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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、盗人の仲間だと疑われ、ティテスのジャッチを受ける

 期待を込めた目で扉の向こうを見るユーリ達。

 二人の騎士と神官が入ってきた。騎士のうちの一人は、先ほど入り口にいた騎士だった。

 もう一人の騎士は聖騎士だった。彼が聖騎士であることはその鎧の装飾で分かる。聖騎士は剣技、教養ともに高くなければなれない。多くの騎士が目指す存在だ。

 二人の騎士に守られるようにして、真ん中いるのが神官だった。神官は両手の平にアクアディア学院の制服を載せている。


「ここにユーリ・フローティアという学生はいるか?」


 その場にいる学生の目線がユーリに集まった。


「僕です」

「これはお前の制服かね?」


 ユーリは神官に近づいて、制服を手に取った。制服の内側には名前が刺繍されている。その刺繍を確認すると、確かにユーリの名前が刺繍されていた。


「これ、どうしたんですか?」

「お前のかと聞いている」

「はい。僕のです、おそらくは」

「おそらくは?」

「昨日の夜、洗って庭先に干していたのですが、朝になったらなくなっていたんです」


 フィリアが即座に質問してきた。


「ユーリ、部屋干ししたんじゃなかったの?」


 フィリアの問にかけにユーリは言葉をにごす。


「それは、えっと……」


 二人の会話を無視して神官は言葉を続けた。


「これは町のはずれのゴミ捨て場に捨てられていたのだ。私たちは犯人が着ていたものだと推測している」


 ユーリは驚いた。


「なんだって?」


 そんなユーリの様子を探るような目で見てから、神官は言葉を続ける。


「この制服の袖にあるボタンの一つが取れている。ここで発見されたボタンとほつれた糸を照らしあわせると一致した」


 ユーリは言葉を失った。


「え……?」


 嫌な予感が的中したことを確信し、同時に、自分にとって良くない方向に動こうとしていることを感じて、心の中で身替えまた。


「詳しい話を聞かせてもらおうか」

「詳しい話も何も、僕は何も……」


 途中まで言いかけた言葉は尻切れになった。神官たちがまるで犯罪者を見るような目で自分をにらんでいることに気づいたからだ。


 ダグラスが叫ぶように言った。


「俺は見たぞ。おまえが教室を出てからここにくる間に、水の宝珠を盗んだやつと似た生徒と話しているところを」


 神官が疑いのまなざしを強くした。


「話したのか?」


 ここで言い訳をしても余計に怪しまれるだけだと思い、こくりと頷く。


「はい、話しました。ただ、似ているというだけで本人かどうかは分かりません。うつむいていたし、眼鏡をかけていたし」

「何を話したんだ?」

「水の宝珠がある場所はどこかと」


 途端、がしりと両脇を二人の騎士に固められる。

 実際にはあの少年がユーリに聞いたのは「碧の宝珠」の場所だったが、ユーリは頭の中で「水の宝珠」と自然に変換していたため、「碧」と「水」の違いに、疑問をもってはいなかった。


「一緒に来てもらおう」


 ユーリはあれよあれよというままに礼拝堂からつれ出され、小さな部屋に連れて行かれた。

 粗末な机と、それを挟むように一つの椅子と、二つの椅子。

 ユーリは椅子に座らされ、机を挟んで向こう側には、強面の騎士と、線の細い司祭が座った。

 部屋の隅にはもう一回り小さな机があり、そこには神官が座り、ここで交わされる言葉を一門一句もらさないぞという姿勢で、ノートを開き、右手にペンをもって控えている。


 最初に口を開いたのは、騎士だった。


「さて、詳しく話を聞かせてもらおうか」


 ユーリはいまだに状況はを把握しきれていない。どこか心あらずという表情で騎士を見つめた。騎士はおそらくは自分の父親よりも年上で、眉が太く、顎が張っている。


「水の宝珠を盗んだ者と君は知り合いなのか?」

「知り合いではありません」

「どうして君の制服を着ていたんだ?」

「はあ……僕にもそれがよく分からなくて……」


 ドシン、騎士は拳で机を叩いた。


「ふざけるな。てめえが貸したんだろう? 水の宝珠を盗むのに、怪しまれない服装ってことでな」


 いきなり『君』から『てめえ』に呼び方が変わる。

 騎士の豹変ぶりにユーリは目をしばたいた。


「まあまあ、ゲイル殿、そんなにどならんでも。学生がおびえるじゃないか」


 司祭がゆったりとした口調で言った。騎士の名前はゲイルというらしい。ゲイルは露骨に顔をしかめた。


「しかしよう、ララフトのだんな。盗人はこやつのの制服を着て、水の宝珠を盗んだんだぞ。共謀しているとしか思えねえじゃないか」

「決めつけるのはよくないぞ。ユーリ君といったか。どうして君は制服ではなく、運動着を着ているのかね?」

「それは洗濯中、……ではなくて」


 思わず今まで説明していた嘘の言葉がでてきて、すぐさま訂正する。


「制服は昨日、洗って外に干していたんですが、今日の朝、取り込みにいったら、なくなっていたんです」


 ユーリの説明に、騎士と司祭はそれぞれ違う反応を見せた。


「また、見え透いた嘘を……!」

「むむ……」


 ノートに走らせるペンの音が異様に大きく聞こえる。


「どうして制服を洗濯することになったのかね?」


 ユーリは司祭に、昨日起きた出来事を説明した。


「辻褄はあっていますな」

「後から取ってつけた言い訳かもしれませんぞ」


 ユーリは必死になって言いつのった。


「本当です。僕は盗人のことは知りません」


 そこにドアのノックが鳴った。


「誰かね?」

「ミティシアです」


 はきはきとした口調の女性の声が聞こえた。


「おう、ミティシアか。待っていたぞ。入りなさい」

「失礼します」


 返事がし、ドアが開いた。

 入ってきたのは、神官の服装をした女性だった。歳の頃は三十ほどだろうか。その肩には精霊がちょこんと座っていた。ツインテールに髪を結んでおり、右の髪の色は白、左の髪の色は黒という人間にはあり得ない髪の色をしている。瞳は灰色だ。


 なんという精霊だろう? ユーリは思った。精霊にはたくさんの種族がいるが、よく知られているのは、水の精霊ウェンディ、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ、地の精霊アースだ。

 精霊にはそれぞれ特徴がある。まずは色だ。水の精霊は青、火の精霊は赤、風の精霊は黄色、地の精霊は緑か茶色の色を体のどこかに持っている。

 目の前にいる精霊はそ四種類の中のどれにも当てはまらない。


「こんにちは。あなたがユーリね。わたしはミティシア。裁判所で裁判員をしているのよ。今日も朝から裁判があってね。今は午後の裁判を終えたところなの。ようやく一息ついたところに、今すぐジャッチしたい被告人がいるっていうからおやつを食べる時間を惜しんで駆けつけたわけ。

 この子はジャスティス神の眷属にあたる精霊ティテスで名前はティアというの」


 ティアという名の精霊はこくりと小さくユーリに頷いてみせた。


「精霊ティテスですか」


 ユーリはティアをまじまじと見つめた。

 正義の神ジャスティスの眷属である精霊ティテス。精霊ティテスと精霊契約した者は、正義の神ジャスティスの代理として、罪に捕らわれた者の是非をジャッチする魔法を使用することができる。

 精霊ティテスと契約している人間と会うことは日常生活においてはない。

 なぜならば、彼らの多くは人々の行いをジャッチする職業、すなわち裁判所に勤めており、裁判所に足を向けることは普通の生活ではないからだ。

 あるとしたら、被疑者や被告人、そして彼らを取り巻く人々だ。


「時間が惜しいわ。すぐに始めるわよ。さあさあ、騎士のだんな、その席をゆずってちょうだい。ジャッチができないじゃない」

「お、おう。悪い」


 騎士はすぐさま席から立ち上がり、その隣に座っていた司祭も席から立ち上がった。

 空いた席にミティシアは座ると、ミティシアの肩からティアが、机の上に飛び降りた。

 小さな手をユーリの前に差し出す。


「アタシの手を握って」

「え?」


 戸惑うユーリにミスティアは説明する。


「あなたが嘘をついているかどうか判断するための魔法を使用するためよ。ユーリ、あなたは今、被疑者としてそこに座っている。自分が嘘をついていないなのなら、それを証明することができるわ」

「分かりました」


 ユーリはティアの手を取った。すると、ティアの身体が白い光に包まれ、その光が消えたときには、一台の天秤になっていた。

 ユーリから向かって、右の皿は白く、右の皿は黒い。ユーリは天秤の柱の下の部分を握っていた。


「うわぁ」

「手を外さないでね」


 驚いて手を離そうとするユーリにすかさずミティシアは言った。


「わたしはこれからユーリにいくつか質問します。ユーリ、どんな質問でも、『はい』で答えてね」

「分かりました」


 ミティシアは頷くと、質問を始めた。


「あなたは今日、一つだけ嘘をついた」


 ユーリは今日一日の出来事を回想した。

 朝起きたら制服がなくなっていてやむを得なく運動着で登校して教師に「どうして運動着なんだ?」と質問され「洗濯中です」と答えた。

 洗濯中ではなく、実際は干していたのがなくなったのだからこれは、嘘をついたということになるだろう。


 それを言うなら、それ以降も他の人達に、何度もどうして運動着なのか質問されてその都度、洗濯中と答えていたから、ついた嘘は一つだけではない。

 だから「いいえ」と答えたいところだが、ミティシアからはどんな質問でも「はい」と答えるように言われている。


「はい」


 天秤の黒い皿のほうが下がった。


「あなたは今日、五つだけ嘘をついた」

「はい」


 天秤は黒い皿のほうが下がったまま動かない。


「あなたは今日、六つだけ嘘をついた」

「はい」

「あなたは今日、七つだけ嘘をついた」

「はい」

「あなたは今日、八つだけ嘘をついた」

「はい」


 天秤が動き、黒い皿があがり、白い皿が下がった。それはユーリが今日一日のうちに、八回、誰かに嘘をついていることを現わしていた。


 ミティシアの後ろのほうで騎士がぼそりとつぶやいた。


「八回も嘘をついているのか。信用ならねぇガキだ」


 その声はミティシアにも聞こえただろうが、それは完全に無視してユーリに語りかける。


「あなたは水の宝珠を盗んだ人が誰か知っている」

「はい」


 再び、黒い皿のほうが下がる。

 思わずユーリは言った。


「これって僕が盗人と知り合いじゃないっていうことですよね」

「まだ質問は終わっていないわ。余計なことは言わないでね」

「……はい」

「あなたは水の宝珠を盗んだ者と、言葉を交わしたことはない」

「はい」


 天秤は黒い皿に傾いたままだ。盗人と言葉を交わしている。水の宝珠の場所を聞かれたのだから。


「最後の質問よ。

 あなたは水の宝珠を盗んだ人物を許すことができる」


 ユーリはすぐに返答ができなかった。「はい」と答えようとしたその時に、「祈りだけじゃ救われない」と言った盗人の声が耳の奥に響いたからだった。


 その言葉にユーリは少なからず共感していた。

 祈りだけでは救われないことが、この世の中には確かにあると知っているからだ。


「……はい」


 天秤は白い皿のほうにゆっくりと傾いた。

 一瞬の間の後、騎士がずいっとユーリに寄ってきた。


「おい、てめぇ、盗人を許せるっていうのか? ああ?」


 ユーリは思わず上半身をそらし、ついでに振れていた天秤の柱から手を外してしまった。


 途端に天秤は白い光に包まれ、光が消えると精霊ティテスの姿に戻った。


「ちょっとあなた、そのいかめしい顔をひっこめなさい。不用意に怖がらせることはないじゃない」


 言うと、ミティシアはユーリに向き直った。


「で、本当のところはどうなの? 盗人を許せるの? 普通に話して大丈夫よ。ジャッチの儀はすんだから」

「水の宝珠がこの国にとってとても大切なことだということは、この国に住む者ならだれでも知っていることです。そんな宝を盗むということは、よっぽどの理由があるんだと思います」


 ゲイルが、けっとばかりに顔をゆがませた。


「汚いことを知らないお子様の意見だな。常に水を滴らせる宝珠なんだ。どこぞの国にでも持ち込んで、唯一無二の魔法道具とかなんとか名打って売り込んだら、莫大な金が手にはいるだろう」


 ミティシアはやれやれというように首を振った。


「あなた、そんなことを考えていたの? これだから汚いことを知っている大人は……」


 言ってからミティシアは、そしてこの場にいる人たちをひとりずつ眺めるように目線をゆっくりと目ぐしながら言った。


「ユーリ・フローティアは無実だということを正義の神ジャスティスの名のもと、ここに誓言します」


 ユーリはほっとして、息をついた。


「くそぅっ」


 ゲイルはまだ納得がいかないような表情をしている。

 ミティシアは顔の表情をやわらかなものにかえた。


「盗人がどうして水の宝珠を盗んだかの理由まで考えることができるのは、ユーリがまだ固定観念にとらわれない頭のやわらかい若者だからかもしれないわね。それとも許容が広いのかしら。

 ともかくこの子をさっさと解放してあげなさいな」


 ゲイルが即座に反論した。


「そうはいくか。まだ星読みの占の結果がでていない。それまで牢屋で待っていてもらう」


 アクアディア教会の地下にある牢屋にユーリは放り込まれた。牢屋の中はトイレ代わりの桶と、粗末な掛け布しかない。


「なんでこんなことになったんだ?」


 牢屋の中でユーリは自分の不運を嘆いた。明日から春休みで、マンガ三昧の日々を送ろうと思っていたのに。

 地下牢では外の様子が分からないため、時間の感覚が分からない。

 牢屋に入れられてから三時間時間にも五時間にも思えた時、


「飯だ」


 と牢屋の窓口からぞんざいに入れられたのは、トレーに乗った粗末な食事だった。

 罰人が飢えない程度に用意された晩飯だ。パンは今まで食べたことがないくらい固く顎が疲れ、スープは冷めかけていて、具も味も薄い。


「姉さんが作ったごはんが食べたい……」


 ユーリの母親はユーリがまだ幼い頃に他界しているため、八歳違いの姉が母親の役目をやってくれているのだ。

 普段、何気なく食べている姉の料理がここではとても恋しく思う。

 食事を終えたら何もすることがない。

 そのうち、夜になったのだろう。だんだんと冷えてきた。

 ぜったいにこんな汚い毛布に包まって寝るものかと思っていたが、寒さと眠気に耐えられず、ユーリは毛布に包まった。眠気がまさって、運動着に床の泥がついても気にならなかった。



8つの嘘

1つ目:担任の教師

 「制服はどうした?」

 「洗濯中です」

2つ目:フィリア

 [ユーリが運動着なのは、私のせいよね」

 「昨日僕が制服を洗濯するのが遅い時間だったから乾かなかったんだよ」

3つ目:父親

 「ユーリ、どうしてお前だけ運動着なんだ?」

 「祈りのあと、スフィアをするから、先に着替えたんだよ」

4つ目:フィリア

 「わたしがユーリとケーキを食べたいの。だから一緒にきて?」

 「甘いものは苦手だから」

5つ目:フィリア

 「季節の商品サクラカレーを食べにいきましょうよ」

 「ラクロスたちとスフィアをする約束があるんだ」

6つ目:フィリア

 「ユーリに避けられているのかと思ったわ」

 「そんなことないよ」

7つ目:フィリア

 「水の宝珠を盗すむなんて……」

 「きっとすぐに水の宝珠は戻ってくるよ」

8つ目:司祭

 「どうして君は運動着なんだ?」

 「制服は洗濯中です」


8つのうち、制服がらみでついた嘘は3つ、

フィリアについた嘘は5つ。

制服を汚したきっかけもフリィア。


フィリアの存在はユーリにとって……。

これ以上語るのはやめておきましょう。


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