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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、教会家族の意味を知る

 安泰から思い浮かぶワードは、平和とか無病息災とか、そんな言葉だ。

 エルダのほうをみると、面白そうな表情を浮かべて、こちらを見ている。弟の回答がどんなものか待っている様子だ。

 姉から回答のヒントはもらえなさそうだとユーリは悟る。


「分からないよ。聖職者がいるとどうして三十年は安泰なの?」


 レイクはあきれたようなため息をついた。


「ぬるま湯につかっているおぼっちゃんっていうのは、いかに自分がぬるま湯につかっているかなんてわからないもんなんだなぁ」


 エルダが口を開いた。


「ユーリはちょっとぼうっとしているところがあるから、ちょうどいい勉強の場になるわね」


 レイクが賛同した。


「エルダさんもそう思います? ユーリってどこの温室で育てられた令嬢かというくらい、ぼうっとしていますよね」


 温室育ちの令嬢と言われて、ユーリは反論した。


「普通だと思うよ。普通のアクアディア学院の学生だよ」

「中央から出たことはあるかい?」

「今回が初めてだよ。捜索隊に加わらなかったら、ずっと中央にいたかもしれない。

 それでよかったのになぁ」


 アルベルトが質問した。


「ユーリは、自分が知らない土地に対して好奇心というものがないのか?」

「うーん、特にないかな。普通に生きられたからそれでいいよ」


 レイクが眉根をひそめた。


「なにそれ、達観してるの? それとも人生をあきらめるの?」

「さあ、どうだろう」


 感慨もなく答えるユーリを、レイクとアルベルトは不思議なものをみるように見つめた。

 ぼそりとアルベルトがつぶやく。


「十六歳の少年の感性とは思えないな」


 そんなアルベルトのつぶやきを気にすることなくユーリは二人に質問した。


「それより教会家族のことだけど……」


 レイクが頷いた。


「ああ、そうだった。きっと今のユーリじゃ、考えても分からないだろうから、答えを言っちゃうよ。聖職者の手取りは他の職業と比べて、かなりいいんだ」

「へえ。そうなんだ」

「家族に二人も聖職者がいたら、普通の家族の暮らしよりも裕福な暮らしができるんだよ」

「そうかなぁ。豊かな暮らしをしている気はしないけど」


 首をかしげるユーリ。今までの暮らしぶりを思い出すと、それほど裕福な生活を送っていたとは思えない。

 例えば、毎月一度発行させる複数のマンガが連載された月間アルファという雑誌は、はユーリの愛読書だが、それを読みたいために小遣いをねだるも、いままでその分の小遣いをもらったことはない。

 だからユーリはわざわざ教会の近くにある図書館に赴き、十数人待ちの予約カードに自分の名を書いて、借りているのだ。

 自分の手元に届くときには、次の月の月間アルファがでているころで、雑誌もボロボロになっている、ということはざらにある。

 春休みに全巻通して読もうと思っているマンガも、毎日図書館に通い詰めて読もうとしていたのだ。

 裕福だったら、こんなことをせずに読みたいマンガは手に入り放題のはずだ。


 腑に落ちない表情をする弟を見て、エルダは心中で思う。フローティア家は意識して散財はしていないから、学生のユーリが自分たちの暮らしぶりが世間一般よりも豊かなほうだと自覚がないのは、家族の財布をにぎる身としてはよろこばしいことだだろう。しかし。


 エルダの心境を代弁するようにレイクが言った。


「それにしてもユーリは世間知らずすぎるよ」

「……」


 ユーリは言われるがままだ。どうしてこんな非難じみた目線を浴びなければいけないのかと思う。

 エルダも内心、弟の世間知らずさをまざまざと目にして、驚いていた。しかしここは自分が口を出すところではないと考え、だた黙って若者たちの会話に耳を傾ける。


「ユーリの母さんは何をしてるの? 『司祭です』なんて言われたら、正直なぐりたいほど驚くけどね」

「母さんは僕が六歳のときに、事故で亡くなったんだ」

「そ、そうなのか……」


 レイクは申し訳ない表情を浮かべた。


「悪い。嫌なことを聞いて」

「いいよ。もうずいぶん前の出来事だし、今更気にしないから」


 ユーリはたんたんと言った。そこには、過去の悲しみと絶望を消化し咀嚼した後の、静かな気配だけがあった。



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