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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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寄り道話、ソレイユのパーティからいなくなった男

いつも読んでくださってありがとうございます。

こちらは本編とは関係ありません。

ソレイユのパーティのメンバーで一人抜けた人がいるのですが

その人のお話をしたくなってしまいました。


本編は今から一時間後に投稿予定です。

 ちきしょう、なんであいつがこんなところにいるんだ。

 俺は口の中でごちた。

 俺は殺し屋だ。ターゲットの殺しに失敗して仲間に命を狙われ、この国に逃げてきた。

 砂漠の中を三日三晩歩かなければたどり着けない聖なる水の国。ここまで逃げてきた後は、しばらくの間、大人しくしていれば、一介の殺し屋の俺のことなんて、やつらは忘れてくれるだろう。

 殺し屋も雇い主も、殺される奴も、この世に次から次へと湧いてくるんだからな。

 あいつは仲間内でパーフェクトキラーと呼ばれていた。依頼された殺しを確実に実行するからだ。

 殺される相手がどんなにやっかいやつでも、奴は確実に殺した。

 あいつの生い立ちは噂でしか聞いたことがないが、十歳の頃には、人殺しに手を染めていたそうだ。

 噂でしか知らなかったやつと会ったのは、とある屋敷の住人をすべて根絶やしにするという依頼を受けて、何人かの殺し屋と一緒に仕事をしたときだった。殺し屋の中にあいつがいた。

 会ったときから、あいつは異様な雰囲気だった。黒い瞳はらんらんと輝き、残忍そのものの形相をしていた。背後から影のオーラが見えるようだった。


「あの屋敷には、名うての護衛が何人もいるらしい」


 仲間のうちの一人がいうと、あいつは質問をしてきた。


「名うての護衛? どんなやつらだ?」

「一人は剣士で、その腕はかなりのものらしいぞ。地の魔法にたけ、魔法で鋼鉄の鎧をまとい、自分の周りには、鋼鉄の盾を何枚も出して自分の守備を完璧にした状態で剣を振るってくるらしい。

 もう一人は魔法士だ。地の魔法を得意とし、地面や空中から鋼鉄の槍を出現させて、串刺しにするらしい。その槍の数が半端ないそうだ」

「それは殺しがいがある」


 にやりとあいつは笑った。強敵を相手に戦うことを狂喜しているような笑みだった。

 打ち合わせで、屋敷の住人を刺激しないようにひっそりと侵入し、一人ひとりつぶしていくことになった。

 が、いざ蓋を開けると、あいつは独断で前に突き進んだ。屋敷の正面から入り、ちょうどそこにいた二人のメイドのうち一人の首をかききると、その隣で悲鳴をあげるメイドの首をねじって黙らせた。

 騒ぎを聞きつけてやってきた警備の人間たちを次から次へと屠り、護衛の剣士の守備をかいくぐり、わずかな鎧の隙間から剣士の目をうがち、魔法の守備がゆるんだところで、首をはねた。

 あまたの矢のように降ってくる魔法士の鋼鉄の槍を俊敏な動きで交わしながら魔法士に近づくと、詠唱を唱えようとしている魔法士の口の中にクナイを打ち付け、詠唱を止めさせた。

 ものの五分もかからないうちに、屋敷で生きているのは、俺を含む今回雇われた殺し屋だけという状況になった。

 殺し屋として雇われたのに、俺は何もできなかった。やろうとしたら、すでにあいつがすべて終わらせていた、という状況だ。


「おまえ、強いな」


 俺はあいつに声をかけた。


「剣士と魔法士には期待していたんだがな。

 物足りないぜ。

 もっと強いやつとやり合いたいものだ」


 あいつは残忍に笑った。

 俺は悟った。こいつは、人を殺すのが楽しくてしょうがないのだ。相手が強ければ強いほど、殺しがいを感じる。そういうやつは殺し屋家業に多くいる。

 ほとんどのやつはそんな自分に酔っているだけの道化にすぎない。

 しかし、こいつは本物だ。

 こういうやつとは深く関わりにならないほうが利口というものだ。


「また一緒に仕事をするときにはよろしくな」


 言って俺はそいつに背を向けた。


「その前に俺に殺されないように気をつけろよ」


 背後かかけられた言葉に、俺は背筋が凍った。すぐにでも走ってにげたいのを我慢して、ゆっくりとした足取りであいつから離れた。

 殺し屋が殺し屋を殺すということもまあ、よくある話だ。

 俺みたいなペーペーが目をつけられる心配はほとんどないが、もし万が一、あいつに命を狙われたら俺なんか、赤子の首をひねるより簡単に殺されてしまうだろう。

 あいつとは一生、会いたくないと、その時思った。

 それなのに。

 あいつはいた。このアクアディア聖国に。

 それも、なんとかという玉を盗んだやつを探すために集められたパーティの中にいた。よりよって俺と同じパーティだ。

 久しぶりに会ったあいつは以前とは雰囲気が変わっていた。

 内側からあふれ出ていた殺気がなくなっている。

 しかしあいつであることに変わりはない。殺しに失敗した俺を追ってやってきたのか?

「自分にはやっぱり無理です。辞退します」


 俺はあいつから逃げるようにパーティから抜けた。

 町明かりも途絶えた深夜の街中を歩き、開いている店を探して中に飛び込んだ。

 こんな日は、一杯でも飲まなければ寝つけそうにない。

 琥珀色のアルコールをあおるように喉に流す。俺は酒に強いほうではない。こんな呑み方をしたら、いつもならすぐに酔いを感じるはずなのに、それがやってこなかった。よっぽど、やつに出くわしたのが効いているのだろう。

 二杯目を頼むと、すぐさま俺の前にグラスは置かれた。

 それに手をかけよとしたとき、すぐ隣で誰かが声をあげた。


「マスター、私にもロックを」


 いつの間に隣に座っていたのか。まったく気づかなかった。俺は隣のやつを見た。


「――っ!」


 俺は息を飲んだ。そこにいたはあいつだった。


「お、おま……」


 言葉ができない。あいつはそんな俺に目線を移すと、静かに口を開いた。


「私のことを知っているようですね」

「俺のことを追ってきたんじゃないのか?」

「違いますよ」

「そうか……。ハハ、安心したぜ」


 俺は一気にグラスをあおった。

 ちょうどそこにあいつの酒が運ばれてきた。


「オヤジ、俺にもう一杯同じものを」


 店の男は目だけで頷いて、空になったグラスとアルコールの入ったグラスを交換した。 あいつが自分のグラスをもたげる。


「再会に」


 俺も自分のグラスをかかげた。


「再会に」


 チン、という心地よい音がした。

 俺はグラスの液体を今度はあおるようにではなく、なめるように一口、口をつけた。

 胃のあたりがぽかぽかと暖かい。ようやく酔いが回ってきたようだ。あいつが俺を追ってきたわけではないということに安堵したからだろう。

 酔いがもたらす解放感に促され、俺はあいつに語った。


「あんたは俺のことを忘れているかもしれないが、俺はあんたと一度だけ一緒に仕事をしたことがある」

「ほう。いつでしょう?」

「メルディアの屋敷の住人を根絶やしにした仕事、覚えているか?」

「はて。どんな屋敷のことだったか。いろんな屋敷の住人を手にかけたもので」

「メルディアのだんなはいたるところから恨みを買っていた。それを自分でも理解していて、名うての護衛を雇っていた。鋼鉄の剣士と、鋼鉄の槍を操る魔法士だ。あんたは二人ともいとも簡単に殺した」

「ああ、あれですか、思い出しました……あの時が一番人を殺していた時期です」


 琥珀色の液体の中で、ゆらめきながら溶けていく氷を見つめながら、あいつは言った。

 静かだ。こいつはこんなに静かな男だったか。以前会った時はもっと内側から殺気のようなものがあふれていたと思うが。


「あんた、雰囲気が変わったな」

「あれからずいぶんと時も経ちましたからね」

「言葉遣いも昔はもっとぞんざいな話し方だった」

「意識してこういう言葉遣いをしているのです。気を抜けば、いつでも私の中の闇が表に出てきてしまうので」


 その言葉を聞いたとき、俺は背中がぞくっと総毛だった。


「……」


 唇に静かな笑みを浮かべるあいつを、俺はただ黙って見つめた。

 こいつの本性は変わっちゃいない。今も昔も人を殺すことを欲している。

 今は、理性か何かの力でその感情を抑え込んでいるようだが、いつその首をもたげるやもしれない。

 だからこそ、俺はこう聞かざるを得なかった。


「どうしてあんたは今、ここにいるんだ? さっきも聞いたが、俺を追ってきたんじゃないだろう?」

「殺し屋家業はやめました。今はこうしてふらふらと各国を旅する自由人ですよ」

「へえ」


 本当だろうか。そう思いながらも相槌を打つ。


「よくやめることができたな。仲間がゆるさなかっただろう?」


 殺し屋家業の足抜けは簡単ではない。俺みたいに殺しに失敗した場合、仲間から報復があるのと同様に、足抜けしようとすると仲間の報復があるのが定石だ。


「追ってきたやつらは皆、殺しました」


 なんともない口調で言った。


「そ、そうか。まあ、あんたぐらいの腕があれば簡単なことだろうな」


 ただ逃げるだけの俺とは違って、と続けようとして、さすがに自分で自分が情けなくて口をつぐむ。

 それによりなにより、追っ手をみんな、殺しただって? どんだけ殺したんだこいつ。

 俺はこいつと一緒に今、酒を交わしていることが恐ろしくなってきた。


「俺はそろそろ行くわ」

「良い旅を」

「おう、お互いにな」


 席を立つと、背後からあいつは声をかけてきた。


「この国の宝珠のこと、他国に口外しないほうがいいですよ」

「え?」


 思わず振り向くと、あいつは静かな目でこちらを見つめていた。


「自分の命が惜しければ得にね」


 俺は不安にかられた。思わず体ごと振り返り、問う。


「ど、どういうことだ?」

「この国を牛耳っている人間達も馬鹿ではないでしょうから、それなりの対策は打つでしょう。そして、もし私が雇われたら、適格に任務をこなすでしょうね」

「わ、わかっているさ。しかし、どうしてそれをあんたが俺に言うんだ? あんたはこの国の人間じゃないだろう」

「この国が気に入ったからです」


 あいつはさわやかに笑った。その笑みの裏にどんなどす黒い感情が流れているのだろうか。

 そのことを想像するだけで、俺は怖くて怖くてどうしようもなかった。

 店を飛び出すように出ると、俺は宿屋に戻り、布団をかぶってぶるぶると震えた。

 金輪際、あいつとは会いたくない。

 会いたくないんだ。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

次回は本編に戻ります。


どうぞよろしくお願いいたします。

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