ユーリ、エルダを説得する
ソレイユはこれ以上つっこんだ質問をすると、ともすれば地雷を踏むであろうことを察した。それは今まで培ってきた経験則から、確信に近いものだった。
だからソレイユは、近くにいたエルダの弟に目配せをした。
ユーリは自分のことを決して感が良いほうではないと思っている。しかし、ソレイユのの無視しがたい強烈な思いがこもった目配せには気づいた。
同時に、その場にいる者たちがソレイユと同じような目で自分を見つめていることにも気づいてしまった。
ここはエルダの弟という立場のもと、自分が質問しなければならないのだと理解する。ユーリとしては、それよりも違う内容を質問したいのだが、それは今は後回しだ。
「姉さん、美少女コンテストの美少女の意味、分かってるよね?」
「美しい女の人のことでしょ?」
にこりとさわやかな笑みを浮かべるエルダ。
姉の笑みを受け、ユーリは次に言うべき言葉を失った。
そんなユーリの脇腹をソレイユが無言でつついた。
自分のしなければなならない任務を思い出し、ユーリは言葉を続けた。
「美少女と言うくらいだから、たぶん、審査員が求めているのは十代くらいの女の子だと思うよ、たぶん」
冷や汗が背中を流れていく。発言した文法もめちゃくちゃだ。
「二十四歳の私は美少女のカテゴリーからはずれるかしら」
「……」
申し訳なさそうな笑みを浮かべるユーリ。弟の言わんとする意味を知って、エルダはかくりとうなだれた。
「これでも歳より若く見えるってよく言われるんだけど……」
未練がましくぶつぶつ口の中でつぶやく。
気落ちするエルダの肩に優しく手をかける者がいた。振り向くと、そこには、おおらかな笑みを浮かべるシグルスの姿がった。
「俺はエルダくらいのほうがいいぜ。ガキにはない大人の女の魅力があるからな」
「ふふ。お世辞でもうれしいわ」
エルダはシグルスに笑いかけた。
「むむう」
のどの奥でソレイユがうなる声を、ソレイユの隣にいたユーリは確かに聞き取った。
おずおずとレイクが口を開く。
「あのぅ……エルダさん、俺、男なんだけど。それに二十歳で十代じゃないし」
「そうだよ。僕も男だよ。まだ十代だけど」
ユーリもレイクに追随して何よりも一番発言したかった言葉を、ここぞとばかりに張り上げる。
エルダは気持ちを切り替えて、きりりとした表情をレイクに向けた。
「レイク、あなたは顔がいいからごまかせるわよ。それに二十歳は十代より一つ下なだけでしょう。だからそれもごまかせる。なによりわたしより若いんだから出なさい」
「――! そんなぁ……」
一瞬、意表をつかれたような表情になり、つづいて情けない声をあげるレイクから、エルダはユーリに視線を移す。
「ユーリもみれない顔じゃないわ。女装すればなんとかなるわよ」
「そんなことないよ!」
非難の声をあげるユーリ。エルダはそんなユーリとレイクを交互に見つめた。
「あなたたちのどちらかでも入賞して内部に忍び込めば、ことは進むのよ」
「数打ちゃ当たるってもんじゃないと思うがなぁ」
ソレイユがぼそりとつぶやく。エルダは聞こえないふりをして、
「目指すは優勝よ。それでね、優勝したら、この桃源郷の桃をわたしにくれないかしら?」
きらきらとした笑みを浮かべたまま、エルダはチラシの隅に小さく描かれた桃の絵の部分を指差す。十歳は若返るという桃の絵だ。
突然、人が変わったかのように目をらんらんと輝かせながら語り始めた女性聖騎士の、目的はこれかとその場にいる誰もが納得する。
納得はしたが、聖騎士の要望に、「はい」と返事をする者はいなかった。
そんな中、言いにくそうに発言したのはルリカだった。
「エルダ様、知っていると思うけれどいちおう言いますね」
「言いたいことがあるならなんでも言って欲しいわ。それから私を呼ぶ時に『様』は不要よ」
「えっと……?」
「今はわたしはみんなと一緒に目的を得て行動している一員にすぎないわ。だから役職は気にしないで欲しいの。とはいえ、気持は分かるから、こっそりと受け取っておくことにするから」
「そうですか……」
「あなたは司祭のルリカよね」
「はい、新米司祭のルリカです。それではお言葉に甘させていただまきす。エルダ……、やっぱりちょっと言いにくいですね」
新米司祭のルリカにとって、聖騎士エルダはあこがれの人であり、通常であれば、おいそれと言葉を交わせる間柄ではない。そのためルリカは緊張していた。
そんなルリカに、エルダはやさしげな笑みを浮かべる。
「それでも慣れて欲しいわ。そのほうがわたしとしてもうれしいもの」
エルダの笑みを受け、ルリカはほんのりと頬を紅潮させる。
「そうですね。えっと、エルダは分かっているとは思いますが……」
前置きをしてルリカは言葉を続けた。
「十歳は若返るというこのうたい文句は、ただのキャッチフレーズですよ。ほらぁ、ほかにもよくあるじゃないですか。シミそばかすを薄くするクリームとか、便秘に効く食べ物とか。アンチエイジングっていうですかそういうの。どんなに頑張ったって歳には勝てないのにってわたしは思いますけどぉ」
てへっと笑うルリカ。老いの恐ろしさをまだ感じていないような明るい笑顔を見て、エルダのこめかみに青筋が一つ出現した。
「分かっているわよ。夢みるぐらいいいじゃない。わたしより若いルリカには分からないのよ」
悲鳴じみた声をあげるエルダ。必死さがにじみでている。
「ね、姉さん……」
ユーリは姉の知らなかった一面を知って、言葉を失った。本音を言えば知りたくなかった。
「ほかに良い案がある人はいるかしら?」
誰も声をあげられなかった。
エルダは一人頷き、
「ルリカ、ミスティ、レイク、ユーリの四人が美少女コンテストに出場するのはで決まりということでいいわね」
ユーリとレイクは、心境としては美少女コンテストには参加したくはないが、他の手段が思いつかない。だから黙っているしかなかった。
回されてきたチラシを見ていたミスティが手を挙げた。
「ちょっと気になることがあるんだけど」
「なあに、ミスティ」
「参加者は特技を披露することが審査の題目になっているわ。どんなものを披露するか、考えなくてはいけないわよ」
「わたしは自信がある特技があるから心配無用ですぅ」
「俺は氷と地の魔法であっと言わせるものを披露しようかなぁ」
「あたしは弓技でも披露しようかしら」
「僕は……」
ユーリはしばし考え、特に披露できる特技がないことに気づいた。
「これといった特技はないよ」
エルダがユーリに微笑みかけた。
「歌でも歌いなさい。ぜったいうけるから」
「そうかな」
「そうよ。自信をもちなさい」
「うん」
ユーリは姉がどうして「ぜったいうける」と断言したのか分からなかったが、自分の持つ特技が思いつかなかったため、ただ頷いた。
「明日九時からのセドリックたちの打ち合わせはソレイユ、アルベルト、シグルス、エイジに任せるわ。わたしはルリカたちと一緒に美少女コンテストに参加するための服を調達するわね」
「分った。それで異論はない」
疲れたような口調でソレイユは答えた。
「外側と内側から、じわじわと責めるわよ」
「一ついいですか?」
発言したのはエイジだ。
「私はこれから町に出て、セドリックの情報を仕入れてこようと思います。春祭りを目前にしてまだ町はにぎわっているでしょし、浮かれているでしょうから、人々の口は軽いでしょう」
ソレイユが気づかわし気な表情を浮かべた。
「それはありがたいが、大丈夫か? お前も休みたいだろう?」
「その日になれば三日も寝ずに行動できます。それに、どうやら明日は私が活躍する機会はなさそうなので、明日ゆっくり休ませてもらいますよ」
「それなら、お願いできるか?」
「はい」
「じゃあ、俺も町に行くぜ」
シグルスが言った。
「俺もおまえさんと一緒で明日は活躍する機会がなさそうだからな」
「そうですか」
二人は目線を合わせて頷いた。
その場は解散となった。
部屋に戻ってから、レイクがやれやれというように肩より少し上の部分でまっすぐに伸ばしている髪をかき上げてため息を付いた。
「大変なことなってしまったなぁ」
「うん、そうだね」
返事をするユーリの声にも元気がない。
そんな二人を見て、アルベルトが真剣な表情を浮かべた。
「なんだ二人とも、入賞する自信がないのか? ソレイユさんの言葉じゃないが、数打ちゃ当たるで、俺も参加しようか?」
ユーリはアルベルトを凝視した。アルベルトはここにいる三人の中で一番大きく背も高く、腕も足も太い。顔つきはしゅっとして切れ長の目をしている。どこからみても男である。アルベルトが女装したところなど、想像することができない。というよりも、想像しようとしても、自分の中の何かが拒絶する。
ユーリの思いをそのまま語るよにう、レイクが引きつった笑みを浮かべて、アルベルトに質問した。
「アルベルト、それ冗談だよね?」
「冗談でこんなことがいえるか?」
真顔で返され、レイクは息を飲む。アルベルトの目線を直接受け、呼吸困難になったように喉の奥でヒューヒューと息をしてその場で固まった。
アルベルトの目から、その本気度を感じ取り、そしてその先の向こうの情景を想像してしまったのだ。
戦闘不能となったレイクに代行してユーリがアルベルトに発言する。
「アルベルトは僕たちの中で一番力があるから、何かあった時のための戦力として動いたほうがいいよ。そのほうが美少女コンテストに参加するよりずっと効率的だよ」
「それもそうだな」
ユーリの言葉にアルベルトは納得して頷いた。ユーリとレイクは顔を見合わせてほっとした。
「明日は適材適所でかわいらしく着飾った美少女たちの護衛に徹しよう」
言ってにやりと笑う。
「くぅ……!」
「……っ!」
その笑みに最初に気づいたのはアルベルトと付き合いが長いレイク。続いてユーリもその笑みの意図に気づいた。
やはり冗談だったのだ。
「アルベルト、君って人は!」
「美少女になったお前たちの姿が楽しみだ」
くくくっ、とアルベルトは喉の奥で笑った。
ユーリは反論する気力がなかった。布団に入ると、すぐに睡魔が襲ってきたからだ。
明日女装するのは心配だし、ラナのことも心配だし、水の宝珠もことももちろん心配で、心配事づくめだ。しかし、なによりそも今は、身体が睡眠を欲していた。
ユーリはすぐさま深い眠りに落ちた。




