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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、大人のお酒の会話に付き合う

 ジョッキを運んできたのは、ユーリとよりも少し歳下と思われる少女だった。茶色の髪は左右に三つ編みのおさげにし、ピンク色のフリルのついたスカートに、フリルのついたカチューシャをつけている。


「ありがとう、姉ちゃん。べっぴんさんだねぇ。モテモテだろう」

「あっはっはー。そうなんです。ピンクの山鹿亭の看板娘って言われてるんです」


 鼻のあたまに皺を寄せて笑う。とびっきりの美人というわけではないが、明るく愛嬌がある。


「おじさんたち、教会の人たちですかぁ?」


 少女がそう聞くのは、レイクとアルベルトが教会の騎士の恰好をしているからだ。知っている者が見たら、ユーリが身につけている服も、アクアディア学院の制服だと分かるだろう。


「そんなようなもんだ」


 言葉を濁すシグルス。


「やっぱりぃ。この村に騎士様がいらっしゃったってことは何か事件が起きたんですか? それともジョージ君が元気になったことと関連性があるんですか? それともそれともこの村に隠された財産でもみつかったんですか?」


 目を輝かせて質問してくる少女。答えたのはレイクだ。


「残念ながらどれでもないよ。俺たちはメトリックに向かっている途中なんだ。あそこの教会に用事があってね」

「そうなんですかぁ」


 少女はしゅんとする。


「そうですよねぇ。教会もないこんな小さな村に用なんてありませんよねぇ。教会がないから、結婚式もお葬式も、月々の祭事も全部メトリックまでいかなくちゃいけない不便な村ですからねぇ」


 いじいじと言う。

 ユーリは思わず声をあげた。


「冠婚葬祭をメトリックでやるの? メトリックって馬車で四時間ほどかかるんだよね?」

「そうですよ。それがこの村では普通なんです。数年前、村長さんのところの息子が結婚したのときは、メトリックから司祭様を呼んでこの村でやったんですけど、それはイレギュラー中のイレギュラーですよ。この村にも教会があってほしいです。何十年も前にはあったらしいんですけどね。あたしが生まれたときには、すでになくなっていて、それが普通な感じなんですけど。不便は不便です。

 だから教会のみなさん、メトリックに行ったら、メトリックの教会の人を何人かこちらに分けて欲しいって、ピンクの山鹿亭の看板娘が言っていたって話してくださ~い」


 『キォピ』と擬音語がでそうな勢いで笑みを浮かべると、少女はおじぎをして席から離れた。


「泡が消えちまったな」


 言って、ジョッキを傾けるシグルス。


「ヒャー! それでもビールはうまい。よく冷えてやがる」

「おいしそうですね。シグルスさん。いつの間に頼んでいたんですか、俺も飲もうかな」

 レイクが言うと、アルベルトも追随する。


「俺もいただこう」

「学生はどうする?」

「僕はお茶でいいです」


 ユーリはまだ酒が飲める歳ではない。それを承知で質問してくるシグルスは確信犯だとユーリは思った。

 ユーリにはまだ酒の味はよく分からない。ただ苦いだけの飲み物でしかない。よくあんなものをおいしそうに飲めるものだと思う。

 それでもこの場をまだ去りがたく、お茶を頼んだのだった。


「おーい、看板娘のおじょうちゃーん。ここ追加で注文!」

「はいはーい」


 飛ぶようにやってきたウェイトレスの少女にビール三つにお茶一つ、それにつまみを二、三点注文するシグルス。


「慣れてますねぇ」


 レイクは感心した。


「傭兵っていうのは、いろんな国を回るからな。その国々の郷土料理を食べるっていうのも醍醐味の一つなんだぜ」


 ほどなくしてウェイトレスがビールやらやにやらが載った盆を片手に担ぐようにしてもってきた。


「仕事が早いねえ、じょうちゃん。かわいいだけじゃく仕事もできるなんてすばらしい。俺の嫁にならねぇか?」

「きゃははは。おじさん、冗談が過ぎますよ」


 シグルスはすでに飲み終わったジョッキと交換するように新しいジョッキを自分の前に置いた。


「ごゆっくり~」


 数十分後。


「ユーリ、君はアクアディア学院の学生としての自覚が不足しているよ。教会は制度やら上下関係やら、確執やらがあってめんどうくさいだなんて、どの口が言うんだよ。まったく」

「そこまで詳しく言ってなかったと思うんだけどな……」


 ビールを半分ほど飲んだレイクは頬と耳が真っ赤になり、すでに目が座っていた。


「ユーリは父親が神官で姉が聖騎士なんだろう。くそぅ。どこまで恵まれているんだ。もし俺がユーリの身分だったら、今頃遊びほうけていただろうな。黙っていても、アクアディア学院に入学できて、ただ黙っていてもそのまま進級して将来は聖職者。もう階段式だね。うらやましい。勉強にあけ暮れていた俺の青春時代を返せ~!」


 がくがくとユーリの肩をつかみ、首を揺らすレイク。


「レイク、酔ってるの?」

「酔ってなんかいないさ。まだビールを半分も飲んでないじゃないか。これくらいで酔うほど、俺は弱くないさ」


 言って、残りのビールをひとあおぎするレイク。


「お姉ちゃーん、ビールもう一杯~!」

「こいつは大丈夫なのか?」


 そんなレイクを横目で見ながら、シグルスはアルベルトに聞いた。アルベルトは一人でもくもくとジョッキをあおり続け、その姿勢は崩れることはなかった。つまりお茶だけを飲んでいる学生と同じくらいまともに見えるのだ。


「まあ、大丈夫です。レイクは酔うのは早いですが、覚めるのも早く、酔うほど飲んでも、次の日にはけろりとしているんです。むしろ、俺のほうが自分で自分が心配です」


 しっかりとした口調で話すアルベルトのテーブルの前にはすでに空になったビールジョッキが五つあった。


「おまえ、いつの間にそんなに飲んだんだ……?」


 二杯目を開けたばかりのシグルスは呆気にとられた。


「はいはーい。呼ばれてきましたよ。ビール一杯追加~」

「俺にもくれ」

「俺も」

「って、大丈夫なのか? アルベルト」

「自分は大丈夫です……たぶん」

「おい?」

「ビール二杯、追加ですね~」


 すぐさまビール二杯が運ばれてきた。


「だいたいさあ、ユーリはこのパーティで一番若いくせに、一番覇気がないんだよね。一番若いんだから、自ら進んでムードメーカーになるべきじゃない?」

「はあ」

「『はあ』じゃない。すでにその返事が覇気がないよ。俺が学生のころはもっと元気いっぱいだったよ。それは今でも変わらないけどね。俺、将来はエルダさんみたいな聖騎士になって、この国を守るんだから、これは決まったことなんだ」

「頑張ってね」

「もちろんだよ。てユーリ、他人事だなあ。まったくこれだからめぐまれたやつは――」

 その後もレイクの愚痴のような説教のような言葉が続いた。

 そして、三番目のジョッキを半分まで飲んだレイクはとうとう呂律が回らなくなってきた。そのころにはシグルスもいい感じで酔いが回ってきていて、この食事処で唯一の若いギャルにちょっかいを出し始めた。


「じょうちゃん、元気でいいね。名前はなんていうの?」

「ピンクの山鹿亭の看板娘バンビちゃんです」

「バンビちゃんか。お似合いの名前だ。すらりとした手足に、すらりとした胸。まさにうってつけだぜ」

「えっとおじさん、今どんな胸っていいました?」

「ああ? 将来楽しみな胸だなあと含みを込めたまでさ」

「ですよね~。あたしまだまだ成長過程なんです」

「今度、おじちゃんとデートしよう。欲しいものをなんでも買ってあげるぜ」

「じゃあ、この村に教会を造ってください」

「教会は大きな買い物だなぁ。それは中央に直接言ったほうがいいんじゃないかなぁ。おじちゃんには手に余るぜ」

「手が余るんじゃなくてお金がないんじゃないですかぁ?」

「金ならある。いままでわが身一つで手にいれた金がたんまりとなぁ。がはははは」

「それは頼もしいですね~」


 そんな会話を耳にしながら、なぜかユーリはレイクに手を握られていた。


「てなわけでユーリ、一緒に盗人を捕まえようね!」

「う、うん」


 何が「てなわけで」だか全然耳に入っていなかったが、ユーリはレイクの手をやんわりと振り払うと、椅子から立ち上がった。


「僕はもう寝ます。明日も早いですから」

「ユーリ、もう寝ちゃうの? もっとおしゃべりしようよ」


 ユーリに名残惜しそうな目線を送るレイク。


「早く寝たほうがいい」


 アルベルトは短く言って頷いた。そんなアルベルトのテーブルの前には数えきれないばかりの空のビールジョッキが並んでいる。


「おい、おまっ! この状況でこいつらをほっぽいて、一人で部屋に戻るっていうのか?」

「後のことは大人のシグルスさんにお任せします。おやすみなさい」

「おい、そんなごむたいな……」


 ユーリはシグルスの途方にくれた言葉を背にして部屋に戻った。


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