ユーリ、服を洗濯し、風呂に入る
あらかじめ教えられていた洗濯場に向かいながら、シグルスが誰に言うともなく言った。
「エルダの倹約主義には恐れ入ったぜ。今日くらいは洗濯は宿屋に任せるものかと思っていたが」
「そうですよね!」
レイクがはげしく同意する。
「ユーリが自分の家が普通の家より裕福だという自覚がない理由の一つが分かったような気がするよ」
「どういうこと?」
「たいがいの場合、宿屋には洗濯代金を支払えば、服を洗濯してくれることは知っているよね?」
「聞いたことはあるけど、この旅の中で僕たちは使ったことないよね。それが普通だと思っていたんだけど?」
違うの? と、ユーリはごく普通に小首をかしげる。
捜索隊に加わり、ここまで旅をしてきたが、自分の服は自分で洗い、自分で干してきたのだ。
「頼めば、宿屋の人が服を洗濯してくれるよ。とくに今日みたいに疲れている日には便利なんだ」
「それは便利だね」
「ただ別途料金はかかるけどね」
「どれくらいなの?」
「それは宿屋によってまちまちだよ。平均的には一食分くらい出せば、きれいにしてくれるよ。きちんとアイロンをかけてくれてさ、折り目もつけてくれるんだ」
「へー、そうなんだ」
「とくに騎士とかになっちゃうと、式典ではきちんと折り目をつけた服装で出席、というのが常套だからさ、この折り目、というのがめちゃくちゃ大変なんだ。
新人の時に自分でアイロンをかけてたらちょっとしたところがガタビシャになったんだけど、時間がなかったし、まあいいかと思って、それを着て式典に出席したら、先輩にめちゃくちゃ怒られてさぁ。
それ以来、俺は洗濯屋に式典に着ていく服は出すようにしているんだ」
「騎士の世界も大変なんだね。アルベルトは自分でアイロンをかけるの?」
「俺のところはじいやが……」
アルベルトは言いかけ、しまったというように口をつぐんだ。
すかさずレイクがつっこむ。
「今、『じいや』といったよね? 『じいや』って。くそぅ、アルベルトのところはじいやが洗濯してくれて、折り目もきちんとつけてくれるんだな。うらやましいぞ、アルベルト」
「……俺の家は、父親も兄貴も騎士だからな。いちいち外に洗濯を出すよりも、家でできる人にやってもらったほうがてっとりばやいんだ」
「その言い訳自体が、嫌味だ!」
「ほらほら、洗濯場についたぞ。一生懸命洗えや」
「はーい」
「了解です」
「分かりました」
その後、数分間の間、男四人がじゃぶじゃぶ、がちゃがちゃと服や装備を洗う音があたりに響いた。
シグルス、レイク、アルベルトは、敵と接近して戦うことが多いため、装備も強固だ。胸当て、肘あて、脛あてなど、部位ごとに装備している。そのため、洗濯にも時間がかかる。
かわってユーリは身につけているのは制服だけだ。それはユーリが支援系で最前ではなく、後方で魔法で支援するポジションにいるからということもあるし、ユーリがまだ学生のため、最前線に出すのは早いという、リーダーのエルダの意図と、パーティ全員の計らいがあるのは確かだ。
自分の制服の洗濯が終わると、ユーリはシグルスたちの洗濯を手伝った。
「そこ、あまりごしごしこするなよ。色がはげる」
「それはそんなに丁寧に洗わなくていいよ。すぐに汚れるし、その部分、あまり重要じゃないから」
「この紋章のところだけはきれいに洗ってくれ。騎士として重要な部分なんだ」
いたるところからいろいろな要望や注意をもらいながらユーリは洗濯を頑張った。
下着や鎧の下に着る服などは、宿屋の庭先の一角にある物干し場を借りて、そこに服を干すが、装備のパーツや、教会の騎士の装備だと分かるものは、部屋干しすることになる。
なぜなら、聖職者である騎士の装備は、一般の人の手には入らないものだからだ。その貴重さを狙って、盗もうとするやからがいるのである。それらは闇市場で高く売れるのだ。
「僕が学校の制服を外に干したのは安易な行為だったのかなぁ」
今更ながらにユーリは思う。
「アクアディア学院の制服でしょう? それくらいならそれほど貴重なものじゃないと思うよ。だけど、念には念をっていあうわけで、学校規則には外干し禁止の文句があるかもね」
「そんな文句あったっけ?」
「あるよ。今度、学校規則をよく読んでみてよ」
「うん」
ユーリはレイクに相槌を打った。
実際のところ、ラナが自分が外干ししていた制服を盗んだのは今といなっては確実だ。どうしてユーリの制服を着て、アクアディア学院の中をうろうろしていたのか、ラナにその理由を聞いてみようとユーリは思った。
外に干せるものを干して、部屋干しするものを手にもって自分たちの部屋に向かう。
気配に気づいたのか、エルダが自分の部屋のドアをあけて顔を出した。
「今からお風呂?」
「こいつらを部屋に干してからな」
「そう、わたしたちはこれから洗濯場を使わてもらうわね」
「おうよ」
エルダはラナを連れ立って部屋から出て行った。ユーリはラナの様子を伺った。今の状況を受け入れたのか、ラナの表情から険は感じられなかった。
そこでユーリはある事実に気づいた。
「あっ!」
思わず大声を上げる。
「どうしたの、ユーリ? 突然、大きな声をあげて」
レイクが不思議そうに聞いてきた。
「姉さんとラナが洗濯場に行くということは、僕たちが庭先に干したパンツやらシャツならを見られるということだよね」」
やれやれというようにシグルスが言う。
「今更、見られてはずかしいものでもないだろう」
「そ、それもそうだね」
部屋の中に干すものを干し、ユーリたちは風呂場に向かった。
この宿の風呂は、男女に別れていて、それぞれ湯船も大きく、五人くらいはまとめて入浴できるほどの大きさがあった。
こんなに設備が整った風呂がこんな地方の田舎の村にあることにユーリは驚いた。
湯船に入ると、体のすみずみまで温まり、洗濯物を洗って冷えた体にしみた。
髪を洗い、身体を洗って、再び湯船につかる。
風呂の縁に頭を預けて、天井を仰ぐような恰好をしながらしみじみとシグルスが言った。
「生き返るなぁ」
手足を伸ばしてレイクが言う。
「俺、もうここから出たくないよ~」
レイクの隣でアルベルトも気持ちよさそうに目を細めた。
「いい湯だな」
しばらくの間、四人並んで湯船を堪能していた。
と、壁を一つ隔てた隣の女風呂のドアが開く音がし、
「あら、思ったより広いわね。いいわね~」
「久しぶりのお風呂だわ」
エルダとラナが入ってきたのだった。
男風呂と女風呂は壁で別れているが、天井部分はつながっている。
悪いことをしたわけではないが、男四人は湯船につかったまま、なぜだか息を殺した。
「ラナ、身体の汚れを流して湯船にはいるのよ」
「分かっているわ。いちいち鎖をひっぱらないで」
「止めなかったら、そのまま湯船に入ろうとしていたでしょ?」
「……この首輪、じゃま」
「お風呂に入っている隙をついて、逃げ出そうなんてしないでよね。って言っているさきに、今その桶、わたしに向かってふりあげようとしたわよね」
「気のせいよ」
「まったく油断もなにもあったものじゃないわ」
しばらく身体にお湯を流す音がし、次にぱしゃぱしゃと湯船に入る音がした。
「はぅ、生き返るわぁ」
「気持ちいい」
男性陣は目だけで会話をした。
『おい、どうするよ?』
『今さら音を立てるのもおかしいですよね?』
『エルダさんたちが風呂から上がるまでずっとこうしているか?』
『僕、もうのぼせそうです』
そんな男性陣の様子を知ってか知らずか、エルダたちは会話を続ける。
「あんた、髪長いのね。戦いのときに邪魔にならない?」
「後ろで縛れば邪魔にならないわよ。ラナはいつも髪は短くしてるの?」
「うん。手入れがめんどうくさいから」
「もしかして自分で切っている?」
「そうよ」
「それはいけないわ。まあ、ラナの髪は天然パーマっていうの? そういう感じだから、多少ガタガタでも目立たないとは思うけど。今度、わたしが切ってあげましょうか?」
「いい。間違えて首を斬られそうだから」
「そんなことしないって。ラナじゃあるまいし」
「何気にひどいことを言っていない?」
ガールズトークと呼ぶには物騒な会話である。それでも言葉の節々に女子達の会話らしい内容が混じっており、男性陣は興味津々に聞き耳を立てる。
「その胸も剣を振るうには邪魔そうね。鎧を着ているときはあまり気にならなかったから着やせするタイプなのね」
「普段はぎゅうっと押さえこんでいるのよ。女性で聖騎士になったのはわたしが初めてだったから、胸当ても特注なのよ」
「お金がかかって大変ね」
「鎧は支給品だから、心配ご無用よ。そういうラナだって、今まさに成長途中なんだから、これから大きくなるかもしれないわよ」
「さあ、どうかしら」
ユーリは姉の胸を思い浮かべ、つづいてラナの胸を思い浮かべた。姉と比べたらラナの胸は目立たない。というかない、とはっきり言いきってよいだろう。
最初、ラナに出会ったのは男子生徒の制服姿で、その姿は違和感がなかったし、魔物と戦うためだろうが、動きやすい少年風の恰好をしているラナも違和感がない。
が、それも姉の言う通り、成長とともに、成長するのかもしれない。
もやもやした空想が形になりかけたとき、
「ハクシュン!」
いきなりレイクがくしゃみをした。
女風呂が一瞬、静かになる。その間、レイクは男三人に睨まれた。
「ユーリ、いるの?」
エルダからこちらに問いかける声が上がった。
「う、うん。今、湯船に入っている。……気持ちよくて寝てた」
もちろん、「寝てた」というのは嘘である。
「静かだからもうあがったのかと思っていたわ。シグルスたちは?」
「一緒にいるよ」
シグルスは上ずった声で言い訳がましいことを述べた。
「……ああ、なんだ。ちょうどあがろうと思っていたんだ。だが、じょうちゃんが悪さをするようなら、助たちに行こうと思ってな。こうして待機していたわけだ」
「心配してくれてありがとう。わたしのほうは大丈夫よ」
エルダが言うと、ラナがすかさずたんたんとした口調で言った。
「髪を洗っているとき、背後を気を付けたほうがいいわ」
「ラナ、余計なことを言わないの。わたしがあなたにやすやすと背後をとられるわけないでしょう?」
「すごい自信ね。伊達に歳は取っていないかしら」
「なんですって?」
シグルスは湯船から立ち上がって、エルダに声をかけた。
「口喧嘩をするだけなら大丈夫そうだな。先に上がらせてもらうぜ。俺たちは自分の部屋にいるから、エルダ達は風呂からあがって身支度がすんだら呼びにきてくれ」
「分かったわ」
風呂からあがったユーリたちは、部屋に戻った。
もともと四人部屋だから、それぞれベットに寝転がったり、座ったりしてして身体を休ませる。
レイクが心配そうな表情を浮かべて自分のベッドの縁に腰かけた。
「エルダさん、大丈夫かな。ラナが逃げ出しりしないければいいけど」
ベッドにあおむけに寝転がって天井を見上げながらアルベルトが答えた。
「俺たちが女風呂まで同行するわけにはいかないからな。ユーリは姉弟だからぎりぎりセーフか」
所在なくベッドの上に座っていたユーリは思わず反論した。
「いくら姉弟でも、風呂を一緒にする歳じゃないよ。ラナも一緒にいるんだし」
アルベルトはわざらしい冷静なまなざしをユーリに向けた。
「冗談だ。過剰な反応だな」
レイクがにやにや笑いを浮かべる。
「あれ~、ユーリ、もしかしてラナに気があるの?」
「なっ! そういうわけじゃないよ。年頃の女の子の風呂を覗くなんて、普通に考えてもおかしいよ」
「自分に正直になりなよ。ユーリは昨日、宿屋から出たラナを追いかけていったんだよね?」
レイクが言えば、シグルスもしたり顔を浮かべた。
「捜索隊として顔合わせしたときにエルダが、ユーリとラナが縁が出来たと言っていたが、こういうことだったのかねぇ」
「知らないよ」
ふてくされた様子でユーリはベッドの上に寝転がった。
そのうちうとうとしていたらしい。
「ユーリ、エルダさんたちが戻ってきたよ」
レイクに起こされて、ユーリはベッドから起き上がった。
「知らないうちに寝ていたよ。どれくらい経った?」
「一時間くらいかな。女子の風呂って長いよね」




