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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、エルダに介抱される

 次にユーリが意識を取り戻したのは馬車の中だった。目を開ける前にそう分かったのは、今となってはなじみとなった馬車の振動を体に感じたからだ。

 なにやら頭が温かいやわらないものに乗せられているようだ。

 まぶたを開くと、姉の姿が角度的に上半身が斜め下から見上げるような形で飛び込んできた。

 これはもしかして、エルダの膝に頭を乗せられているという状況なのでは? そう思ったとたん、どくん! とユーリは胸が高まった。

 落ち着け自分。身内の膝枕にどきどきしてどうするんだ?!

 ぎゅうっと目をつむる。再び目を開ける。さきほどと同じ光景があった。

 どうしてこんなことに? ユーリが目覚めた気配に気づいたエルダがユーリに顔を向けた。目が合う。


「あら、ユーリ、起きたの?」

「……うん」


 返事をして、ユーリは上半身を起こした。

 エルダはユーリの顔に自分のそれを近づけた。じっと見つめてくる。


「ね、姉さん?」

「顔色はさっきよりはよくなっているわね。月見草が効いたようね」


 月見草は魔力を回復させる薬だ。各々魔力を増幅する力のある満月の光を集めてつくられた薬である。

 捜索隊として出発するときに、教会から支給された道具の中にもあった。支給されたものは、中クラスの月見草だった。魔力の使いすぎで意識を失った自分に対して使用したとしたら、かなりの量が必要だったはずだ。パーティ全員の月見草を使用してくれたのかもしれない。


「月見草を使ってくれたの?」

「そうよ。幸運にもキャラバンが月見草を持っていてね。それも上位のやつよ」

「上位の? そんなの持っていたんだ」

「持っていなかったわ。パーティの誰かの魔力がつきかけて失神するなんて事態、想定していなかったもの。キャラバンからもらったの。ケントさんの命を救ったということでその対価の一つとしてね」

「そうなんだ」

「上位の月見草がすぐに手に入ってよかったわ。そうじゃなければ今頃……」


 エルダは言葉をにごした。そのあとの言葉はユーリも簡単に想像できる。『今頃、死んでいたかもしれない』。


「心配かけてごめん」


 ユーリは素直に謝った。


 エルダはため息をつきつつ、優しい笑みを浮かべた。


「本当にそうよ。倒れたときには肝をつぶしたわ。自分の魔力の限界を知っておかないと、本当にいつ命を落としてもおかしくないのよ」

「うん、反省するよ。僕がこの杖をうまく制御できなかったんだ。でも、これがあったから助かったんだ」


 ユーリは右手をあげた。その手首にはめられたチャームの緑の石が遠慮がちに輝いた。


「母さんが僕を助けてくれたんだよ。この魔力を上げるエメラルドの効果がなかったら、まずかったかもしれない」

「父さんの杖と一緒にあなたに渡しておいてよかったわ。……ユーリ」


 エルダは深刻な表情を浮かべた。


「なに?」

「その杖、使いこなせないなら、使わなくていいのよ。武器や道具は自分の身の丈に合ったものを使ったほうがいいわ。新しい杖を調達しましょう」

「いや、いいよ」


 ユーリは即座に反論した。


「父さんが使っていたこの杖は使いやすいのは実感としてあるから。次、同じようなことがあれば、きちんと使いこなしてみせるよ」

「そう……」


 ユーリの言葉に、エルダは何か言いたそうな表情を浮かべたが、ただ小さく頷くにとどめた。

 ユーリ自身、どうしてこんなにむきになっているのか自分でも分からない。ただ心の中がもやもやする。表現できないもやもやした何かを感じる。


「くやしいと思う?」


 姉の問いかけに、ユーリは思わず姉を凝視し、聞き返した。


「え?」


 姉は静かな表情を浮かべていた。


「できると思っていたことができなかったことに対して、いら立ちを感じているんでしょ? それによってみんなを心配させたことを申し訳なく思っているのでしょう?」


 ユーリは言葉を失った。自分でも言葉で具体的に表せなかった心境をずばり言い当てられたと感じた。

 そのままうつむく。本当にその通りだ。姉の言う通りなのだ。ユーリはきつく杖を握り締めた。


 ユーリが自分の中だけでは表現できなかった心境を、すぐさま言葉で現した姉を誇らしくも、うらやましく思う。

 思わず言葉がもれる。


「姉さんはすごいな」

「どうしたの、急に?」


 エルダは驚いたようにわずかに目を見開いた。


「なんでもできるからさ。僕と違って」

「わたしも最初からなんでもできたわけじゃないわ。努力をしたからよ」


 にこりと微笑む。エルダは「努力したから」とさらりと言った。しかし、ユーリはエルダがどれだけ努力したかは、具体的には知らないが、少しだけは知っている。

 早朝、家の誰よりも早く起きて、毎日、朝稽古をしていることをユーリは知っている。ユーリが知っているのはそれくらいだが、姉は自分が目に見えないところでも努力をしてきたんだろうとこのときはじめて感じた。


「本当に大丈夫?」


 姉が自分のおでこに手をあてようとこちらに手を伸ばしてきたので、ユーリは慌てて大丈夫だということを身振りで示し、質問をした。


「僕、どれくらい寝ていたの?」

「一時間くらいよ」

「もっと長い間、眠っていた気がする」

「深い眠りだったのね。体調はどう?」

「うん。大丈夫。魔力半分以上は回復していると思う。今すぐにも魔法を使えるくらいだよ。上位の月見草のおかげだよ」


 エルダはあきれたように笑った。


「それは言い過ぎでしょう? 村に着いたら、ゆっくり休みなさい」


 馬車の操縦はシグルスがやってくれているそうだ。レイクとアルベルトは向かい側の席で椅子に座りながらお互い肩を預け合って目をつぶっていた。

 さきほどのワイルドウルフの戦いは、二人にとっても重かったのだということが伺える。それに加速魔法もかけて戦ったから、身体の疲労もいつもよりも激しいはずだ。


「姉さんは大丈夫なの?」

「わたしは大丈夫よ」


 にこりと微笑むエルダ。どこから見ても文句の言いようのない完璧な笑みだ。だからこそユーリは知っている。姉がこういう笑みを浮かべるときこそ、姉が無理をしているということを。

 それが分かっていても今のユーリには、姉のために何かをしてあげることができない。何もできない自分が悔しい。

 だから気づかないふりをする。


「そうか。さすが姉さんだね」

「危機は脱したわ。わたしたちは今、キャラバンと一緒に一番近い村フルレに向かって移動しているの。今夜はキャラバンと一緒にフルレに泊まる予定よ」

「キャラバンの中に盗人らしい人はいた?」

「見たかぎりでは盗人と身長が似ているのは、ケビンとラナね。ほかにも似ている人物がまだ馬車の中にいるかもしれないわ。詳しいことは、フルレの村についてから聞いてみるわ」


 ケビンというのは、ケントに治癒魔法を施そうとしていた少年の名だと、エルダは説明する。


「ユーリは盗人と会っているのよね」

「うん」


 ユーリは頷いた。学院内で、一瞬だけ会話をした砂色の髪の少年を思い返した。ケビンもラナも体格は同じくらいだ。声はどうだろうか? 砂色の髪の人物は男子生徒の制服を着ていたから男の子だとユーリは判断した。ケビンは声変わりをしていない。ラナは言うまでもなく女の子の声だ。


『祈りだけじゃ、救われない』


 そう叫んだ時の少年の声は、ラナに似ているような気がする。しかし。


「盗人があの二人のうちのどちらかかなんて判断はまだつかないよ」


 ユーリは言った。その言葉の裏にはラナが盗人だと思いたくない気持ちがある。


「そう」


 エルダはユーリの回答にそれほど落胆することもなく、静かにあいづちをうった。


「フルレの村までまだ一時間ほどあるわ。それまでもう一休みしなさい」


 言ってエルダは、自分の膝の上をぽんぽんと軽くたたいた。それの意味することをユーリは察して戸惑う。


「膝枕はもういいよ」

「あら、そう? ほんとにいいの?」


 心配そうに言うエルダ。


「うん、ありがとう」


 礼を言ってそっぽを向くと、レイクと目が合った。いつの間に目を開けていたレイクはユーリのことを睨んでいる。レイクのことだから、エルダに膝枕をしてもらったユーリのことをうらやましがっているのだろう。

 そんなに睨まないでよ。ユーリは目をふせた。


10日くらいの夏休みのつもりが、一か月以上も更新が開いてしまいました。

それまでいつも読んでくださった方には本当に申し訳ありませんでした!

休み明けから何かとバタバタしていて、パソコンに向かう時間がなかなか見つけられなかったのです……。というのはただの言い訳ですよね。


まだまだ物語は半分もいっていないので、これからほそぼそと更新していくつもりです。これからまた、お時間があるときにお付き合いいただければ嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。


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