寄り道話、その男が背負う影
「エイジ、人殺しってそんなに楽しい?」
俺の隣で女が聞いてきた。
「ああ、自分が生きていることを実感できるからな」
「人を殺すことで、自分が生きていることを実感するなんて変なの」
おかしそうに笑う女。娼婦のナナミ。長い黒髪はゆるくウエーブがかかり、白い肌をしている。あつい唇がつややかで魅力的だが、時にはあだっぽくも見える。
「そうか」
「わたしにとっては、あなたとこうして一緒にいるときが、一番生きていることを実感できる時よ」
「かわいいことを言ってくれるじゃないか」
俺はナナミの唇に自分それを押し付けた。
「いやあね。さっきやったばかりなのに、また欲情しているの?」
言葉とは裏腹に、うれしそうな声をあげるナナミ。
「おまえに、生きている実感を味あわせてやる」
娼館の一室にあるベッドが、リズミカルに軋みの音をあげた。
ある時、ナナミは言った。
「もしわたしを殺すように誰かに依頼されたら、あなた、わたしを殺す?」
俺はあどけない表情を浮かべるナナミの顔を凝視した。
「どうしてそんな質問をする?」
「嫌な噂を聞いたの。この娼館を賄っているお姉さまがいるでしょ。そのお姉さまがお偉い人の怒りを買ったんですって。そのとき、お偉い人が叫んだそうだの。この娼館にいる女なぞ、みんな殺してやるって」
「物騒なことを言うものだな」
「エイジもそう思う? そうよね、物騒よね」
眉根をひそめるナナミ。
「それでさっきの質問か」
「そうよ」
俺は少しの間考えた。もし依頼されたとしたら、目の前の女を殺せるだろうか。
殺せる、とすぐさま回答がでる。
なんなら今すぐにでも殺せる。
俺は女、ナナミの首元に手をかけた。この手に少しでも力をいれれば、ナナミは死ぬ。
「エイジ……?」
ナナミが俺を見つめていた。黒い瞳が燭台の明かりを照らして、濡れているようにみえる。
俺はナナミの首元から手を離した。
「ナナミは死にたいのか?」
「まさか、自分から死にたいなんて思わないわよ」
「もし、依頼があるとすれば、この娼館の女すべてなんだろう?」
「そうよ」
「だったら俺はナナミの以外の女を殺して、ナナミは生かしておいてやろう」
「どうして?」
「おかしなことを聞く。ナナミが今言っただろう。死にたくないって」
「でもわたしだけ生きるのはつらいわ。それにずっと娼婦だったわたしは、一人では生きていけない。またほかの店で娼婦をするのが関の山よ」
「だったら俺と一緒にここではないどこかにいくか?」
「え?」
ナナミが驚いて俺のことを見た。俺も内心驚いていた。どうしてこんな言葉が出てきたのか自分でも理解に苦しむ。
ただ、ナナミと一緒にどこか田舎の小さな村で暮らすのもいいかもしれない、とふと思ったのだ。
ナナミと一緒にいるとどこか心がおだやかになる。殺しばかりしてきた俺が、ナナミと一緒にいるときには殺しのことを忘れて、二人の時間を楽しめる。
そこまで考えて気づいた。ナナミといることで、「殺し」以外で、生きている実感を味わうことができていることに。
戸惑いを隠すように言葉を付け加える。
「殺しはどこでもできるからな」
「わたしは人殺しをしているエイジを見たことがないわ。エイジが人殺しをするところも想像できない。
けれどもし、エイジがわたしをつれてここから逃げてくれたら、きっと今とは違う明るい人生になりそうかな気がする」
「ああ」
殺しの仕事は続いたが、ナナミとそれまで想像もしていなかった未来設計の会話をした日から、余計な雑念が入るようになった。
今殺したやつにも家族がいて、こいつの帰りを待っている女がいたのだろうか。
今までなんとも思わずに殺していたのに、そんな雑念のせいで、腕が鈍ってしまった気がした。
俺は雑念を払うため、殺しのときには感情を押し殺し、殺す快楽だけを感じるように努めた。
そうすると、動きが俊敏になり、守備よく殺すことができるようになった。
同時にもっと人を殺したい、という欲求が高まっていった。依頼の殺しを終えても、その近くにいた関係のない人間をついでに殺す、ということもたびたびしてしまうようになった。
「さすがパーフェクトキラーだね。ターゲットだけじゃなく、その場にいた人間を全員殺すんだから」
「死に取りつかれた男なんだな。おまえにとって殺し屋はある意味天職だな」
やっかみと羨望まじりの仲間たちの声が聞こえてくる。
人々の噂など気にならなかった。
そしてとうとう、俺の元ににナナミのいる娼館の女達をすべて殺す、という依頼がやってきた。
俺はナナミを殺せるだろうか。
自分に問いかけるが、回答はいつまで経ってもでなかった。
「キャア! 何者?」
「こ、殺し屋だわ。殺し屋がきたわ」
「た、助けて。なんでもするから」
女たちの悲鳴が轟く。この女たちにも、俺がナナミを想うように、他の男が想っているのだろうか。
もしそうだとしたら俺は……。
手元の動きが鈍る。
俺は心の中に鋼鉄の殻を設け、雑念を封じ込めた。
自分の殺した女たちの血を浴びながら、俺は気持ちが高揚していくのを感じていた。
もっと血を、もっと死を。
殺したりない。もっと殺したい。
「エ、エイジ……」
自分の名を呼ぶ声で俺は我に返った。
目の前にナナミがいた。ナナミの口元から血があふれている。その心臓には一本のクナイが突き刺さっていた。
ナナミが助からないことは一目瞭然だった。
雑念を鋼鉄の殻に閉じ込めた俺は、本能が求めるがままに、女たちを屠り、そして、大切な人までも手にかけてしまったのだった。
脳裏に、ナナミが言っていた言葉がよぎる。
「エイジがわたしをつれてここから逃げてくれたら、きっと今とは違う明るい人生になりそうかな気がする」
ナナミと一緒にどこか田舎の小さな村で暮らすのもいいかもしれないと思った。
しかしその未来は閉ざされた。自分で閉ざしてしまった。
自分を見つめるナナミの黒い瞳は宙を見つめたまま、もう何も語らなかった。
「うおおおおおおお!」
俺は感情があふれるままに叫んだ。
その後も、依頼があるごとに、殺しを続けた。
いくら人を殺しても、生きている実感は以前よりも感じなくなっていた。
そのうち殺し自体も面倒くさくなり、ある日ふらりと町を出た。
仲間たちが追いかけてきて、俺をもとの殺し屋家業に引き戻そうとした。
断ると、今度は足抜けの言いがかりをつけ俺を殺そうとしてきた。
乱闘はあっという間に決着がついた。
俺はかつては仲間だった男の死体を俺は無表情に見下ろしていた。この男には、妻とまだ幼い子供がいたはずだ。
この男の家族は男の死を悲しみ、俺を恨むだろうか。
そんな俺に話しかけてきたやつがいた。
「ずいぶん、苦悩している感情だね」
灰色の四枚の羽に、ストレートの灰色の髪をした何かの精霊だった。瞳だけは黒々としていて、その黒さはナナミの瞳を思い起こさせた。
「なんだ、おまえは?」
「オレは見てのとおり、精霊さ。なんの精霊か分かるかい?」
「さあ」
俺は精霊に背を向けて歩き出した。へんなやつに構う暇はない。
「オレ、こうみえても、属性は地の精霊なんだぜ。得意なのは、鋼鉄の壁」
「鋼鉄の壁?」
鋼鉄やら、壁やら、どうやら俺はそういうワードに縁があるらしい。俺は歩みをとめて、その精霊を振り返った。
「ようやく興味をしめしたようだな」
「おまえは何者なんだ?」
「オレは鋼の精霊ステール。鋼鉄の神ステルスタイトの眷属さ」
「鋼鉄の神?」
「知らないっていう表情だな。騎士とか傭兵なら知らないやつのほうが少ないくらいなんだけどな」
「ふうん」
「オレさ、あんたに興味をもったんだ」
俺は眉をあげた。
「俺のどこに興味をもったんだ?」
「人を殺すときに生きていることを実感し、人を愛することに生きていることを実感する。その二つの感情の中でせめぎ合う苦悩がいい」
俺はそんなことを言われて面白くなかった。
「人の気持ちをなんだと思っているんだ」
「知っていると思うけど、オレたち精霊って人の感情が生きる糧なんだよね。オレたちステールは属性がら、強くなりたいとか、誰かを守りたいとか、そういう感情を強くもつ人間に惹かれるだけど、オレはちょっと変わり者でね」
「そのようだな」
「鋼は熱で熱して冷や水で冷まして、打ち込む。そんなことを繰り返して強くなる。だからさ、二つの感情で苦悩するあんたの感情、そそられるだよねぇ」
「勝手に言ってろ」
「オレと精霊契約しない?」
「精霊契約?」
「そう、オレと魔法契約すれば、地の魔法が使えるようになる。いつかあんたが倒したどこぞの屋敷の護衛が使っていた鋼鉄の盾や、鋼鉄の鎧、そんなものを魔法で出現できるようになる」
「俺は戦うときに、魔法は使わない主義だ」
「だろうね。分かっているよ。今あげたのはおまけみたいなものさ。ねえ、あんた、人を殺している間に我を忘れていることなんてない? そのためにわざと心の中に壁を作っている。いわば、心の中の鋼鉄の壁だね」
「……」
「血をみれば、我を忘れる人間って多いんだよね」
「うるさい」
ナナミをこの手にかけたときのことの光景が脳裏に浮かんだ。
「あれ、図星をさされて不機嫌になった?」
「黙れ」
「オレと契約すれば、あんたが血迷ったときに、声をかけて正気に戻してあげるよ。そうしたら、もっと行動する場所が増えるじゃない? 心傷を癒す旅には良い景色と良い人々の出会いは大事なエッセンスさ」
この灰色の精霊と契約したところで、俺には失うものはない。
俺は精霊の提案を受け入れた。
「俺はエイジ。エイジ・ユキムラだ」
「オレは鋼の精霊ステール。名前はエイジがつけてくれ」
「そうだな。そうしたら……」
頭の中でいくつか名前をあげ、
「おまえの名前はグレイだ」
「グレイね。色で選んだって感じだな」
「嫌なら他の名前にするか?」
「いや、いい。気に入った。ただ気がかりなのは、同じ名前をもつステールにこれから先、三人は会いそうなことだな」
「そのときは、名付け親をわらってやれ。よしろく、グレイ」
「よろしく、エイジ」
グレイという話相手ができて、俺の旅はずいぶんと賑やかなものになった。
グレイは普段その身を俺が持っているクナイの一つに変化させていた。人前で姿をさらすのは嫌なのだという。つまり、俺の前ではよく口が回るグレイは、極度の人見知りなのだった。
そんな俺たちは、「世界一きれいな国」と呼ばれているアクアディア聖国に足を向けることにした。
ほんの気晴らしのつもりだったのだが、その先に思いもよらない冒険が待っていることを俺たちは知るよりもなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
久しぶりの投稿なのに、寄り道話です。本編の物語の続きを楽しみにしていた方は、ごめんなさい。
これからの本編を進めるためにも、この物語はここで語っておかなければいなけないなぁと思い投稿しました。
エイジがナナミに惹かれたのは、ナナミの黒髪や黒い瞳がエイジの母親と似ていたからということもあります。
エイジ自身は、母親と別れたのが、幼い時の頃すぎて母親の記憶はほとんどありませんが、うっすらと残る母親の影がナナミに重なって見えていました。
物語は最終戦に入りました。最後まで読んでいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




