ユーリ、ラナと逃避行する
「さあ、行くわよ。ユーリ、あたしの動きについてきて。ついてこれなかったら、怪我をするか、運が悪ければ死ぬわ」
「うん……」
ラナの物騒な言葉にユーリは相槌を打った。
その間にアルベルトはブラッドラビッドに対峙していた。お互いに様子を見ている。どちらかが動いたときが勝敗が決まるときになりそうだ。
その間に、他の魔物がユーリとラナに向かってやってきた。それはイノシシのような姿をしていて、牙はイノシシよりも大きく、獰猛そう顔つきをしていた。そいつはまさに突進してきた。
ユーリとラナは別々の方向に逃げた。二人を繋げている鎖がぴんとはり、魔物の頭が鎖にめり込む。体制を崩すユーリとラナ。ラナは体制を崩しながらも、その反動を利用して、足蹴りを繰り出し魔物のこめかみにヒットさせる。脳震盪を起こした魔物はその場に倒れた。
ユーリの背後から別の魔物が襲いかかってきた。見た目はカマキリのような姿をしている。違いは、鎌のような前足が左右に日本ずつあることとだ。大きさは大人の人間より少し小さいくらい。
ユーリはまだ気づいていない。ラナは、無言で鎖ごとユーリをひっぱって魔物の攻撃を避けさせた。
が、ラナに無理やりひっぱられたせいで、気付いたらユーリの右手がラナの胸をおさえこんでいた。
「また、あんたって一人は!」
「い、いやこれは誤解だ。事故だよ」
再びびんたの洗礼を受けるユーリ。理不尽だと思う。
そこに、ブラッドラビッドの戦いの決着をつけたアルベルトがやってきて、カマキリの魔物と対峙した。背中越しにユーリに叫ぶ。
「ユーリ、ラナと一緒に逃げるんだ」
「みんなが戦っているのに、僕だけ逃げるわけにはいかないよ」
言っている矢先に、脳震盪から回復したイノシシ型の魔物が、ユーリに向かって襲ってきた。
ユーリにとってはまったくの不意打ちで対応に遅れる。硬直するユーリの目の前で魔物が胴をまっぷたつになってその場に崩れ落ちた。ラナが一閃したのだ。
「う、あ」
悲鳴とお礼の言葉が一緒になって変な声をあげるユーリ。
「行け。森を抜けたら一番近くの大きな町の教会に行って連絡を取れ」
「でも……」
「ここで、ユーリとラナが魔物に殺られたら、エルダさんたちが前衛で戦っている意味がなくなる。俺たちのためにも行け!」
「こっちよ」
ラナは強引にユーリの手を取り、森の中に向かって走り出した。
ラナにひっぱられるようにしてその場から離れるユーリ。
お互いの息遣いだけが聞こえる中、思わぬところに伸びている樹の根に転びそうになり、蜘蛛の巣に頭を突っ込みながら、しばらく走り続けた。
喧騒が遠ざかり、あたりの雰囲気が静かな森に変わる。
「ここまでくれば大丈夫ね」
どこからかキャットが飛んできて、ラナの肩に止まった。
「みんな、大丈夫かな」
「仲間を信じなさい。聖騎士のパーティなんでしょ?」
「うん」
「エルダたちには悪いけれど、これはあたしにとっては好都合よ。あんたがもっている青の宝珠をちょうだい」
エルダは氷でできたフェイクの水の宝珠を掲げて魔物と戦っているが、本物はユーリが持っているのだった。
そのため、エルダたちはユーリを魔物たちから遠ざけようと行動したのだ。
「なんだって? 君がそうするなら、僕は君と戦わなくゃいけない」
「あたしに勝てると思っているの?」
「も、もちろんだよ」
ユーリは強がって言った。
「こんな鎖、こうしてくれるわ」
ラナは剣で鎖を切ろうとした。しかし、鎖は切れず、剣のほうが刃こぼれした。
「なんて固い鎖なの」
「この鎖は囚人用だからね。ちょっとやそっとじゃ切れないように作られているんだ」
「鎖が切れないなら、あんたの腕を切るまでよ」
ラナはユーリに向かって、剣を構えた。
「本気なの?」
「あたしは村を救いたい。そのために青の宝珠の力が必要なのよ」
ラナの言葉に同意し、ユーリをけん制するように、ラナの肩の上でキャットが小さな翼をパサリと開いてみせた。
ユーリはじりじりと後方に下がり、間合いをとろうとする。しかしすぐに鎖がぴんとはった。
ラナが動いた。キャットがぱっとラナの肩から飛び立つ。
ユーリは瞬時に悟った。このままではやられる。
ラナは本気だ。ラナには村を救いたいという強い思いがある。そのためなら、自分を殺すことすらいとわない。
しかし、自分にも大義はある。自分とラナをここまで無傷で魔物の大群から逃してくれた仲間たちの思いを背負っているという義理がユーリにはあるのだ。
ラナの気持ちには同情する。けれど僕にも水の宝珠を守らなければならない責任があるんだ。
どうするべきか考えを巡らせる。
ラナは、スピード、力とも、半分になる効果がある戒めの首輪をしている。しかし、その効果が本当に効いているのか疑うほどの実力で、魔物を倒したラナをつい先ほど目の当たりにしたばかりだ。
魔法で自分の動きを加速しても、ラナの速さにはついていけないかもしれない。
ならばどうするか? そこまで考えてユーリの頭の中にとある方法が思いついた。それを実現するためには、今まで使用したことのない魔法にトライしなければならなくなる。けれど、今ならきっとそれはできると直感する。魔法の構成と理論、呪文は学校の授業で学んでいる。
浮かんでくる構成をしっかりと心の中で編みながら、呪文の詠唱を始める。
ユーリが呪文の詠唱を始めたため、ラナは身構えたが、その詠唱が自分も知るものだと気づいて、力を抜いた。
「時の神クロノスの加護を
彼の者の時の流れを
変えよ
」
「速さであたしに勝てないから自分の速さを加速するつもりね。あたしは半分のスピードしか今は出せないけれど、それでも加速したあんたのスピードには負けないわよ」
自信満々に言い放つ。ユーリはラナの言葉には見向きもせず、魔法の詠唱を続ける。
求める速さは
月、太陽、月、太陽
減速せよ」
ユーリは杖をラナに向けた。
「えっ?」
ラナは想像していた魔法とは違うユーリの魔法に驚き、そしてその魔法が自分に向けられたことで、さらに驚いた。
ユーリが発動したのは、「加速」とは逆の効果のある「減速」だ。
加速では、太陽、月と唱えたが、減速の場合は、月、太陽と、月のほうを時に唱える。そして月と太陽を二回繰り返したので、動きはもとの半分になるのだ。
時の神クロノスとの魔法契約で使用できる魔法は、加速、減速、停止の三種類。その中でも停止魔法は、高レベルの魔法だ。
ユーリは今まで加速しか使えなかった。それがこんな切羽詰まった状態になって、自然と減速の魔法の構成が頭に浮かんだことは僥倖だった。
ラナがユーリの手首を切ろうと剣を下ろす。しかしその動きは遅く、ユーリでも避けられる。
ラナの一度目の攻撃を避け、
「加速せよ」
ユーリは自分に魔法をかけた。
ラナの剣を握っている手を取り、剣を奪おうとする。が、ラナの力のほうが強くて、奪えない。焦るユーリに、ラナが身体ごとユーリにつっこんできた。
「うわぁ」
体制を崩して、そのまま後ろに倒れこむユーリ。ラナは機を逃さず、ユーリに向かって剣を振り下ろした。
ユーリの目からは、その動作は緩慢に見える。
だからユーリには考える時間があった。いくら魔法でこちらが有利になっているとしても、このままラナと戦っていたら、自分がやられるのは時間の問題だ。
しかし、魔物たちをひきうけ、自分を逃してくれたエルダたちのためにも、ここでむざむざラナに水の宝珠を渡すわけにはいかない。
ユーリは地面を転がってラナの攻撃を避けた。ラナの剣がユーリがさっきまでいた場所の地面にめり込む。ラナが身体をおこすより先に、ラナの目の前にすっと魔法の杖を向けた。
「君がそのつもりなら、僕も覚悟を決める」
ユーリの目が真剣みを帯びる。今まではエルダたちの後ろについていくだけだったが、今はそのエルダたちの思いを背負っているのだ。
そのことがユーリの覚悟をより強くさせる。
「言うわね」
ラナはすべるように後ずさり、体制を整えていた。減速の魔法をかけられているのに、そのことを忘れさせるほどすばやい動きだった。
「ガオォー!」
突然、魔物が割り込んできた。熊型の魔物で、有名な魔物のため、ユーリもその名は知っている。キラーベアという名の魔物で、通常の熊の大きさの二倍はある。キラーベアは雑食性で力が強い。森を分け入って獲物を捕獲する猟師に恐れられている魔物だ。
キラーベアは近くにいるラナのほうに襲い掛かった。ラナは対抗しようとするが、ユーリに減速の魔法をかけられていて動きが遅い。
「ラナ!」
ユーリは鎖をひっぱってラナを自分の元に引いた。いきなり首輪をひっぱられラナは体制を崩し、倒れそうになる。それを支えるユーリ。意図せず、抱きしめる形になってしまった。あわてて離れるラナ。鎖がピンと張る。そこに再びキラーベアが前足を振り下ろしてきた。鎖が見事に引きちぎられた。
「そんなぁ!」
驚くユーリ。
「ちょっとやそっとじゃ切れないんじゃなかったの?」
ラナの言葉はゆっくりとしたスピードとなってユーリには聞こえる。
「人間のちょっとやそっとだよ。魔物の力は問題外だ。それもキラーベアだなんて」
逆にユーリの言葉は、早すぎてラナにはきちんと聞き取れない。
ユーリとラナは隣り合った。
「あたしにかけた魔法を解いて。このままじゃやつには勝てないわ」
ラナの言葉はゆっくりすぎるため、最後まで聞かなくてもユーリにはラナの言いたいことが分かった。ラナに杖を向け、呪文を唱える。
「解除せよ」
ラナのかけられた魔法が解除された。
「よし」
気合を入れてラナはキラーベアに向かっていった。
キラーベアはラナがどんなに切り込んでも表面に浅い傷しか付けられなかった。油断していると、キラーベアの鋭い爪が身体をえぐろうとする。
目をねらって剣を突き出したラナの剣を、キラーベアは分厚い皮の手でつかみ、剣をもっているラナの身体ごと、地面に叩き落とした。
「っぐ……」
全身が衝撃で動けなくなる。その場にいたらキラーベアにやられてしまうので、地面を転がるようにとして、キラーベアから遠ざかり立ち上がって体制を整える。
両手で剣を構えようとして気付く。強く地面にぶつけられた左肩がいかれていた。左肩をだらりとさげたまま右手だけで剣の柄をにぎる。
まずいわね。ラナは思う。
戒めの首輪の鎖が切れたおかけで、自分の力もスピードも通常のものに戻ったが、それでも片腕が使えない状態で、目の前の魔物を倒すのは簡単にはいかないとラナは危惧する。
「治癒せよ」
ユーリの癒しの魔法がかかり、左肩の痛みが消えた。
「減速せよ」
今度はキラーベアに魔法がかけられる。
ラナは剣を両手で持ち、キラーベアに向かって行った。狙うのは心臓。鋭い爪の防御をかいくぐり懐に入る。
「はぁ!」
気合の声とともに、心臓に突き刺す。深く、完全に心臓に届くように力を加える。手ごたえを感じると、ラナはすぐさまキラーベアから離れた。
「ガアオオオゥ!」
その場であばれまわり、胸に刺された異物を自らの手で取ろうとする。たいした手間もなくそれは行われ、剣が引き抜かれると、大量の血が噴出した。そのままキラーベアは仰向けに倒れた。
ラナは剣を数回振ってキラーベアの血を振り落とし、最後に懐からハンカチを取り出すと、丁寧に血を拭き、鞘に納めた。その工程は最初にラナと出会った時、夕日の中でワイルドウルフを全滅させたあとにラナがした工程と同じだ。
あれから二日しか経っていない。あのときはラナとこうして対面して戦ったり、共同して魔物と戦ったりすることになるなんて、思ってもいなかった。
ユーリはラナに近づいた。
「ラナ」
「なに?」
「頬が切れてる」
「え?」
あわてて手でふれると痛みがはしった。キラーベアと戦ったときに、キラーベアの爪がかすったらしい。
「触らないで。今、治すから」
ユーリの治癒魔法の元、ラナの傷がふさがっていく。ユーリは流れた血を指の腹でなでるように拭った。
「あ、ありがと……」
なんだか照れくさくて、目線をそらしながら礼を言うラナ。話題をそらすようにラナはユーリに質問した。
「どうして逃げなかったの?」
ユーリには自分がキラーベアと戦っている間に逃げる時間は充分にあったはずだ。それなのに、逃げるどころか加勢してくれたのだ。
「ラナもどうして今、剣を納めて僕の前に立っているの?」
今のラナからはユーリの持っている水の宝珠を奪おうという殺気だった気配がなくなっている。
二人は協力して強敵を倒した信頼にも似た不思議な感覚を共感していた。




