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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ユモレイクの森に向かう

 次の日の朝、


「おはよう、みんな、さあ、出発するわよ」


 エルダの元気の良い挨拶とともに、ユーリ達はユモレイクの森に向かって移動を開始した。

 エルダが御者台に座り、その隣にレイクが座っているのはおなじみの光景だ。馬車の中ではユーリとラナが隣同士に座り、反対側にシグルスとアルベルトが座っている。

 ユーリがラナの隣に座っているのは、ラナに付けられた首輪と鎖で繋がった取っ手をユーリが自分の腕に通しているからだ。ラナが逃げ出さないように絶対に取っ手を離さないようにと、エルダから言われている。


 念押しするユーリにラナは、きつい目線を向けただけだった。


「昨日の夜、何か行動を起こすかと思っていたよ」

「そうしたかったけど、エルダとおじさんが頑丈に見張っていてできなかったわ。もし動いたとしても、すぐに捕まっちゃうことが目に見えていたんだもの。これから時、まだ青の宝珠を奪うチャンスはあるとあたしは思っているから」


 ラナが姉のことをエルダと名前で呼び、シグルスのことをおじさんと呼ぶのがユーリにはなんだかおかしかった。


「ラナはまだ『水の宝珠』を『青の宝珠』と呼ぶんだね」

「どう呼ぼうとあたしの勝手でしょ?」


 ほどなくして御者台の上からエルダが声を張り上げた。


「ユモレイクの森に入るわよ」


 ユモレイクの森は雰囲気はごくごく普通の森と変わらなかった。このまま何事もなく通り過ぎることができればいいなぁとユーリは思った。

 一時間ほど経ったころ、突然、馬車が止まった。

 御者側にいたラナのほうに身体がぐらりと身体がかしぐ。気付けばユーリの右手がラナの胸を思いっきりつかんでいた。


「うわ、ごめん」


 あわてて手を離す。


「あんたって人は!」


 ラナの平手が飛んでくる。

 避けられたとしてもこのびんたは避けるべきものではない。びんたの洗礼を受けると同時に、エルダの緊張感のこもった声が聞こえた。


「魔物が現れたわ。みんな、戦いの準備をして」


 ユーリは魔法杖を握った。シグルスとアルベルトが先に外にでて、その後でユーリはラナと一緒に外に出た。

 ユーリはわが目を疑った。

 魔物の大群がそこにはいた。先頭に上位魔物のミノタウロスが一体、その後ろに二体のアウネイロス。その後ろには、ワルイドウルフをはじめ、熊のような姿をした魔物や、黒い兎のような魔物など、その数は見えるだけで百はいそうだ。

 シグルスがおどけたような口調で言った。


「すごい数だな」


 その口調とは裏腹に、目つきが真剣だ。

 二人の騎士も、武器を構えながら言った。


「これほどの数の魔物がユモレイクの森とはいえ、一か所に集まるのは不自然だな」

「待ち伏せされた?」


 アウネイロスの周りを人間ほどの大きさの生き物がコウモリのような翼でパタパタと飛んでいた。ユーリはぴんときた。


「あのコウモリみたいなやつ、キャットコウモリだ。フルレの村の廃墟にいたやつだと思う。きっとラナが水の宝珠の力を使ってマンティコアを倒したのを見てて、そのことをユモレイクの森の魔物たちに知らせたんだよ」

「その推測はおそらく当たっているわね。もしそうだとしたら、やつらの目的は水の宝珠! 魔物に水の宝珠を渡すわけにはいかないわ。迎え撃つわよ」

「おう!」

「はい」

「了解」


 仲間が威勢よく返答する中、ユーリだけは無言だった。

 牛の頭に人間の胴体を持つミノタウロス。その体は筋骨隆々としていて、右手にはユーリの背丈くらいはある金属のこん棒を持っている。

 そして、コウモリのような翼を持ち、後ろ足は鷹、前足は大型猫といった姿をしているアウミイロス。力強い後ろ足で人を巣まで連れ込み、ゆっくりといたぶりながら食べるのを好むという。

 どちらもユーリはお話でしか聞いたことがない上位魔物だ。

 いくら自分たちのパーティが強いからといっても、上位魔物が三体と、数えきれないほどの魔物を相手に、勝てる気がしない。

 昨日、みんなの役に立ちたいと心の底から思ったはずなのに、目の前の光景に、足元から震えが襲ってくる。


 馬を馬車から外しながら、エルダは指示を出した。


「わたしとシグルスが前衛にでます。ユーリはラナを監視しながら、反対方向に全力で走りなさい。アルベルトはユーリたちの援護を。レイク、こことユーリが逃げる方向の間に、巨大な氷の壁を出して」

「巨大な壁ですか?」

「壁で遮って時間稼ぎをするのよ」

「はい! わかりました」


 ラナが叫んだ。


「あたしも戦えるわ。剣を返して」

「ラナには剣は渡せない。分かっているでしょう?」


 そんな会話をしている間にも、ミノタウロスを先頭に魔物達が近づいてきた。

 ミノタウロスがこん棒に似た金属の棒を振り上げながらこちらに向かって駆けだす。地面に足がつくたびに地面が揺れる。

 エルダがミノタウロスに向かって剣を構える。そこに、上空に舞い上がったアウネイロスがエルダに襲い掛かってきた。アウネイロスの爪がエルダをえぐろうとする。が、その前に、気合のこもったシグルスの刃がアウネイロスを威圧し、攻撃の軌道をずらした。そのまま不時着したアウネイロスが自分の攻撃に割り込んできた人間を睨む。


「お前の相手は俺だ」


 シグルスがアウネイロスに剣を向けた。

 ミノタウロスのこん棒がエルダに振り下ろされる。

 それは地震のような振動を与えて、地面に食い込んだ。エルダはミノタウロスの攻撃を直前で避け、ミノタウロスの背後に回り、横殴りに長剣を振った。

 ミノタウロスはその巨体にも拘わらず敏捷な動きでエルダの長剣をかわした。

 エルダは剣の構えを変えた。右脇に剣を槍のように構え、剣先をミノタウロスに定める。


「本気で行く」


 次の瞬間、熱風が起きた。


「ぐわぁぁぁ!」


 ミノタウロスは自分に何が起きたのか理解しないまま、身体の内側から強烈にやってきた苦痛に悲鳴を上げた。

 ミノタウロスの身体は強靭だ。通常の人間の腕では、傷つけることすらできない。

 そのミノタウロスの体の真ん中にエルダは剣を突き刺し、ミノタウロスの体の内部から炎を展開したのだった。


「すごい……」


 ユーリは姉の戦いぶりに呆然とした。ミノタウロスの後に続いてた魔物たちが、襲う気力をそがれたようにその場にとどまった。

 その間にシグルスとアウネイロスの戦いは続いていた。


「かぁっ!」


 シグルスが二体いるうちの一体のアウネイロスの翼を裂傷させた。飛行バランスを失ったアウネイロスは地面を滑るようにして、着地した。

 氷の壁を造形するため、呪文の詠唱を始めようとしたレイクは、エルダがあっという間にミノタウロスを倒したのを見て、はたと呪文の詠唱を止めた。

 戦いの状況を再確認する。上位魔物三体のうち、一体はすでに倒された。二体のアウネイロスも、シグルスとエルダならさほど時間をかけずに倒せるだろう。

 厄介なのはその他の魔物の数だ。数は多いが、自分やアルベルトでも対抗できる相手だと見て取れる。

 やつらの目的は持ち主の願いを叶える効果のある水の宝珠なのだ。その宝珠が通常の魔物の手に落ちて、魔物は水の宝珠の力を使って、自分の力を果てしもなく強いそれへと望んだ場合、上位魔物よりも厄介な存在になる。

 それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 そのために自分ができることをレイクは思いついた。呪文の詠唱を再開する。


「氷の神アイスレイナに願う


 それは国の宝

 青く輝く宝石


 我は創造する

 水の宝珠」


 レイクの手の中に氷の造形物が生まれた。

 ミノタウロスが殺られて、一時魔物たちは動揺したが、すぐさま我に返り、こちらに向かってきた。

 エルダが再び剣を構えたとき、レイクがエルダのもとにやってきた。


「エルダさん、これを」


 差し出されたものを見ただけで、エルダはレイクが言わんとしていることをエルダは悟り、にっこりとほほ笑んだ。


「良いアイディアだわ」


「水の宝珠はわたしがもっている。これが欲しければわたしを倒しなさいっ!」


 魔物たちの目がエルダに集中した。


「姉さん!」


 ユーリはたまらず叫んだ。


「炎よ」


 略式魔法でエルダは魔法を放った。

 炎塊は地面から一メートルほど離れた位置から水平に飛んでいき、何体もの魔物を直撃していく。

 炎塊を食らった魔物は、あるいは火だるまになり、即死は免れても、全身やけどで戦意を失っていく。

 炎塊はそのままご十メートルは飛んでようやく地面に着地し、その場ではぜた。運悪くその場にいた数体の魔物が、一緒に弾き飛ばされ、瞬殺される。

 その間にエルダは馬車から外した馬に乗っていた。


「水の宝珠が欲しければわたしを倒しなさい」


 エルダは左手にきらきらと輝く球を掲げながら馬を駆って、魔物たちが群がる真ん中のほうへと移動していく。

 レイクは今度こそ、氷の壁を作るための呪文を唱え始めた。


「氷の神アイスレイナに願う

 我は創造する」


 そんなレイクを一体のアウネイロスが狙う。


「お前さんの相手は俺だ」


 シグルスがレイクとアウネイロスの間に立った。

 ユーリが加速の魔法をシグルスに魔法をかけようとすると、それを見越したようにシグルスが叫んだ。


「俺たちのことは気にせず、行け」

「え?」

「魔法を詠唱している暇があったら、走るんだ」


 アルベルトがユーリの肩を叩いた。


「ユーリ、こっちだ」


 アルベルトに促されるまま、ユーリは走り出す。鎖で繋がれているラナもついて来た。

 馬車の横を通るとき、アルベルトは少しとまった。


「先に行っていてくれ」

「う、うん」


 肩越しに振り向いて答えると、ちょうどレイクの大きな氷の壁が出現したところだった。

 ユーリはみんなの役に立ちたいと誓ったばかりなのに、またしても何もできないでいる自分が歯がゆかった。

 姉たちを魔物の軍勢の中に残してきたことが気がかりで、けれど自分があそこにいたところで、たいした戦力にはならず、足手まといになっただだろうということも簡単に推測できた。

 あれほどの魔物の数だ。回復魔法が使える者より、即戦力の者のほうがあのような場では重宝されるはずだ。

 がさりと横の茂みが揺れ、大型犬ほどもある黒い兎が現れた。さっきの魔物の軍勢の中にも見かけた魔物である。通常の兎のように耳が長く、右の耳だけが先が少し垂れている。つぶらな瞳は無垢な子供のようで、こういう状況でなければ、なでてしまいたくなるあいらしい風貌をしている。ユーリは後でその名前を知るが、ブラッグラビットという魔物である。


「こいつの外見に惑わされないで。かわいい顔しているけれど、足の蹴りは強力よ」


 ユーリに忠告し、ラナが体術の構えを取った。


「えっ? そうなんだ」


 魔法杖を構えるユーリ。ブラッグラビットが跳躍し、っすぐユーリに向かって後ろ足を繰り出してきた。

 本来なら、ユーリがそれを避けようと動くよりさきに、その蹴りはユーリの顔面に入っていただろう。しかし、その前に、ラナが鎖をひいてユーリを自分のほうへひっぱった。

 よろけるユーリのすぐ横をブラッグラビットが通り過ぎる。目的を失った蹴りは、そのまま地面を蹴った。さきほどのミノタウロスのこん棒もかくやというほどの振動が起きる。


「うわぁ……」


 思わずつぶやくユーリ。あんなので蹴られたら、人間の頭なんてスイカのように破裂してしまうだろう。

 ブラッグラビットは再びこちらを向いた。


「はやく立ちなさい」

「う、うん……」


 恐ろしさで思うように体が動かず、ラナに寄りかかるようにして立ち上がるユーリ。

 ブラッグラビットが再び跳躍しようと身構える。そして行動に起こそうとしたその時、黒い兎に向かって剣が槍のように飛んできた。

 ユーリたちに追いついたアルベルトが狙いを定めるより、ブラッグラビットの気をそらせるために、投げつけたものだった。

 ブラッグラビットはそんなアルベルトの剣を食らうことはなかったが、跳躍するためのタイミングを逃がしてしまう。

 ブラッグラビットにとっては新たな敵であるアルベルトを警戒するように見据える。

 アルベルトは片方の手で槍を持ち、もう片方の手には自分がもっている剣よりも少し短い剣を持っていた。その剣をブラッグラビットから目線を外さないまま、ラナに差し出す。


「君の剣だ」

「ありがとう」


 ラナは武器を手に入れ、不敵な笑みを浮かべた。


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