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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、レイトの町で出会った少年にあこがれの眼差しでみつめられて狼狽する

 エルダは説明した。

 自分たちのパーティが進む方向は北西であり、まずは西に延びる街道を通って、しだいに北に向かうこと。

 その道中、町や村の教会に立ち寄って、盗人の情報を集めながら移動することになる。

 盗人の特徴としては、十代後半の少年で金色というよりは砂色の髪をし、厚めのメガネをかけていること。そして、突如出現できる翼をもっていることが、各地方教会には連絡済みだ。

 しかし盗まれたものが水の宝珠であることは伏せられている。理由はさっき説明された内容の通り。過重な不安を人々に抱かせないためだ。

 そこまでエルダが説明し終わったころで、馬車の停留所へたどり着いた。


 そこには一台の馬車がぽつんと待機していた。民間用の普通の乗合馬車だった。


「この馬車で移動するの?」


 ユーリは驚いてエルダに聞いた。てっきり教会の馬車だと思っていたのだ。


「教会の馬車は六台しかないのよ。そのうち四台を今回の捜索隊で出して、二台は何かあったときのために待機することになったの。それで残りの分は、民間馬車を借りることになったのよ」

「そうなんだ」

「どの馬車を選ぶかは自由だったから、教会の馬車はまっさきに手がついたでしょうね」

「なるほどな。それで残った一台がこれか」


 今にも壊れそうな年季の入った木製の馬車である。

 シグルスが馬の首筋をなでながら言う。


「馬車はともかくいい馬じゃないか。がんばってくれそうだぜ」

「そうね。残り物に福があることを信じましょう」


 まず御者台に座ったのはエルダだ。その隣にレイクが座る。レイクは憧れの聖騎士の隣に座れて、顔がにやけっぱなしだ。

 馬車の中は進む方向から見て、左右に長椅子があり、出入り口は後ろにあるよくありふれた構造になっている。長椅子はつめれば三人は座れるだろう。窓は左右に一つずつ。

シグルスは左側の椅子に寝そべった。椅子の長さが足りず、足を軽く折る。

 アルベルトが反対側の椅子に座り、ユーリもアルベルトから離れて同じ長椅子に座る。

 シグルスはすぐに高いびきをかきはじめ、アルベルトも背もたれに身を預けて目を閉じた。

 皆、昨夜はろくに寝ていないのだ。眠れるときに、眠っておいたほうがいいのは確かだ。

 ユーリはむりやり目をつぶった。いろんなことが一度にあって眠いはずなのに、眠気が襲ってこない。気持ちがトランス状態になっているらしい。


 ユーリは一度だけ会話をした盗人の少年のことを考えた。

 水の宝珠を盗んでどうするつもりなんだろう?

 彼は言っていた。祈りだけでは救われないと。

 祈りだけでは救わないことがあることは、ユーリも知っている。遠く記憶がよみがえってきて、ユーリはむりやりその記憶を横に追いやった。


 朝を迎え、活気づこうとしている街並みを窓から眺める。

 ユーリはため息をついた。今日から春休みんだよなぁ。マンガを読みまくる平和な日々を送ろうと思っていたのに。

 それでも、早く盗人を見つけて水の宝珠を元の場所に設置することができれば、残りの時間をマンガに費やすことができる。

 八組もパーティがいるだから、そのうちのどこかのパーティがきっと盗人を見つけてくれるだろう、とユーリは他人事のように考えた。


 馬車は立て付けが悪いのか古いせいなのか、がたごとと揺れて尻が痛い。次に降りる町で絶対にクッションを購入しようとユーリは思った。


「レイトの町に着いたぞ」


 アルベルトにゆすり起こされてユーリははっと目をあけた。知らずのうちにうとうとしていたらしい。

 馬車はレイトの町の出入り口近くにある馬車置き場に着いたところだった。

 アルベルトが先に馬車から降りる。


「シグルスさん、着きましたよ」


 ユーリはまだ寝ているシグルスの体を揺り動かした。


「なんだ、もう着いたのか」


 のそりと起き上がり、首をこきこきと鳴らすシグルス。大きなあくびを一つすると、黒髪の髪をぽりぽりとかいて、馬車から降りる。ユーリも後に続く。

 馬車を町の入り口付近にある馬車置き場に預けて、まずは町の教会に向かう。


 時刻は昼時。ユーリ達は人通りが多い中央通りを歩いていく。目指すのはこの町の教会だ。

 町の人たちがじろじろと自分たちを遠巻きに見ていることにユーリは気付いた。


「なんで僕たちのことを見るんだろう?」


 疑問が口をついて出る。隣にいたレイクが答えた。


「俺たちっていうよりエルダさんのことを見ているだよ。聖騎士は多くの人にとって憧れの職業だからね」

「そうなんだ」


 ユーリは普段から、聖騎士や神官や司祭を目にしているから、それが普通のように思っていた。しかし、違う立場から見ると、違う見方になるのだということに、ちょっとした衝撃を受ける。


 教会に着くと、この教会の司祭がユーリたちの対応をした。ユーリの父親くらいの歳で、対応の仕方は穏やかで親切だ。


「朝一番に人相書きを町の主要なところに配りました。今のところ、発見したという連絡はありません」

「ありがとうございます。少しでも怪しい人がいたら、中央に連絡をしてください」


 中央というのは、一般的に意味するのは、ユーリが住んでいる都市のことだ。つまり、水の宝珠と湖があり、アクアディア教会の総本山がある都市のこと。ユーリは中央の出身ということになる。

 そして、聖職者が中央と言う場合、主に都市よりもアクアディア教会総本山のことを意味する。


 それは学院に対しても同じことが言える。ユーリ達が通っているアクアディア学院は、地方にある学校と比較して中央学院と呼ばれている。


 アクアディア聖国は教会が統治する国。すべての情報は中央に集まり、中央が主となってこの国を統治しているのだ。


「じゅうじゅうに、承知しています」


 司祭は自分の娘ほどの歳の聖騎士に頭をさげた。


「ところでこのあたりで食事をする場所はありますか? 朝一番にでてきたので、まだ朝ごはんも昼ごはんもまだなの」


 エルダはわざとくだけた口調で聞いた。エルダとしても、自分より年齢も経験も上の相手から、恭しく扱われるのは居心地の悪さを感じる。そのため、こちらから親しみやすい態度をとったほうがよいとエルダは考えた。

 エルダの意思をくみ取った司祭は、やわらかな笑みを浮かべた。


「それならば、こちらで用意させましょう。どうぞ」


 司祭は手で指示し、食堂へと案内してくれた。


「質素だなぁ」


 シグルスは出された食事をみて開口一番に言った。


 確かに質素だ。けれど、昨夜ちゃんとしたものを口に入れていなかったユーリにとっては、どんなものでも腹に入れば満足だった。


「おいしい。こんなおいしいものを食べたのは初めてだよ」


 あたためられた小麦色のパンをおいしそうにむさぼる弟を、姉のエルダは眉をひそめながら見つめた。


「わたしの料理の腕、そんなに悪いかしら……」


 口の中でつぶやく。


「え? エルダさん、何かいいました?」


 隣の席で昼食をしていたレイクが、エルダの小声を聞きとめて質問する。


「ううん、なんでもないわ。ほんと、このライ麦パン、おいしいわね。親切に温めてくれている心遣いがうれしいわ」


 エルダは言って、皿の上に残っていた一口サイズのパンのかけらを口に入れた。

 食事を終えてユーリが片付けの手伝いをしようと盆を持って立ち上がると、


「そのままにしておいてください。僕がやりますから」


 と、ユーリの持った盆を、受け取るようにして手に取った少年がいた。歳は八歳くらいだろうか。彼は昼食の皿を運ぶのも率先してやってくれていた少年だった。


「僕はアクアディア学院の中等部に入学するのが夢なんです」


 きらきらした目でユーリに夢を語る少年。アクアディア学院の制服を着ている自分もまた、少年にとってはあこがれの対象なのだということをユーリは理解する。


「そうなんだ」


 少年の純粋な熱意にたじろいながら相槌を打つ。


「アクアディア学院を出て立派な神官になりたいんです」

「がんばってね」


 ユーリにはそんなありふれた言葉しか返すことしかできなかった。

 ユーリはアクアディア学院には当たり前のように入学し学んできた。だからその状況に憧れる子がいることに、驚きよりも戸惑いを感じた。


 教会を出るとき、先ほどの少年が門の前まで見送りにきた。


「道中、気をつけてくださいね」


 あこがれのこもった目で自分たちを見る少年のまなざしに見つめられ、ユーリはおもわず目をそらした。

 しかしすぐに、それではいけないと思い直し、再び少年に目線を向ける。

 少年の瞳の中に、あこがれの思いとともに、目的をもつ者だけがもつしっかりとした意思の強さを感じたからだ。

 この意思の気持ちだけは受け止めて、そして応援したい。

 今の自分にはないものだから。


「うん、ありがとう。君も勉強がんばって」


 ユーリは心から応援の言葉を言った。


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