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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、逃げるカルロスを追いかける

 部屋に残ったのは捜索隊のメンバーの中では、ユーリ、レイク、ルリカだった。

 ルリカがまずやったのは、この部屋に魔法の光をともすことだった。魔法の光で照らされた部屋は、廃屋そのものに見えた。

 ユーリからさほど離れていないところでレイクが床に膝をつくのが見えた。レイクは激風に無防備だったシグルスとエイジを氷の壁で守るという功績をなしていた。


「レイク、大丈夫?」

「魔力がつきたよ。いままで出現した氷の盾の中で一番大きな盾だったから。なんたって俺の一番の最高魔法だからね」


 こんなときなのに、ユーリは思わず笑ってしまった。


「レイクの最高魔法って、魔法を発動させるために言っていない?」

「魔法を発動させるごとに、俺の魔法は最強になっていくのさ」


 レイクは言ってポケットから魔力回復薬を取り出して飲み込んだ。


「リリーも疲れました」


 リリーがレイクの手袋の裾から顔を出して言った。


「ワタシがあの人のことを怖いと思った理由が分かりました。あの人と契約している精霊は、鋼の精霊ステールです。彼らはワタシの仲間を簡単に殺すことができるのです。あの精霊はいままで姿を見せていませんでしたが、ワタシが怖いと感じる気配だけは発していたのです」

「なるほどね。エイジ個人が怖かったわけじゃないんだ」


 レイクは納得したように頷いた。

 ルリカが少女たちに問いかけた。少女たちをなるべく不安がらせないように、優し気な笑みを浮かべて。


「みなさん、怪我はないですか?」


 少女たちがそれぞれ回答する。


「大丈夫です。さっきの鉄の盾みたいなのが守ってくれたから」

「すごい魔法でした。わたし、初めて見ました」

「それで、どうしてわたし、ここにいるかいまにち状況が分からないんです……」

「説明すると長くなるんですけどぉ」


 そう前置きしながらルリカが少女たちに説明を始めるのを横目で見ながら、ユーリはラナに近づいた。

 ラナは眉根を寄せ目をつぶったままだった。


「ラナ……」


 呼びかけても目を覚まさない。肩に触れると、くたりとユーリのほうに頭を預けてきた。一瞬どきりとしたが、気を失っているのだと気づき、ラナの頭を自分の膝の上に乗せ、床に横たえた。

 ラナはカルロスに身の毛もよだつような嫌な思いをさせられて、精神的に弱っている。それを回復させるのは、ソレイユが使用する光の魔法が妥当だが、ユーリにその魔法は使えない。

 気休めでもいいから、少しでもラナに元気になってもらいたくて、自分が使用できる魔法をラナに施すことにした。

 杖はもってきていないが、母の形見のエメラルドの宝石がついたチャームはずっと右腕に付けたままだ。ラナの胸と胸の間に自分の手のひらを乗せる。自分の手のひらとラナの身体の間に、エメラルドの宝石をはさむようにして。

 治癒魔法を威力を少しだけあげる効果のあるこの石は、自分の魔力の助けとなり、ラナをより回復させてくれるだろう。そう考えると、亡き母が見守ってくれているような気がして、ユーリは気持ちが強くなった。


「癒しの神キュアレスの加護を


 傷ついた者を

 汝の慈悲なる力をもって

 癒したまえ


 治癒せよ」


 自分の手のひらを通して、癒しの魔法がラナに注がれていくのが分かる。

 さほど時間を経たずに、ラナの右手が動き、ユーリの手のひらを上から重ねた。


「ラナ……」


 ラナは目を開けた。金色に見える琥珀色の瞳がユーリを見つめていた。


「暖かい……」


 言ってラナは弱弱しく微笑んだ。


「体調は大丈夫? 痛いところはない?」

「体調はたぶん大丈夫。ただ……」


 言いかけてラナはっと、ユーリから目をそらした。


「どうしたの?」

「悪夢から目が覚めた気分よ」

「――っ!」


 辛そうに目を伏せるラナ。、思わずユーリはラナを抱きしめた。


「ユーリ……?」


 突然のユーリの行動にラナは驚いた。驚きすぎて、ユーリの腕を振りほどけずに、されるがままになる。


「辛かっただろうね。ごめん。僕がもっと強ければラナにあんな思いをさせなくてすんだのに……」


 ユーリの気持ちの暖かさが伝わってきて、ラナは何とも言えない気持ちになった。どうしてこの人は、あたしのことをこんなに心配しているんだろう?

 このままずっと抱きしめられているのは体制的にきついので、ラナは身体を起こしたいというそぶりを現した。

 それを感じ取って、ユーリは抱きしめている力を弱めた。

 ラナはラナの腕から自分の体を外して、その場に座り込むと、ユーリと向き合った。

 ユーリの目は涙にぬれて赤くなっていた。


「どうしてあんたが泣いているのよ」

「ラナが経験したことを思ったら、悲しくて悔しくて……」

「あんただって、痛い目にあったでしょう」

「僕のは肉体的なものだったから。ソレイユさんやルリカが治癒魔法で治してくれたし。けれど、ラナの場合はそれとは違うでしょ」

「よく覚えていないけど……」

「そのほうがいいのかもしれないね」


 ユーリが労わるようにいうと、ラナはぱっと顔をあげた。


「嫌よ。自分のことだもの、ちゃんと知りたいわ。あたしはセドリックに化けたカルロスに操られていたのよね。それってどれくらいの間だったのかあんた、知っている? つまり、あたしがメルレの町でアウネイロスに連れ去らわれてからどれくらい経っているかということだけど」

「ラナが連れ去らわれたのは、昨日の夕方だよ。今は次の日の夜で時刻はおそらく九時か十時ぐらいだと思う」

「一日以上ってことね。その間の記憶がとてもあいまいで、気持ち悪いわ。カルロスのやつ、なんてことをしてくれたのよ」


 心配、というよりは、そのときのことを覚えていない自分にいらだちを感じて叫ぶラナ。そんなラナの様子を見ながらユーリは、やっぱりラナは強い子だと改めて思う。

 自分の身に起きたことを現実逃避するでもなく、嘆くのではなく、憤りを感じているのだ。


「ユーリたちは水の宝珠を取り返しにやってきたのよね。カルロスはどこに行ったの?」

「あそこから外に飛んで行った。今、姉さんたちが追いかけているよ」

「あたしも行くわ」


 ラナは立ち上がった。


「えっ? その状態で行くの?」

「怪我はユーリが今治してくれたでしょ。問題ないわ」

「どこか身体が重く感じたりしていない?」

「それはあるけど、大丈夫よ。少し疲れただけだから。今少し休んだから元気になったわ」

「それは疲れとは違うよ。感情を吸い取られたからだ」


 ラナは怪訝な表情を浮かべた。


「感情を吸い取るってどういうこと?」

「カルロスは魔族なんだ。魔族ってどんなやつか知っている?」

「聞いたことはあるわ。けれど詳しくはしらない。魔物とは違うの?」

「まったく違うんだ。魔物は肉を食らう。魔族が食らうのは感情なんだ」

「感情?」

「カルロスはラナから怒りの感情とか、嫌悪の感情とか、そのう、性欲の感情とかいろいろ吸い取っていたんだよ。それらは目に見えるものじゃないんだ」


 みるみるラナは怒りの表情を浮かべた。短い赤毛の髪も、それにつれて逆立つように見えた。


「なんてやつなんてやつなんてやつ! あたしに断りもなしに、あたしの感情を吸い取っていたなんて! ぜったい許さない。あの淫乱、あんぽんたんのバカ魔族は、あたしが絶対に倒す!」


 ラナが叫んだところで、場違いなのほほんとした声がかかった。


「あのう、お取込み中、失礼します」


 声のしたほうを見ると、壊れた扉の向こうから、申し訳なさそうに顔を出している者がいた。前の二人は警備兵の服装をし、後ろの二人はユーリも一言二言会話をした、セドリックの屋敷の門番だった。


「わたしはアルデイルの町の警備兵をしている者です。

 セドリック神官の屋敷の異常が確認できたので、家宅侵入させてもらいました。あのう、セドリック神官はどこにいらっしゃいます? これはどんな状況なのでしょう?」


 ルリカが警備兵に向かってにこりと笑みを浮かべた。


「これはこれは警備兵さん、お勤めご苦労さまです。セドリックはカルロスというインキュバスが化けていたんです。各地から美少女を連れてきて、彼女たちから性欲を得ていたんです。今、わたしたちの仲間がその魔族と戦っています。わたしたちも後を追うので、彼女たちをよろしくお願いいたします」

「へっ?」


 ぽかんとしている警備兵に背を向け、ルリカは今度は少女たちに笑みを向けた。警備兵に向けた笑みよりももっと慈愛に満ちたものだ。


「みなさん、警備兵さんたちがやってきてくれたら、もう安心です。警備兵になるくらいなんだから、彼らは強いですよ。だから安心してくださいね」


 ルリカの背後から、警備兵が控えめに声をかける。


「あのぅ、もっと詳しい説明をしていただけませんか?」


 ルリカはくるりと回って、警備兵に顔を向けた。


「戦いが終わってからゆっくり説明しますね」


 言って「てへっ」と笑ってみせる。

 ラナがルリカに聞いてきた。


「ルリカも行くの?」

「もちろんですぅ。さっきエルダさんたちと一緒に行きたかったんですけど、この子たちを置いていくわけにはいかなくて残ったんですよぅ。ミスティは一人でとっとと行っちゃうし。もう、はくじょーなんだから」


 そこにレイクが口をはさむ。


「俺も行くよ。俺、今回は魔法ばっかり放して剣を振るっていないんだよな。これって騎士としてどうかと思うよ。ああ、つまり何が言いたいかっていうと、体力がまだまだ残っているから、助たちに行きたいのさ」


 三人は今すぐにでもここから去ろうとする勢いだ。ユーリはあわてて口を開く。


「僕も行く」


 自分が戦いの場に赴いて、何ができるか分からない。けれど仲間たちが魔族と戦っているときに、一人だけここに残って待っているなんてことはできない。

 ラナはユーリに頷き返すと皆を促した。


「行くわよ」


 ラナは大きく空いた壁の穴のほうに駆けて行った。ルリカとレイクがそれに続く。

 ユーリは彼らが何をしようとしているのか気づいて一瞬、躊躇した。未練がましく壊れた扉のほうを振り返る。

 途方にくれたような警備兵たちの姿がそこにはあるだけだった。

 ユーリはため息をついて、ラナの後を追った。

 ラナはさっさと飛び降りた。ユーリはエルダたちもここから飛び降りて行ったことを思い出す。

 ルリカとレイクも躊躇なく飛び降りた。

 ユーリは二階から地面を見下ろし、やっぱり飛び降りるのはやめようかと思った。

 暗いせいか、とても高さがあるようにみえる。

 思わず扉のほうを再び振り返りたくなる。しかし、扉から出て廊下を渡り、階段を下りて、玄関から外にでていては、確実にラナたちに遅れをとることは考えるより明らかだ。


「やぁ!」


 気合の言葉とともに、ユーリは二階から初めて飛び降りた。どれほどの衝撃が待っているかと思ったが、身構えていたほどではなく、さっき妖魔に壁に打ちつけられたときと比べたら、まったくないに等しい。


「こうやって強くなっていくのかな」


 ユーリは口の中でつぶやき、ラナたちの後を追った。


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