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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、水の宝珠の効果を目の当たりにする

「おらぁ!」


 大剣を振るうシグルス。その剣をマンティコアは牙に挟み込むように受け止めた。


「なんだ、と?」

「ガルル」


 マンティコアは自分の牙にシグルスの大剣を挟んだまま、身体の内側から電撃を発した。大剣越しに、シグルスの体にも雷撃が走る。


「ぐあああ」


 身体がしびれて大剣をつかんだまま動けなるシグルスを、首を振るって大剣ごと放り投げる。シグルスは壁にぶち当たってくずれた。


「シグルス!」


 エルダがシグルスを気にかけた隙を狙い、マンティコアは体当たりをかました。エルダは炎をまとわせた剣で受け止める。マンティコアの尾が鞭を振るうようにエルダを襲う。

 がら空きだったエルダの背に鞭のような物理的な痛みと、電撃が襲い掛かる。


「くぅっ!」


 エルダは苦痛の声を漏らしたが、剣を握る力は緩めなかった。


「あたしを忘れてもらっちゃ困るわ」


 マンティコアの後ろから尾の付け根を狙い、ラナは剣を振った。その攻撃は成功し、マンティコアの尾は今までのものを合わせてすべて断ち切られた。

 エルダを襲った尾も床に落ちる。が、まだ電撃の魔力を帯び、敵を捕まえようと、うねうねとその場で動いている。


「燃え尽きなさい!


 火よ」


 エルダが略式魔法を発動させて、それらの尾を焼くと、その場に膝をついた。

 今更ながらに背中を打った電撃の攻撃が効いてきたのだ。

 エルダは歯を食いしばり、そのままの姿勢で、魔法の詠唱を始めた。

 マンティコアはただ一人立っているラナに目線を向けた。

 ラナが身構えるより先に、マンティコアはラナに向かって飛び掛った。

 ラナはかろうじて、マンティコアの攻撃を受け止める体制をとった。しかし思ったよりもマンティコアの力が強く、床に押し倒される。

 そのまま、床を背に羽交い絞めにされる。


「ちくしょうっ!」


 ラナは叫んだ。嘲笑うようにマンティコアが赤い舌をラナの頬に這わせる。


「離して。気持悪い」


 ラナはマンティコアにかみつかんばかりにうなる。

 マンティコアの牙がラナの耳にかじりつこうとしたその時、マンティコアの顔のあたりを、どこからか飛んできたキャットが襲った。


「ガルル!」


 キャットの攻撃を払うため、頭を振るうマンティコア。

 ラナはキャットが作り出してくれたチャンスを見逃す、持っていた剣から手を外し、胸に隠し持っていた短剣をマンティコアの胸部に突き立てた。


「ギャオーン」


 抑えられていた腕の力がゆるみ、ラナは手早くその場から起き上がって手放した剣を再び拾うと、間合いを取る。

 短剣はマンティコアの胸部に刺さったままだ。


「火の神イフリータに願う

 我が声を聞き

 言葉を具現化せよ


 すべてを焼き尽くし

 白き灰とする

 紅蓮の炎


 炎塊」


 先ほどから呪文の詠唱をしていたエルダの魔法が完成し、マンティコアの死角からエルダの炎球が放たれた。炎球はそのままマンティコアを火だるまにする。


「ギャアー!」


 マンティコアの叫び声が廃屋に響く。体中から電流をほとばしらせ、炎を蹴散らそうとする。

 時間があればそれは可能だっただろう。しかしそのような時間は、マンティコアには与えられなかった。


「風斬」


 一陣の風が通り過ぎる。一時の後、マンティコアの首が落ちた。シグルスが残る最後の力をもって、必殺技を出したのだ。

 胸に剣を突き立てられ、失った首元から大量に血を噴出させる身体。それでも気丈に四足でその場に立つ姿は敵ながら立派だとエルダは思う。

 マンティコアの首は、そんな自分の姿を満足げに見つめているようだった。

 どさりと身体が地面に崩れ時、マンティコアの首もそのまぶたを閉じた。


「シグルス、さすがね」


 エルダが言った。魔法を繰り出したときには、立ち上がっていたが、今はまた床に片足をついている。


「エルダが足止めしてくれたおかげだぜ」


 シグルスは剣先を地面に突き立て、その剣を杖代わりに立ち続けながら言った。この剣がなければシグルスも床にしゃがみこんでいるところだ。

 エルダがほかの三人がいるほうに視線を動かすと、ユーリを真ん中に、レイクとアルベルトが川の字のように床に倒れている姿が目に入った。


「みんな、無事?」

「どうにか生きてます」


 アルベルトが返事をした。

 レイクもその時には目覚めていて、弱弱しい言葉を発する。


「俺も死にかけたけど、なんとか生きてるよ……」


 ユーリの返事がないため、エルダは慌てた。


「ユーリは?」

「大丈夫……。ちょっと魔力を使いすぎて声を出すのもおっくうなんだ」

「よかったわ……」


 皆、その場に崩れしばらくは動けなそうだ。


「ああ、疲れたぜ」


 周りに残りの敵がいないとみたシグルスがようやくその場に座り込んだ。

 皆、無事生きているこにエルダは安堵していた。

 ユーリはもう一人無事を確認したい人がいて、その人物の名を呼んだ。


「ラナ……? ラナ?」

「……いるわよ」


 さほど遠くないところから力ない声が返ってきた。

 ラナはユーリからはシグルスの陰になって、すぐには気づかないところに剣を持ったまま、うつぶせに倒れていた。


「大丈夫?」

「ちょっと疲れただけ」


 声に力がないが、意識はしっかりしているようだ。さすがのラナも疲労困憊しているらしい。

 どこからかラナの近くにキャットが降り立った。心配するようにラナの頬に自分の頭をこすりつける。


「キャットのおかげで助かったわ。ありがとう」


 ラナはキャットの身体をやさしくなでた。

 ここのにいる皆は、しばらくの間、体力を回復する時間が必要だ。エルダが心の中でそう思ったとき、怒り狂った魔物の雄叫びが上がった。


「ギャッオーン!」


 それは今しがた倒したマンティコアよりもひと回り大きな体躯をしたマンティコアだった。


 彼の足元にはワイルドウルフよりも上位の魔物であるブラックウルフの死体が転がっている。

 倒されたマンティコアには仲間がいたのだ。狩りから帰ってきて仲間が殺されていることを知って、怒りに叫んだというところだろう。

 エルダは立ち上がろうとし、しかし足に力が張らず、再びその場に片足をつく。


「おいおい、冗談だろう?」


 言いながらも、地面に手足を伸ばして休んでいたシグルスが、気力を振り絞って、剣を支えにして立ち上がった。

 二人の若い騎士は絶望に似た表情を浮かべて、新たに現れたマンティコアを見据える。

 ユーリはもう何の感慨も浮かばなかった。魔力が尽き、体力も尽きた今、自分には何もできることはない。

 絶望という名の気配が、この場を支配する。

 そんな中、ラナが立ち上がった。その膝は震えていて、意志の力でその場にようやく立っているという様子だ。


「ラナ……?」


 ユーリは口の中で彼女の名を呼ぶ。

 手にした剣を持ち上げる力もなく剣先を床に引きずりながら、震える足を動かして一歩一歩ラナは、新手のマンティコアに歩みを進めた。

 マンティコアはそんなラナに目線を止める。

 戦いのときにはラナから離れていたキャットが、どこからか舞い降りてきてラナの肩にとまる。


「ギャオーン!」


 一番最初に屠るターゲットを見つけたというように一声叫ぶと、マンティコアはラナに向かって駆け出した。


「ラナ! 逃げて!」


 ユーリは自分の状況を忘れて叫んだ。

 ラナはユーリの言葉が聞こえていないかのように、まっすぐにマンティコアを見据える。

 ラナの剣の構えが今までとは違った。両手で握っていたその剣の柄を右手だけで握り、左手が懐に伸びて、そこから何かを取り出した。

 それは握りこぶし大の大きさの丸い球だった。

 ラナは丸い球掲げ、張りのある声で叫んだ。


「青の宝珠よ」


 ラナの呼びかけに反応し、それは自ら青い清浄なる輝きを放った。


「……っ!」


 その場にいる誰もが息を飲む。

 マンティコアはその間にもラナに近づいていた。

 バサリ、とキャットが翼を広げた。その翼は、みるみる大きくなり、ラナの背中に白い翼が生えたようになった。


「みんなを苦しめる魔物なんて、いなくなっちゃえ!」


 ラナは叫び、その叫びに呼応するように翼が優雅にはためき、ふわりとラナの身体が宙に浮かんだ。

 逃がさないとばかりに、マンティコアはその場で大きく飛躍する。

 左手に青く光る珠を掲げ、右手には剣を持ち、背中には白い翼をもったラナと、マンティコアが空中で交差する。

 一人と一体は同時に着地し、一時の後、地面に倒れたのはマンティコアだった。

 マンティコアは声をあげることなく絶命した。

 ラナの手の中で青い光を放っていた玉はその光を消し、ラナの背に広がっていた白い翼は小さくなり、もとのキャットの翼の大きさになる。


「あなただったのね」


 ラナの後ろからエルダの声がかかる。

 ラナの肩からキャットが飛び立つ。

 はっと我に返った時には、自分の首に冷ややかな金属の環がかけられたことをラナは悟った。


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