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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ラナを追いかける

 食堂を出てラナの姿を探す。

 宿泊部屋のドアが長い廊下を挟んでいくつも並んでいている。

 ドアは左右に等間隔で三つずつ並んでいて、突き当りは出窓となっている。その反対側には今しがたユーリが上がってきた階段だ。

 これらのどこかのドアの向こうにラナがいるのだろう。

 どの部屋だろう? 一つ一つドアをノックしてみるか。しかし、ノックをしたからといって、ラナは開けてくれるだろうか?

 思い切りがつかなくて、ゆっくりとした足取りで廊下を歩いているうちに、突き当りの出窓までたどり着いてしまった。


「はぁ」


 我ながら情けない。

 ため息を付いたその窓の向こうで、何かが動いたような気がした。なんだろうと窓に顔を近づける。

 宿屋からもれる光のもと、誰かが急ぎ足で移動する姿があった。宿からもれる光に照らされた髪の色が赤色に見えた。


「ラナ?」


 逃げた? 僕たちが盗人を追ってきていることに気づいて、先に逃げ出したんじゃない?

 そこまで考えてユーリははっとなる。アクアディア教会の礼拝堂で『祈りだけじゃ救われない』と叫んだ砂色の髪の少年と、ラナが同一人物だとほぼ百パーセント結論づけている自分に気づいたからだ。

 ラナが宿屋を出たことをすぐに姉に報告するべきだ。けれど、まだ逃げたと決まったわけじゃない。ただ気分転換に外の空気を吸いに行っただけかもしれない。

 ユーリは一瞬考えを逡巡した。それはほんの一時のことだった。

 ユーリはラナの後を追って宿屋を出た。

 しかし、外に出て、ユーリすぐさまは途方に暮れた。ラナがどこに行ったのかまったく見当がつかないのだ。

 と、二人の男達がこちらに向かって歩いてくるのに気付いた。男達の様子を伺う。


「あの廃墟に住み着いた魔物、誰かに早く退治してもらいたいもんだな」

「本当になぁ。これじゃあ、ぼちぼち飲みにも行けねぇ」

「今、まさに飲みに行こうとしてるじゃないか」

「あ、そういえばそうだった。わっははは」

「まだ飲んでないのに、酔っぱらってるんじゃないか?」


 会話の様子から、自分たちが泊まっている宿の食堂に酒を飲みに来た人たちのようだと判断したユーリは、彼らに話かけた。


「あ、あの、こんばんは」

「あい、こんばんは」

「見かけない顔だな。キャラバンの仲間か?」

「そ、そうです。ついさっき、仲間が食後の散歩にといって外に出て行ったのですが、心配で」

「そりゃあ、心配だな。なにせこの近くには魔物が住んでいるんだからな」

「ですよね。このあたりを女の子が通りませんでしたか?」

「ああ、女の子かどうか暗くて分らなかったが、赤毛の子なら通ったな」

「月の光で赤い髪だということはわかったからな。このあたりで赤い髪はめずらしいから俺も覚えている」

「どちらの方向に行きましたか?」

「あっちの方向に行ったぞ」


 二人の男は同時に同じ方向を指さした。そこには村外れに伸びるような小さな道がのびていた。


「ありがとうございます」


 例を言い、男達が指差した方向へのびる道にユーリは向かった。自然と小走りになる。走ればすぐに追いつけると思った。

しかし走っても走ってもラナにはおつけず、進むにつれ、長い間手入れがされていないと思われるその道は、草に覆われ、靴底に感じる砂利の感覚でそこが道だということがわかる程度になっていった。


 ユーリはだんだん不安になってた。本当にラナはこの道を通っていったのかな? 違う道なんじゃ?

 このあたりで戻ったほうがいいかもしれない。


 ユーリの進む足が自然とゆっくりになる。

 と、むにゅう、と感覚が靴底から伝わっていて、ユーリは悲鳴を上げた。


「うわぁ!」


 何か踏んだ。柔らかく弾力のある何か。馬の糞とか、モグラが盛り上げた土とか、そういうものではない。もっとこう、踏みごたえがある何かがだ。

 ユーリは腰が引けながらも、少し離れたところからそれを確認した。

 月明かりのもと、何かがうごめいている。手のひらサイズのゼリー状の物体だ。

 それが何か理解し、ユーリは心から安堵した。


「スライムかぁ。よかった。変なものでも踏んづけたのかと思った……」


 さきほどは得体のしれないものを踏んづけたということで、思わず悲鳴を上げたが、正体がわかればいかほどでもない。

 スライムは基本的に雑食性だ。しかしスライムの種類によって、食の好みがあり、全体が緑っぽい色をしているものは植物を好み、赤黒い色をしているのは肉食を好む。

 目の前のスライムは、周りが暗いのと、小さすぎて色がよく分からないが、月光りに反射する側面は灰色っぽいように見える。色彩は半透明で、身体の向こう側の地面と草が透けて見えるほどだ。


「ひとまず、戻ろうかな。もしかしたらラナは帰ってきているかもしれないし。ただ、気晴らしに外に散歩に出ただけかもしれないしね」


 ユーリは言い訳をするように独り言をつぶやきながら、もと来た道を戻ろうと、きびすを返そうとした。

 そこに、


「ピー」


 という澄んだ音がどこからか発せられた。あたりを見回し、音はスライムが出していると分かった。ゼリー状の身体が小刻みに震えている。


「どうやって、音をだしているんだう」


 ユーリは不思議に思って、震えているスライムに目を凝らした。

 すると、いたるところから同じサイズほどのスライムが集まってきて、お互いにくっついて、みるみる大きくなっていった。


「え……?」


 あっという間にユーリほどの大きさになる。

 ユーリは信じられない光景に呆然となる。


「うそ……」


 いまや、ユーリよりも大きくなっていた。身体が大きくなったため、スライムの色が月明りでも分った。濃い灰色だ。体積が増したため、向こう側はもう、透けて見えない。

 体が灰色のスライムはまさに雑食性。肉でも草でも、食べれるものは何でも食べる、貪欲な生き物だと学校の授業で学んでいる。

 そんな生き物が、今、両手を広げるようにユーリに襲い掛かってきた。スライムに手というものはないが、義体的にいうと、手を広げるような恰好なのだ。

 このままでは食べられる! ユーリは焦った。同時に、ユーリは数日前のポイズンケロンに襲われたときのことを思い出した。

 あの時は恐怖のあまり体が硬直して、動けなくなった。エルダが駆けつけてくれなかったら、ポイズンケロンに何の抵抗もなくやられていただろう。

 しかし今は、あの時よりも経験を積んだのだ。あの時のように硬直するわけにはいかない。

 呪文を唱える余裕はない。


 だったら! ユーリは、脱兎のごどく、その場から逃げ出した。

 走りながらいつでも呪文を唱えられるように腰にはいた杖をぬき、左手に握りこむ。

 宿屋まで戻ればなんとかなる。姉さんたちがなんとかしてくれる。

 スライムを倒す効率的な方法は炎で焼くか、浄化させることだ。姉は炎系魔法も浄化魔法も使える。レイクも浄化魔法が使える。

 走っている途中で、草の根に足を引っかけ、その場に丸くなって回転しながら転んだ。

 痛さを感じる余裕もなく、後ろを振り返ると、思いっきり走ったつもりだったのに、振り向くと、すぐそこまでスライムが迫っていた。

 このままではやられる。ユーリは左手を顔の前におおい、頭を守った。

 と、ユーリの目の前でスライムが真っ二つになった。


「え?」


 目の前で両断されるスライムを凝視する。二つに割れた空間に月光りに赤い髪の輪郭をひらめかせたラナが立っていた。両手で剣を持ち、今しがた獲物を袈裟切りにした格好のままだ。


 相手もユーリに気づいた。ラナは剣を一振りして、鞘に納めると、そこにその人物がいることが心から不思議だというように小首をかしげた。


「あんた、何をしているの?」

「ラナ? どうしてここに?」


「悲鳴が聞こえたから戻ってみたの。そうしたら魔物がいたから斬ったのよ」

「ありがとう、ラナ……さんのおかげで助かったよ」


 呼び捨てにしようとして、それでは初対面と言っていい相手に馴れ馴れしいと思い返し、とってつけたように「さん」づけする。


「まだ完全に倒してはいないわ」

「え……?」


 ラナの言う通り、真っ二つに斬られたスライムはそれぞれ身体を震わせながら再び一つになろうとお互いに手を伸ばしていた。スライムに手はないため、これもまた、表現的な意味合いだ。


「あんた、下がってなさい」


 ラナは一言言うと、復活しつつあるスライムに剣を向けた。


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