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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、どさくさに紛れて逃げる

 ユーリとレイクは怖気付いた。

 逃げようにも二人の女子に仁王立ちされ逃げられない。


 係の人が段ボールをもってやってきた。同じような段ボールを続けて二人の係りの人がもってきた。

 控室は女子たちのおしゃべりで騒然としていた。


「水着姿なんて人前に見せられないわ。恥ずかしいもの」

「わたし、脱いだほうが自信があるから、ぜんぜん大丈夫よ」


 一通りの騒ぎが落ち着いたところで、係りの男が口を開いた。


「先に言っておきますが、水着を着るのに抵抗がある方は、辞退していただいてかまいません」


 少女たちは押し黙る。彼女たちは辞退する気はさらさらないのだ。そんな少女たちを満足げに見つめながら係の男は話を続ける。


「この中に五十着の水着が入っていきます。デザイン、サイズ、すべてばらばらです。自分好みの自分の体形にあった水着を選んでくださーい」


 男が最後まで言うより先に、少女たちはそれぞれの段ボールに集まった。


「これなんかかわいいわね」

「それあたしが先に見つけたのよ」

「なによ、わたしが最初に見つけたのよ」

「これはぜったいあたしのなんだから~。誰にもわたさな~い」」


 水着に群がる少女たちの異様な熱気にユーリは唖然とした。


「しゅ、修羅場だぁ……」


 もし、ユーリが激安バーゲンの現場を見たことがあったらそれを連想したかもしれない。しかし、ユーリはそういう場所にいったことがなく、少しでも良いものを取り合う女たちの現場を見たのはこれが初めてだった。

 ルリカとミスティは顔を見合わせ、頷きあった。


「わたしたちも行きますよ」

「もちろんよ」


 我も負けじと修羅場に参戦しにいくルリカたち。ユーリはその背中をただ見つめるだけだった。

 ほどなくして、係の男が少女たちの喧噪に埋もれそうになりながら、大声をあげた。


「二次審査まで後五分です。エントリーが最初のほうの方たちは早めに着替えてください」


 ユーリの隣で、ユーリと同じような反応をしていたレイクは、その声で「よし」と自分に気合を入れるように声をあげた。


「俺は覚悟を決めたよ」

「レイク?」

「やれるところまでやってやるさ。エルダさんが十歳若返るために!」


 ふらふらとした足取りで修羅場に向かって行くレイク。


「レイク、本気なの……?」


 ユーリはそんなレイクを見送ることしかできなかった。

 レイクはエントリー一番なのだ。二次審査に出場するためには、誰よりも早く水着に着替えて待機しておかなければならない。係りの男の声で期限が五分だというとがわかり、そのせっぱつまった状況がレイクに覚悟を決めさせた。

 覚悟を決めたレイクとは違い、ユーリには到底水着を着る勇気はなかった。

 少女たちが水着選びに夢中になっている間に、この小屋から逃げようと思って入り口に目を向けると、そこには係の男が腰に手を当てて待機していた。


「あの人、どうしてあそこにいるんだろう? あれじゃ、逃げれない……」


 ユーリは途方にくれ、その場に立ち尽くした。

 レイクは水着の山に集まる少女たちの中に混じって水着を選別し始めた。少女たちの胸やらお尻やらがぶつかってくる。通常なら、ラッキーとばかりにそれらの感触を楽しむところだが、今はそんな邪念に心をさく余裕はない。

 レイクはアルベルトのように筋肉むきむきの体型ではないが、騎士という職業柄、身体は鍛えてはいる。そのため、大腿骨や、二頭筋三角筋などには女性とは比較にならない筋肉がついている。つまり服をぬげは男と分かる身体つきをしていることについては自覚しているのだ。

 水着というのは太ももや二の腕など、ほとんどの肌をさらけ出す衣装だ。いかにその部位を見えないように着こなすかが今回の勝負の付け所だとふんでいる。

 その中で選んだのは、ビキニ。黄色の生地にピンクや水色の花柄が織られているが柄だ。それから、黄緑色のフード付きのパーカーと、裾がすぼまった大きめの黒の半ズボンをチョイスする。あとは向こう側が透けている黒のパレオを腰にまけば完璧だ。パレオで足の筋肉は隠せるし、パーカーで二の腕も隠せる。

 胸はルリカが言ったように詰め物をすればごまかせる。

 パーカーは黄色のビキニとともに胸元がちらりと見えるくらいにチャックを下げれば完成だ。

 見えそうで見えない。そのシチュエーションが男に与えるインパクトは大きいことを男であるレイクは知っている。

 レイクは勝利が目の前にあることをひしひしと感じて気持ちが高まった。

 そのとき、着替えようとしていた少女の一人が入口で待機している係の男に声をかけた。


「おじさん、そこから出て行ってください。あたしたち、着替えるんですからね」

「し、しかし私にも役目というものがありまして」

「役目ってどんな役目よ。あたしたちが水着に着替えるのを眺める役目なんていうじゃないでしょうね?」

「まさか、そんな破廉恥なことではありません。ここに男が混じっていないか、目を光らせる役目というのがですね……」

「それなら、おじさんが出て行ってよ。ここにはおじさん以外、男なんていないんだから」

「そうよ、そうよ」


 他の少女たちも参戦した。係の男は、少女たちに押されてやむを得なく小屋から出て行った。

 ようやく逃げれる、とユーリが思ったところに、背後から声がかかっった。


「さあ、ユーリ、着替えましょう」


 振り向くとルリカが、戦利品である水着を持って立っていた。ルリカはいつの間にか水着に着替えていた。


「え?」

「『え』じゃないですよぅ。着替えるんです」

「だから無理だってばぁ」


 同じく水着姿のミスティが小さな声で言った。


「大丈夫よ。着替えるところは周りから見えないようにあたしがガードしてあげるから」

「そのジャケットを脱いでください」


 ルリカがユーリのジャケットに手をかけた。


「や、やだよ」


 ユーリはルリカの手から逃れるように後ずさる。が、すぐに壁際に追い込まれた。


「おとなしくしてくださいよぅ」


 ルリカは怒ったように腰に手をあて胸を張った。大きい。それを見て、うらやましそうにいうのはミスティだ。


「いいわね。ルリカ、胸があって」


 ミスティはすらっとした体型をしている。胸はルリカほどはないが、ミスティの体型にはそれぐらいがあっているようにユーリは思う。

 ユーリははっとなった。ここは女の園で、周りは水着に着替えた少女たちばかり。そう気づけば、どうしても目線が胸元やおしりにいってしまう。

 そう思って目を彷徨わせると、視界の隅に見逃してはならない何かが映った。それはラナの姿だった。

 ラナは水色の水着を着て、腰に向こうが透けて見える素材の生地のパレオを巻いていた。あたりの喧騒を気にする様子もなく、無言で遠くを見つめるようなぼうっとした表情を浮かべている。


「ラナ……」


 すうっと頭の中が冷静になっていく。今すぐにラナに駆けつけたい衝動に襲われる。


「ユーリ、今は我慢してください」


 ルリカがユーリの腕をとって、静かに言った。


「分かっているよ」


 ユーリは自分の役割を思い出した。セドリックが握っている水の宝珠の奪還とラナを助けること。そして、ラナを助けるために美少女コンテストで入賞しなければならないのだ。なぜならは、ラナは美少女コンテストを終えたあと、セドリックの屋敷に戻るはずなのだから。

 今なら、どうしてセドリックがラナの意思を閉ざさせて、美少女コンテストに出したか分かる。自分の手に落ちたラナを見せびらかしたいからだ。

 ラナはここにいるどんな少女よりも美少女だから。

 ラナを助けるために優勝は無理でも三位以内に入賞しなければならない。そのためには、水着を着なければならないのだ。

 ユーリは覚悟を決めた。


「分かった。僕は水着を着るよ」

「本気の目になったわね」

「覚悟を決めましたね」


 ミスティとルリカはユーリのただならぬ気力を感じて、ユーリの進む道を開けた。

 自分で足で修羅場に向かう。いまだ水着を決めかねている少女たちが段ボールのまわりにたむろしているその場所へ。

 と、突然、この場では絶対にありえないはずの声があがった。


「ぐわぁ!」


 あり得ない声、すなわち男の声である。続いてどさりと床に倒れこむ音が響く。

 少女ばかりの小屋は一瞬、しんと静かになり、声の出どころを探した。


「キャー、男よ、男がいるわ」


 誰かが悲鳴じみた声を上げると同時にユーリも声の出どころを確認した。

 そこには、ワンピースの裾をめくらせて、ティーバックの水着を片足は足の付け根まで、もう片方はひざの位置まで履いているという中途半端な履き方で床に倒れているレイクがいた。

 地声で独り言を言うレイク。


「いてて……」


 ちょうどレイクの足元の位置にいた少女が自分の目をとっさに自分の手で目元を隠す。が、その指の間からしっかりとレイクのワンピースがめくれた場所を見ていた。


 小屋の入り口の前で待機していた係の男がドアを開いた。


「なんの騒ぎだ?」

「きゃあ、入ってこないで」


 近くにいた少女がすぐさまぴしゃりとドアを閉めた。


「水着を着ていて、バランスを崩してころんじゃったよ」


 レイクが尻をさすりながら起き上がる。ついでに中途半端に履いていたティーバックを脱いだ。スカートの裾がさらりと下に落ちる。

 この場にいる誰もが知っている。今、目の前にいる金髪で色白で、清楚な水色のワンピースを着こなしている人物がノーパンだということを。


「あんた男ね。どうして男なのに美少女コンテストに参加しているの?」

「へんたい、へんたい、変態!」


 少女たちが親の敵とばかりにレイクに襲い掛かってきた。中には何かの魔法の詠唱を始める少女もいる。あきらかに攻撃魔法だ。


「え? え? ちょっと待って。これにはわけがあるんだ」


 今更ながらに慌てるレイク。

 レイクと同じ身の上のユーリはレイクをかばうように前に出た。


「みんな、冷静になってよ。彼にはわけがあるみたいだし」

「どんな理由があっても、この中に男がいるって変よ。おかしいわ」

「そうよ、へんたいよ。一発殴らないと気がすまないわ」


 いまにも殴らんとするかのように一人の少女が前に出た。


「だから落ち着いて」


 ユーリはその少女の肩に手をかける。


「あんた、邪魔よ」


 少女はユーリの左胸を押した。すると詰め物でごまかしていたユーリの左胸のふくらみが押さられた力のままにユーリの身体の真ん中よりに移動した。


「へ?」


 少女が胸をきょとんとさせる。

 ユーリは慌てた。しまった。胸に詰め物をしていたことがばれた。

 ユーリは、ここにいる全員の少女に自分が男であることがばれたのだと思った。なぜなら胸に詰め物をしているのは自分が男で胸がないからだなのだ。

 女子でもささやかな胸しかない女子の中には、胸を大きくみせるために詰め物をする女子もいるということを、ユーリは知らなかった。


「きゃあ、何するのよ」


 ユーリはずれた胸を隠すように胸を両腕で覆った。


「あなた、もしかして……」


 少女が続きを言う前に、ユーリは言いつのった。


「騒ぎを大きくしたら、美少女コンテスト自体が中止になってしまうかもしれないよ」

「そ、それは……」


 ユーリの言葉に、ユーリの胸が詰め物だと気づいた少女だけでなく、他の少女たちも、少しだけ冷静になった。


「ぼ、ワタシがみんなの犠牲になるわ。この人を連れてここを出ていくから、コンテストを続行させて」

 ユーリは床に落ちたままのレイクのパンツ、すなわち黄色のティーバックではなくトランクスを手にとり、レイクを抱き上げる。

 自分は男だとばれてしまった。入賞は見込めない。ならば、レイクと一緒に逃げるしかない。

 ラナと話をしたいが、今は無理だ。別の機会を待つしかない。

 ルリカかミスティのどちらかの入賞を祈つつ、レイクを横抱きにして脱兎のごとく、そのまま小屋を出た。

 

 小屋の前でやきもきしていた係の男がすぐさま声をかけてきた。


「中で何が起きているんだ?」

「ちょっとしたアクシデントです。コンテスト自体に支障はありません。ただ一番と十二番は棄権します」


 ユーリは手短に言うと、レイクを抱えたままその場から立ち去った。


「なんだなんだ?」

「さっきの子、美少女コンテストに出場していた子じゃなかった?」


 人々の声が後ろに流れていく。

 ユーリはひとしきり走り、ようやく疲れを覚えて走るのをやめる。


「ユーリ、そろそろ降ろしてくれない?」

「あ、うん。そうだね」


 ユーリはレイクを下ろした。


「お姫様抱っこを初めてしてもらったよ。しかも男に」

「僕もお姫様抱っこをしたのは初めてしたよ」

「あのままあそこにいたら、今、生きていないかもしれない。ありがとう、ユーリ」

「僕もあの場から逃げる機会ができたから、お互いさまだよ。それとこれ、とっさにもってきたんだけど……」


 ユーリはレイクをお姫様抱っこしながらも、ずっと握り締めていたレイクのパンツを、握り締めていたこぶしごと、レイクにみせた。


 レイクは目を見開いた。


「もってきてくれたんだ」


 レイクはあたりを見渡し、近くに細い脇道があり、そこに人通りがないことを確認すると、ユーリを促して移動した。その道の片隅で、レイクはユーリからパンツを受け取ると、ワンピースの裾をまくってすぐさまはいた。そこに聞き知った声がかかった。


「ようやく追いついたわ」


 レイクはびくりとして振り向き、ユーリはそのまま声がしたほうを向いた。そこには思った通りエルダが立っていた。少し離れてエイジもいる。エイジの姿を見たリリーがレイクの右腕の手袋の下で震えたのを、レイクは感じ取った。


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