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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ラナを心配する

 時はラナがアウネイロスに連れ去られた時間に戻る。

 アウネイロスは狂喜していた。

 キャットコウモリから力ある球を人間どもが持っているという話を、半ば冗談半分に聞き、薄暗い洞窟の中にいるのも飽きたし、冷やかしに行ってみるかと相方と外に出た。

 普段、暗い洞窟の中に住んでいるが、コウモリとは違い、太陽の光はアウネイロスにとって脅威ではない。アウネイロスの瞳には光を遮蔽する膜があるためだ。

 惰眠をむさぼっていたミノタウロスに見つかり、ミノタウロスもその球に興味を示した。

 非力な人間が玉の力を使ってマンティコアを倒したということが、ミノタウロスの闘争心に火をつけたらしい。

 やれやれ、面倒くさいことになったとアウネイロスは思った。

 力が強くなる球、なんでも願いが叶う球。魔物たちの中で話が大きくなっていき、気づけばぞろぞろと魔物の行進となっていた。

 一定の期間ごとに、人間たちはこの森にやってきては、魔物たちを狩っていく。その間は、アウネイロスのような知力のある者たちは、いちいち出歩かない。

 人間たちは弱いが、束になってかかってくると面倒だ。甘く見て、倒された仲間も過去にはいる。

 人間たちは二頭の馬が引く馬車で現れた。

 突進していったミノタウロスを、髪の長い人間があっという間に倒したことには驚いた。あの人間は強い、無意味に近づくと痛い目に合うぞ。アウネイロスは学んだ。

 ミノタウロスもミノタウロスだ。いくら怪力で、頑丈だからといって真正面から向かうのは、バカなやつのすることだ。力だけが取り柄で、頭が悪かったからやつは絶命した。

 これだから筋肉馬鹿は。


「キキキ」


 我知らず嘲笑が漏れる。

 髪の長い人間はそのあと、自分たちの後ろに群れていた魔物たちに向かって炎の魔法をぶっ放した。炎が通った後には、魔物たちの焼死体が出現し、その空間を縫うように、その人間は手にきらきら光る玉掲げて、馬を駆っていった。

 あの球がなんでも願いが叶う玉だと魔物たちは思っただろう。あの玉の球を使って、ミノタウロスを倒したのだと。

 人間は非力だから、球の力でもなければ、上位魔物のミノタウロスがあんな一瞬でやられるはずがないと。

 時を同じくして、球をもった人間が向かって行った方向とは逆の道に巨大な氷の壁が現れた。あの壁の向こうにも人間が何人かいたことをアウネイロスは知っていた。

 だから考えたのだ。球を持っている人間は囮りで、本物の玉を持っているのはあの壁の向こうにいるだろうと。

 自分は賢いから、人間の小賢しい陽動作戦など御見通しなのだ。馬鹿な魔物は勝手に騙されていればいい。


「ギギ、ギギギ」


 アウネイロスは隣にいた相方に意向を伝えると、相方は「ギギギ」と同意した。

 二体のアウネイロスはコウモリのような翼を広げ、空から氷の壁を通り越して、その向こうにいる人間たちを襲おうとした。

 が、アウネイロスが驚いたことに、氷の壁の向こうにも、何体かの魔物がいて、他の人間たちと戦っていた。

 自分と同じような考えをしたのか、たまたまこちら側に残ってしまったのか。アイネイロスは後方だと思った。自分と同じ高度な思考を持つ魔物がこの中にいるわけがない。

 人間は四人いて、戦っているのは前方の二人、後ろの二人は、どうしたわけかその場でうろうろしている。

 戦っているうちの一人は、ミノタウロスに向かって構えていた髪の長い人間の死角を狙って、横からやっつけようとした相方を、気合だけではじいた人間だった。

 あたりをよく見れば、倒された魔物と戦っている魔物は同じくらいの数だけいる。

 あの人間は強い。慎重にいかなければならない。

 相方が翼をやられ、地上での戦いのみとなったため、自分は空からの攻撃を主にし、地上と上空からの攻撃で、相手を倒す策に出た。

 しかし人間はなかなか強かった。後ろの二人がその場から駆け出して行った。アイネイロスはその二人を追いかけようとし、


「お前の相手は俺だ!」


 目の前に戦っている人間が立ちふさがった。こ人間を倒してからでないと、後ろの人間にたどり着くことはできないらしい。目の前の人間がそこまでかばう二人の人間。あの人間のどちらかが球を持っているのだ。これは絶対だ。

 俺がすぐに手に入れてやる。


「ギギギ!」


 アウネイロスは咆哮をあげた。

 結果として、相方はやられ、このままではまずいと悟り、アイネイロスはいったん上空に逃げた。上空にくれば、翼のない人間どもが追いかけてくることはない。

 アウネイロスは上空から先ほど逃げた二人の人間を探すことにした。やつらがやってきたであろう道が続く森の端まで飛んでみたが、見つからなかった。

 木々の影に隠れたかもしれない。そう思い、飛行速度と、高度をさげ、しばし上空を飛行して回ったが、人影ひとつ見当たらなかった。

 どこにいきやがった?

 アウネイロスはいらつき、急上昇しユモレイクの森を見下ろした。

 そして、道なりよりも、日が沈む方向に広がる森のほうが森の端の距離が短い事に気づいた。それに気づくと、アウネイロスはぴんときた。森の中を突き切ったのだ。そうにそうに違いない。

 やはり自分はばかな魔物たちとは頭の出来が違う。

 アウネイロスは日の沈む方向、西に向かってゆっくりと高度を下げながら移動していった。

 アウネイロスの推測は当たっていた。森と大地を分けるように流れる小川のほとりで、言い争っている、あの人間たちを見つけたのだ。

 一人の人間の死角を狙い、一撃で仕留めるつもりだったが、もう一人の人間に反撃され、アウネイロスは一度、上空に逃げた。

 さきほどの反撃の威力から、容易に近づくのは危険だと察した。

 様子をうかがっていると、事態はますます困難になった。どこからか人間が六人増え、合計で八人になってしまったのだ。そのうち、人間たちは二手に分かれた。町に向かうものと、ユモレイクの森がある方向に向かうものと。ユモレイクの森で見かけた人間は町に向かっていった。

 やつらが町に入ったらやっかいだ。人間の町は当然ながら人間の数が多い。強さだけならアウネイロスは、一体の人間よりも断然強いが、弱い人間も団結すると、脅威の力になる。

 あの町の中で、うようよしている人間のうち、どの人間がどれだけ強いかはアウネイロスには判断がつかなかった。相手の戦力が分からないかぎりは、下手に動かないほうがいい。

 そして好機は訪れた。いつも一緒にいた二人がばらばらになり、髪が赤い人間が怪我をした人間を球の力で治したのだ。

 その背後は無防備だった。もう一人の人間は離れたところにいる。

 アウネイロスは髪が赤い人間を背後からわしづかみにし、上空に連れ去った。

 球だけを狙うよりもその球をもっている人間ごとさらったほうが対象物が大きくなる分、つかみやすいのだ。

 最初は人間は暴れたが、そのうち身体に食い込んだ爪の先から痺れ毒が体に回ったのか、ぐったりと動かなくなった。


「キキキ」


 アウネイロスは笑った。

 小さな白い生き物が目の前を飛び交わした。じゃまだとばかりに、前足で払うと、白い生き物はどこかに弾き飛ばされていった。

 早く球の力を試してみたい。

 どこかにめぼしい対象物はないかと地上を見ると、遠くに人間の住む家を見つけた。周りは人間たちが収穫する植物が生えている。

 人間たちは植物を収穫し、自分たちは人間を収穫する。この世はよくできている。

 降り立つとき、家の近くにところどころに宝石のようなものをあしらった馬車がおいてあり、目を引いた。

 アウネイロスはキラキラ光るものが好きなのだ。

 そちらに行こうとしたとき、家の中から人間たちがわらわらと出てきた。


「うわぁ、でっかいコウモリだ」

「きゃあ、女の子が捕えられているわ」

「こわいよぅ」


 小さい人間が、隣のそれよりは大きい人間に抱き着いた。

 ぎゃあぎやあうるさい人間たちを威嚇するために、鳴いてみる。


「ギギイィィ!」

「きゃー!」

「うぇーん」


 ついでに翼をばさばささせてみた。


「うわぁぁ!」

「た、たすけて襲われるぅ!」

「お父さぁん!」


 おもしろい。

 足を踏み入れようとしたとろこに、建物の中からゆっくりと前に出てきた人間がいた。三人だけかと思っていたが、もう一人いたらしい。

 その人間は他の人間と雰囲気が違っていてた。上位魔物である自分に対してまったく恐怖心を抱いていないように見える。


「ギギ?」


 疑問の声を漏らす。


「アウネイロスが人里に現れるとは珍しい。お前がつかんでいるのは人間の少女だな」


 一歩一歩ゆっくりとした足取りでその人間は、アウネイロスに近づいてきた。

 思わずアウネイロスは後ずさる。

 ずりずりとつかんでいる人間が地面に引きずるような感じになったが、全身麻痺になっている人間は悲鳴をあげることもできない。

 ただ、目だけはしっかりとこちらに近づいてくる人間を見つめていた。


「どれどれ、うん? 泥と怪我で汚れているが、美少女じゃないか。この家にこのあたりではめったにいない美少女がいると聞いてわざわざやってきたのに、期待外れだったが、ここで本当の美少女に出会えるとはラッキーだ」


 人間はうれしそうに笑った。


「ギギギ!」


 これ以上近づくなと牽制の声をあげるアウネイロス。


「お前には感謝するよ」


 さらに近づく人間にアウネイロスは、人間をつかんでいる後ろ足は使えないため、翼ではたこうと、翼を広げた。


「止まれ」


 一言、その人間はそういった。

 アウネイロスは止まるつもりはなかったのだ。しかし意思に反して、その身体は人間の言葉通りピクリとも動かなくなった。

 自分自身の身体に何が起きたのか分からない。

 分からないから恐怖心が募り、鼓動がはやくなる。


「魔物の恐怖心もそれはそれで美味なものだが……やはり人間のほうが良いな」


 その人間は赤く光る眼でこちらを見つめながら言った。

 自分はただの魔物ではない。上位魔物。馬鹿な低俗の魔物ではなく上位魔物なのだ。そう叫ぼうとするが、口が動かなかった。

 何者だ、この人間は? いや、本当に人間なのか?

 こいつの目は最初からこんなに赤かったのか?


「幸運と思え。この私に殺されるのだからな」


 その者の手がアウネイロスの心臓があるところを貫いた。


「……っ!」


 死を恐れる感情よりも、目の前の存在を恐怖する感情のほうが勝る。まるまる自分の感情が食われていく。

 感情を食らう? もしや、目の前にいるこの男は……。

 アウネイロスはその場に倒れた。

 ラナをつかんでいた爪の力が緩む。

 しかしラナは動くことができなかった。

 アウネイロスの血で自分の身体が濡れていることだけはわかる。

 農家の人達はその間、おびえながら様子をうかがっている。今のうちに逃げればいいのに、とラナは思う。

 どさり、とアウネイロスが倒れる音で、農家の家族が再び叫び声をあげた。


「きゃあぁぁ!」

「うわあ」

「うぇーん」

「うるさい人間どもだ」


 その男は口の中でつぶやき、農家の人たちを振り向いた。そして一言。


「眠れ」


 彼らは眠りの魔法にかけられたようにふらふらとその場に崩れ落ちた。

 な、なにこいつ? ラナは警戒した。

 男は再び振り返ると、屍と化したアウネイロスを無造作に払い、ラナのもとにしゃがみ込む。

 その手がラナの頬に伸びる。


「きれいな顔が台無しだ。アウネイロスの毒はすぐに解毒してあげよう。そして一緒に屋敷に帰ろう。身体をきれいに洗ってあげよう。綺麗な服を着せてあげよう。美味しい料理を食べさせてあげよう。

 そして今まで味わったことのない気持ちいい思いにさせてあげよう」


 歌うように言う男。

 ラナの背筋がぞわりと波立った。


「恐怖と嫌悪の感情、実に甘味だ」


 男は舌舐めずりをした。

 ラナは目線だけで相手を殺せるならそうしてやるとばかりに男を睨みつけた。

 男はそんなラナを抱きかかえようとし、ラナの胸元から水の宝珠が零れ落ちた。

 ラナは自分の不覚を呪った。

 アウネイロスにさらわれたときに、宝珠だけは落とさないようにと、胸元に入れていたのだ。それを男に見つかるとは。


「おや、これは?」


 男は青色の宝珠を拾い、しげしげと見つめた。

 ラナは焦った。その焦りの感情を察知し、今度はラナを見つめる。


「これはただのガラス玉かな?」


 ラナは動けていたら、こくこくと何度もうなづいていたことだろう。


「それとも、噂になっている水の宝珠かな?」


 ラナは動けていたら、左右に何度も首をうごかしていたことだろう。

 自分の言葉に対するラナの感情の変化を読み取り、男はにんまりと微笑んだ。


「私は本当にラッキーだよ。美少女と水の宝珠を同時に手に入れることができたのだからね」


 違う。それは青の宝珠じゃない。ラナは必死に叫んだ。心の中で必死に。

 男は宝珠を懐に入れ、ラナを抱きかかえる。


「さあ、一緒に帰ろう」


 いやだ。あたしに触らないで。


「実は私は嫌悪の感情よりも、欲情という感情のほうが好きなんだよ」


 え? ラナは思わず男を見つめた。男の赤い目と目線がぶつかる。


「君にはしばし休養が必要だ。おやすみ」


 ラナは意識は暗転した。

 ほどなくして民家から一台の馬車が出発した。その馬車の後ろに、ぼろぼろの状態になったキャットが必死にしがみついた。

 馬車はアルデイルの町に向かってゆっくりと移動していった。


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