ユーリ、パーティとなった仲間たちに自己紹介をする
同じパーティになった者同士で集まり、それぞれ会話をし始めたところで、一人の騎士が大声で叫んだ。
「講堂は朝の六時には開かれる。それまでにここから退散するように」
講堂内にある掛け時計の針は三時をしめそうとしている。講堂を出て行くパーティが多い中、エルダのパーティはその場にとどまっていた。
エルダのパーティは、聖騎士のエルダ、探検家風のぼざぼさの黒髪の三十過ぎくらいの男、騎士の若者二人に、学生ユーリという構成だった。
エルダの装備は、装飾としての宝石が肩や胸のあたりにはめ込まれていたり、全体に掘られた彫刻が細かく施されている。二人の騎士の装備はエルダと比べて簡素だ。
背中まで流れるブラウンの髪をさらりとかき上げ、緑色の瞳に笑みをのせてエルダは言った。
「お互い、初めて会う人達もいるでしょう。まずはお互いに自己紹介しましょう」
「そんなことをしている時間はあるのか? ほかの隊はもう行っちまったぜ」
言うのは歳は三十半ばほど、がっしりとした体格の見るからに探検家然とした男だ。ぼさぼさに伸びた黒い髪を後ろで無造作に結び、やぶにらみの黒目がちの茶色の瞳でエルダをにらむ。
そんな男にエルダはおくすることなく答えた。
「これから一緒に旅をする仲間よ。得意とする技や苦手な戦い方を聞いておけば、戦いになったときに、お互いに補完しあえるでしょ?」
戦いってなんだよ? とはユーリ心の声である。ただ盗人を探しにいくだけなんじゃないの?
確かにグランデは何があるか分からないから、ある程度の戦闘力のある人間に捜索を依頼した、というようなことを言っていたが、ユーリはまだ現実感がわかない。
「自己紹介の時間はこれから一緒に行動する時間と比べたら些細な時間よ。その時間を惜しんで、戦いになったときに後悔するんじゃ遅いわ」
男は笑みを浮かべた。
「なるほどな。あんたの考えには一利ある。だてに聖騎士じゃないな、エルダ隊長」
エルダは『隊長』と呼ばれて苦笑した。
「最初に言っておかなくちゃね。この部隊では役職で呼び合うのはなしにしましょう。敬語もなしよ」
「え、でもそれは……」
金色の髪を肩で切りそろえた若い騎士が、こげ茶色の瞳をエルダに向けた。エルダは手で制し、「最後まで説明させて」と笑顔を向ける。
「わたしの役職は聖騎士よ。聖騎士になる一つの要素としては剣技に優れていなければならない。けれどね、シグルス」
黒髪の男に目線を向ける。
「あなたと剣だけで戦ったら、きっと勝てないわ」
「剣だけ、ならの話だろう?」
口元を片方だけつりあげて、シグルスと呼ばれた男は笑った。彼はエルダが戦うとき、剣だけでなく、魔法を使うことをエルダの口ぶりから察したのだ。
「そうよ」
エルダは短い言葉で肯定し、微笑んだ。
再び金髪の騎士が口を挟んだ。
「エルダ様、あなたは聖騎士です。ただの騎士である俺、いや私が聖騎士を呼び捨てにするのは……」
エルダは手をパタパタと振った。
「いいのいいの。細かいことは気にしないで、レイク。わたしのことを気軽にエルダと呼んでね」
「は、はい。レイクって、え? 俺のこと、知っているんですか?」
エルダはにこりと笑みを浮かべて頷いた。
「一年前、あなたが新米騎士としてわたしの前に現れたとき、サインをねだったわよね」
「うわぁ!」
レイクと呼ばれた青年は悲鳴じめた声を上げ、空を仰いだ。
「あのとき俺、勢いあまってエルダ様の目の前で、何もないのにすっころんだあげくに、そのまま床を滑って、エルダ様の後ろにいた司祭の男の人に、背中をおもいっきり踏んづけられたんですよ」
「ええ、覚えているわ。あんな出来事、そうそう忘れられないわよ」
エルダはその当時のことを思い出して、くすくすと笑った。
ユーリもそのことを想像して笑いがこみあげてきた。騎士の立場をおもんばかって、笑いをこらえようと頑張った。
それに気づいた金髪の騎士は諦めた口調でユーリに言う。
「我慢しなくていいよ。変に我慢されるより、笑ってくれたほうが俺としても助かるし」
「すみません」
頭をさげるユーリ。
「ほらほら、レイク。わたしのことは様づけで呼んじゃだめよ」
「あ、はい。エルダ……さん。やはり呼び捨ては俺にはできません。せめてさんづけで呼ばせてください」
「しかたがないわね」
エルダがにこりと微笑むと、レイクと呼ばれた騎士は顔を赤らめた。
レイクが黙ったのを見計らって、エルダは皆に向き直った。
「改めまして、わたしはエルダ・フローティア。アクアディア教会の聖騎士よ。よろしくね」
黒髪の男が続けて自己紹介する。
「シグルス・ムラサメだ。傭兵をしている。たまたまこの国にやってきて酒場で酒を呑んでいるときに、教会の連中に声をかけられた」
探検家だと思っていたが、傭兵だったのか、とユーリは思った。
探検家は世界各地を貴重なアイテムを探すことを職業とするが、傭兵は世界各地の戦争に手を貸し、報酬を得ることを職業とする。
魔物との戦いに手慣れているのが探検家、人間との戦いに慣れているのが傭兵だ。どちらも自分の腕一つで身を成していることは共通している。
アクアディア聖国でちかぢか戦争をするという話は聞いたことがない。
そのためユーリは、傭兵がこの国にやってくるの事はないと思い、勝手にシグルスのことを探検家だと思いこんでいたのだ。
思ったことを質問してみる。
「傭兵のあなたがどうしてこ国へやってきたんですか? この国では戦争をする予定はないと思いますが」
「砂漠のど真ん中にある国というのを一目見たくてな。好奇心は探検家だけがもっているものわけじゃないぜ」
白い歯を見せて笑うシグルス。見た目は怖そうな風体をしているが、笑みを浮かべると、途端に面倒見のいい大人の人、という雰囲気になる。
「そうなんですね」
この講堂に集まっていた、いかにも他国からやってきたような人たちの中にも探検家だけではなく、シグルスのように傭兵もいたのだろうとユーリは認識をあらためた。
「次は俺ですね」
金髪の騎士、レイクが言う。肩で切りそろえられた金髪はさらさらで、瞳は親しみを感じさせるこげ茶色だ。肌の色が白くて、体の線が細く、きれいな顔をしているので、黙っていれば女の子のようだ。
「レイク・ウィンストンです。将来の夢はエルダ、さんのような聖騎士になることです」
「まあ。うれしいことをいってくれるわね、レイク」
エルダが言うと、レイクは照れ臭い笑みを浮かべた。
今まで黙っていた短髪の黒髪、黒い瞳の青年が口を開く。
「騎士のアルベルト・デントルです」
律儀に頭を下げて挨拶する。
「レイクとは同期です。若輩者ですが、戦力になれるよう尽力します」
アルベルトは浅黒い肌に短髪の黒髪で、がっしりとした体格をしている。背もこのパーティの中では一番高い。
促すようにエルダがユーリを見た。
「僕はユーリといいます。アクアディア学院の学生です」
姉と同じく栗色の髪に、瞳は緑色の瞳をもつ姉とは違い、父親似のハシバミ色の瞳で、弱気に自己紹介するユーリ。
「みなさん、それぞれ実力のある方々のようですね。そんな中、どうして僕が捜索隊の頭数になったのか自分もわからないんですが……」
「説明がまだだったわね、ユーリ、あなたは盗人に制服を盗まれ、教会の中では会話もした。
一時は盗人と共謀したのではという疑いがかかったけれど、ティテスの天秤と星読みの結果で疑いは晴れたわ」
「うん」
「けれど、盗人と縁ができてしまった。その縁で再び盗人と接触する可能性が高いと星読みの占ででたのよ。そのため捜索隊に参加させることになったの。
これは教会側の決定よ」
「そんなぁ」
悲鳴じみた声をあげるユーリ。
父親が若い頃に使用していた杖をうらめしそうに見つめる。手首にはめいチャームから緑色の石がきらりと輝いたが、ユーリの心の慰めにはならなかった。
教会お抱えの占術師も余計な占を出したものだとユーリは思う。しかし、占で出たものをおざなりにはできないのも事実だ。
ユーリお気に入りのマンガの世界では、占いは遊び半分に扱われ、代って確率、統計が重要視される。そっちのほうがどんなに楽かと思う。計算で将来が決まるのだから。
しかしこの魔法の世界では、人の思いが将来を左右することがある。思いが強ければ、もともと描かれていた将来が覆されることもあると言われている。
「学生、捜索のお荷物になるんじゃないぞ」
シグルスがやぶにらみの目を向ける。
慌てて返事をするユーリ。
「はい。気をつけます」
「この子の治癒魔法はなかなかのものよ。もし戦闘になることになったら役に立つと思うわ」
『戦闘』という言葉に、再びユーリは心がざわついた。
エルダは改めて自分のパーティの仲間となった四人を見回した。
「戦力の確認をしましょう。わたしたちのパーティは騎士が三人、戦士が一人、僧侶が一人」
ユーリは内心焦った。エルダが言う僧侶とは自分のことを言っているのだろう。しかし治癒魔法が使えるだけで、ただの学生の自分が僧侶とみなされることはおこがましいと思えた。異を唱えようとするが、エルダはユーリの心境とはおかまいなく言葉を続ける。
「魔法を使えるのわたしと、ユーリのほかにいるかしら?」
レイクが手をあげた。
「俺、浄化と、氷の攻撃魔法を少しだけ使えます」
「氷の魔法ね。どんな魔法を使えるの?」
「創造魔法なんですけど、確実に出現できるのは、『氷の礫』と『氷柱』です」
「頼もしいわね。実戦的なことを聞くわよ。レベルはどれくらい?」
「レベルはあまり自慢できるものではないんです。浄化は五十。水の攻撃魔法は三十くらいです」
そんなレイクの言葉に、エルダは嬉しそうに頷いた。
「充分よ、戦力になるわ。わたしは炎系魔法を七十。浄化の魔法が九十よ。
炎系魔法では、炎球と、炎の魔法を武器に付与する魔法が使えるわ」
「付与魔法か。高度な魔法を使えるんだな」
感心するように言うシグルスに、エルダは笑みで返し、ユーリのほうを見た。
「ユーリはどうだったかしら?」
「支援魔法で加速が三十。体力強化が二十。治癒魔法は六十だよ」
ヒュウ、とシグルスが感心するように口笛を吹いた。
「治癒魔法が六十か。すげえな、学生」
魔法のレベルの計算方法はさまざまあるが、もっとも利用されているのは最上位魔法をを百として換算するものだ。治癒魔法が六十というのは、例えていうならば真っ二つにされた腕でも、すぐに治癒魔法をかければ元にもどせるというくらいの力である。
「次に使える武器の紹介に移りましょう。わたしが戦いで使用するのは剣よ」
「俺は大剣だ。魔法は使えねぇ」
「その腰に下げている斧は?」
「ああ、これは剣が使えなくなった時の予備みたいなもんだ」
「わかったわ」
エルダは頷いた。
レイクが口を開く。
「俺はエルダさんと同じく剣です。魔法を使用するときは、魔法構成に集中するため、防御が甘くなるので、その時は誰かに援護してもらいたいです」
「分かったわ。みんなも覚えておいてね」
次にアルベルトが口を開いた。
「俺は魔法は使えません。そのかわり、剣と槍、どちらも使えます。槍のほうが得意です」
シグルスとアルベルトは、魔法は使えないと言ったが、正確には魔力が低く実践的には使えないということだ。
そのかわり、シグルスは剣術に特化しており、アルベルトは魔法が使えるレイクよりも、剣と槍とも腕は上である。
それは武術と魔法、どちらの特訓に時間をかけたを物語っている。
「ぼ、僕は……」
ユーリが戦いはあまり得意ではないことを言おうとすると、その前にエルダがやんわりと言った。
「ユーリは援護魔法でわたしたちの援護してちょうだい」
「う、うん」
エルダはパーティとなったみんなを見回してにこりと微笑んだ。
「わたしたち、いいパーティになれそうね」
そこに、気づかわしげに司祭が声をかけてきた。
「もうすぐ開講の時間ですので」
壁にかけられた時計を見上げると、時刻は五時を過ぎていた。
「出ましょう。続きは歩きながら話すわ」
講堂の出入り口に、何かが詰まった革袋が長テーブルの上に置かれていた。数は五つ。それは腰につけるタイプの小さなものだった。
近くにいた騎士が話しかけてきた。
「君たちが最後だよ。捜索隊用の備品だ。一つずつ持っていきなさい。回復薬、解毒薬、月見草がそれぞれ二つずつ。三角巾が二枚だ」
ユーリ達はそれぞれ礼を言って革袋を手に取り、外に出た。
捜索隊用の備品
ドラクエ風に言うと
回復薬 薬草
解毒薬 毒消し草
月見草 満月草
という感じです。
ひさしくRPGやってません……。
ドラクエ、やりたいなぁ。
もちろん、ファイナルファンタジーも!