天を光の矢が穿った。
金色の光に包まれ、赤く燃える炎を内側から発するようなカルロスの姿は美しくさえ見えた。
ラナが叫ぶ。
「人の心をもてあそぶあんたなんか、この世から消えちゃえ」
エルダも吠えた。
「内側から燃やしてあげるわ」
ラナは握っている剣の柄に、エルダはラナの手の甲を通して剣の杖に力を込めた。
「うぎゃぁぁぁああああ。俺はただ、美少女王国を造りたかっただけだなのに……」
最後まで言えず、水の宝珠の力を利用し、魔王になろうとした魔族インキュバスは絶命した。
しばらく誰も何も言えなかった。
「勝った……」
レイクがぽつりとつぶやいた。その隣でユーリは頷いた。
「そうだね。勝ったんだ」
「よかったぁ。まだ生きてるんですね、わたしたち」
ユーリはラナのもとにかけつけた。
「ラナ、やったね。カルロスを倒したよ」
「うん、よかった……」
ラナは嬉しそうに微笑んだ。そのままゆらりと身体が揺れた。
ラナの体に手を伸ばすと、ユーリの胸の中にラナの体がおさまった。
「ラナ?」
ユーリはあわててラナの顔を見つめた。ラナは穏やかな表情を浮かべて目をつぶっている。
エルダが言った。
「体力の限界が来たのね。ゆっくり休ませてあげなさい」
「うん」
ユーリは頷いた。
エルダはこの場にいる仲間を一人一人見つめた。
「みんなの協力のおかげで魔族を倒すことができたわ。ありがとう」
シグルスがエルダにいたわりの声をかけた。
「エルダこそ、お疲れさんだったな」
ソレイユは真面目な表情を浮かべてつぶやいた。
「結局、魔法なのか剣なのか、それが謎だ」
エルダはカルロスの亡骸を見つめた。
「この魔族もかわいそうな存在だったわね。性欲を欲するのは、人が動物の肉を欲するのと同じことなのに」
シグルスがエルダの肩に手をそえた。
「そんなことを言っては身もふたもねぇぜ。こいつが人の性欲を欲するなら、それに対抗するのは人の定めみたいなもんさ」
ルリカが頬を膨らませて言った。
「わたしが許せないのは美少女限定というところですぅ。人の性欲が糧というのは性だからしょうがないのかもしれないですけど、十代の美少女限定というのは、この魔族の性分だったんだと思いますぅ。変態ですよぅ。最後の言葉の『美少女王国』という言葉も最低ですぅ」
レイクが手をあげた。
「ルリカに同感」
「魔族の遺体をこのままにしておけないわ」
言って、エルダは魔法を唱えた。
「炎よ」
絶命した魔族の身体を魔法の炎が焼き尽くす。
「浄化するわよ」
レイクが動くより先に、ソレイユが言った。
「俺がやってやる」
黒い炭とかしたインキュバスの身体に向かって一言、唱える。
「浄化せよ」
ソレイユの省略魔法で、黒い灰は白い灰となり、風に流されていった。ソレイユの浄化の魔法レベルはここにいる誰よりも高いものだった。ユーリは水の宝珠の力を借りた自分のレベルよりも高いように思えた。
「これからのことが大変ね。本部の報告に、カルロスが町に与えた被害の整理、なにより町の人たちの説明とか、考えるだけで頭が痛くなるわ」
「わたしは汗をたくさんかいたので、お風呂に入りたいですぅ」
ルリカが言い、
「それにはわたしが同感」
エルダは手をあげて、にこりと笑った。
ついさきほどまでの生死をかけた戦いの場とは打って変わって、あたたかい雰囲気に包まれた。




