ユーリ、レイクとアルベルトに騎士になった理由を聞いてみる
レイトの町を出てから、ほどなくしてあった分かれ道を右に曲がる。こうやって次第に北を目指すのだ。向かうのはアクティという町だ。馬車の御者役は、今度はシグルスが一人でやってくれている。
馬車の中にいるのはエルダにユーリ、レイクとアルベルトである。
レイクが言った。
「あの教会でお手伝いをしていた少年、昔の自分を思い出すようだったよ」
レイクの言葉に、レイク自身に興味を覚えてユーリは質問した。
「レイクはどうして騎士になろうと思ったの?」
レイクはいたずらっこのような笑みを浮かべた。
「聖騎士になるためさ」
聖騎士という言葉が聞こえて、エルダがちらりとレイクを見た。
レイクは語り出した。
「俺の生まれ故郷は中央から南に馬で一日ほどの距離にある小さな村なんだ。実家は農業を生業にしている。男三人兄弟の末っ子で、自分でいうのもなんだけどけっこう可愛がられていたと思う」
「レイクの小さかったころかぁ。かわいいかったんだろうね」
女の子に間違えられたりしなかった? と続けて言いそうになり、ユーリはあわててこらえた。
そんなユーリの様子には気づかずに、レイクは言葉を続ける。
「まあね。それで俺が十歳くらいの時だったかな、畑を荒らす魔物が村の近くに住み着いついたんだ。
魔物はモグリンというモグラ型の魔物でさ。名前はかわいいけれど、地面を掘って、作物の根をかじるし、実った実は食い散らかすしで、手を焼いたんだ。大きさはちょっと大きい犬くらいだったかな。
村の教会の騎士達と自衛団で、村の周りや畑を見回って、退治しようとするんだけど、彼らは耳が良くて人の足音が聞こえると、すぐに地面に潜って身を隠してしまう。畑の被害は増えるばかりなのに、一向に退治がでなくて、手を焼いていた。
ある時、モグリンに村の人が襲われて、けがをしたんだ。なんでも畑の手入れをしていて、畑を歩いているときに、たまたま足を踏み入れた地面から運悪くモグリンが出てきて、自分を踏みつけようとしている人間に驚いて、モグリンが反抗したという状況だったらしいけどね。
理由はどうあれ、魔物に人が襲われたなら、見回りだけしているわけにはいかない。いつ、第二、第三の被害者がでるかわかったものじゃないからね。
かといって、今いる人間の中で、モグリンを退治できるレベルの人はいない。というわけで、教会が中央に人員の要請をしてさ。数日後にやってきたのが、聖騎士が率いる部隊だったわけ。
聖騎士の部隊はあっという間にモグリンを退治した。地面を進むモグリンの動きを気配だで察して、地面に槍を突き刺して仕留めたり。
地面に逃げようとするモグリンを、モグリンごと周りの地面を氷の魔法で固めて逃げられないようにしたり。
ほんと、すごかったなぁ。
そのときに俺は思ったんだ。自分も聖騎士になりたいって。
正直俺の家には、息子一人を中央のアルカディア学院に通わせるなんてお金を見繕う余裕はなかったと思う。
両親はしぶっていたけれど、そこに働き始めていた一番上の兄が、自分も金銭を協力するといってくれてさ。
俺も『出世払いで恩は返すから』と親に必死に頭をさげて、アルカディア学院の高等部から編入することができたわけ。司祭であれ騎士であれ、中央のアルカディア学院を卒業するのが近道だからね。
念願叶って騎士になれたけど、まだまだま両親や兄貴に『出世払い』で恩を返す状況にはいたっていないのは申し訳ないと思っているよ。
死なないように頑張って昇進して給料を増やして、いつかは両親をどこかの温泉にでも連れて行きたないなぁと思っているんだ」
感心するようにエルダが言った。
「良い心意気ね」
レイクはエルダに問いかけた。
「そういうエルダさんはどうして聖騎士になろうと思ったですか?」
エルダは突然質問させて目をきょとんとさせたが、ちらりと弟のユーリを見ると、柔らかな笑みをレイクに向けた。
「守りたいものを守るためには強くなければいけないと思ったのよ。精神的にも肉体的にもね」
「守るべきものを守るためかぁ。そういうのもかっこいいですね」
エルダはレイクの言葉に笑顔で返すと、少し真面目な表情を浮かべた。
「出世して親孝行しなさいよ」
「はい。がんばります」
レイクは力強く頷いた。そんなレイクにアルベルトが苦笑いを浮かべる。
「気持ちだけ先にいって、怪我をするなよ」
「分かっているよ」
ユーリは今度はアルベルトに目を向けた。
「アルベルトが騎士になったきっかけも聞いてみていい?」
そんな質問をしたのはレイクだけに騎士になった理由を聞いて、レイクと同期だというアルベルトには聞かないのは、失礼だと思ったからだ。
「俺はエルダさんやレイクみたいなしっかりした理由はない。しいて言えば俺の家系が騎士の家系でな。だから俺も騎士になった、それだけだ」
レイクが口を開く。
「それだけだ、なんて簡単に言うけどさ。アルベルトの剣術も槍術も同期の中ではひときわ群をぬいているじゃないか。きっと騎士という職業があっているんだよ」
「あっているかどうかは分からないが、俺の父親は騎士だし、親戚にも騎士がいる。そういう人たちに、小さいころから稽古をつけてもらっていたからな」
レイクがうらやましそうな表情を浮かべる。
「アルベルトは将来騎士になれる環境があったんだよね」
エルダが口を挟む。
「生まれながらの環境は大きいかもしれないけれど、それ以降は本人の努力の成果よ」
「そうですよね」
レイクは大きく頷くと、ユーリに質問した。
「そういうユーリは将来なりたい職業は決まっているの? 今何年生だっけ?」
「高等部の一年だよ。春休みが明けたら二年生になるんだ」
「てことは、えっと……十六歳かぁ。若いなぁ」
思わず、というように言うレイクに、エルダが苦笑いを浮かべる。
「そういうレイクたちも、十九か二十歳くらいでしょ? ユーリとあまり変わらないじゃない」
「いやいやいやエルダさん、五年の違いは大きいですよ」
大きく手を振るレイク。話が脱線したレイクにかわって、アルベルトがユーリに質問した。
「で、ユーリは将来の夢はあるのか?」
ユーリは途端に気弱な表情を浮かべた。
「正直まだ、将来どんな職業に就きたいとか、何も考えてないんだ」
レイクが口を開く。
「アクアディア学院の生徒なら、将来は聖職者になるのがほとんどだよね」
ユーリは頷いた。
「たぶん、そうなる可能性が高いと思う。けれど神官の父さんは、いつも忙しそうにしているし、騎士の部類に入る姉さんは夜勤もあったりしてやっぱり忙しそうなんだ。そんな家族をみてると、あまり忙しくない職業がいいかなぁと思ったりして」
「ちょっと待って。ユーリの親父さんって神官なの? それで姉貴が騎士って、ある意味すごくない?」
「え? なんで?」
「アルベルト、騎士一家のおまえより教会家族のやつがここにいたよ」
「教会家族って、なんの話?」
耳なじみのない言葉に、目を白黒させるユーリに、アルベルトがたんたんとした口調で答えた。
「家族に一人でも聖職者がいると、その家族は三十年は安泰だって言われている」
「どういうこと?」
「まずは自分で考えてみろ」
アルベルトに言われ、ユーリは考えを巡らせた。