ユーリ、初バトルを経験して自分の心の弱さを思い知らされる
自分の目の前を歩くエルダの後ろ姿を見つめながら、ユーリは我しずらため息をついた。
「ユーリ、ほんとうに大丈夫?」
前を向いたままエルダが聞いて来た。
「うん、大丈夫だよ。初めて魔物と戦ったせいか、いろいろと考えちゃって……」
「そう。例えばどんなことを考えているの?」
質問されて、ユーリはなんと言おうか頭を巡らせた。改めて考えると、本当にいろんな思いが心の中にあふれていることに気づく。
そして、一番気になっていることではなく、それでもずっと気になっていることを伝える。
「なんで姉さんのパーティにいるんだろうって。まったく役に立っていないのに」
「役に立っているわよ。シグルスも褒めていたじゃない。アルベルトの怪我を治したのはユーリでしょ?」
「そんなの回復薬でも応用が利くよ」
「わたしは対策体の備品として渡された回復薬を一度も使わないことをひそか目標にしているのよ。協力してよね」
「ええ? それは僕のことをかいかぶりすぎだよ。万が一のことがあるじゃないか」
「万が一はないわ。このメンバーならきっとね」
言って、エルダは後ろを振り返ってほほ笑んだ。
その笑みを見てユーリは気付く。
エルダの言っている「万が一」というのは、治癒魔法が使える自分の身に何かあったときのことだということに。
そういう意味でいったんじゃないんだけどなぁ、と思うユーリ。
万が一とは万が一だ。自分がどうこうなるという事象のほかにも、いろいろあるんじゃないかとユーリは思う。
どんなものがるかと聞かれたらすぐには思いつかないが。
再びため息をつくユーリ。
「ユーリ、何か他に気になることがあるんじゃない? 心の中にためておくより誰かに言ったほうが気が楽になることもあるわよ。わたしたちは家族なんだから。いまさらかっこつけることないでしょう?」
言われてその通りだと思った。それでもやっぱり一番に思うことではなく、さきほど嫌な気持ちになった出来事を口にした。
「僕は自分のことしか考えない、嫌な人間なんだなって分って落ち込んでいる」
「勝てない相手と対峙したら、誰だって自分の身がかわいくなるわ。それは人間として当然の気持ちだと思うわよ」
「そうかな」
「人は個人差があるから。それぞれが自分の人生にあった成長をしていけばいいのだとわたしは思うわ」
「姉さんも自分だけ助かればいいなんて思ったときがあったの?」
「……さあ、どうかしら。ずいぶん昔のことでよく覚えていないわ。今のわたしは自分だけが助かればいいなんて言えない立場だしね」
言われて改めて目の前を歩く姉が聖騎士という立場で、今このパーティのリーダーだということを実感する。
エルダは言葉を続けた。
「今思うとあの当時は忙しすぎて、そんなことを思うよりさきに、身体が動いていた気がするわね」
どう身体が動いてたかはユーリにも想像できる。逃げるよりも戦うほうに身体が動いていたはずだ。守るべき者の前に立ちふさがって。
エルダは、自分の姉はそういう性格だ。
エルダが言う「あの当時」というのは自分たちの母親が亡くなった頃のことを言っているのだとユーリにはわかる。
あの頃からエルダは確かに変わった。母親が生きていたころは、エルダはもっと女の子らしい姉だった。きれいな飾りを好み、ひらひらのスカートを好んでいたように思う。
それがいつのころからか、ときには男らしい姉になっていた。
弟としては頼りになる姉だし、そんな姉に違和感はない。
池の周りを見てまわり、一同は再び集まった。
「特に問題はなさそうね」
レイクがいつにもない真面目な表情をエルダに向けた。
「エルダさん、思ったんですけど、ここで誰かが浄化の魔法を使ったのは確実ですよね?」
「ええ、おそらくはそうね。毒を吐く魔物を倒さなかったのは、その存在に気づかなかったからでしょう。ポイズンケロンはきっと巧妙に隠れていたのね」
「これほどの大きさの池を浄化できる人なんて、そうそういませんよ」
ユーリが大した考えもなく意見を述べる。
「世の中には、知られざる達人がいるんだね」
一時の間をおいて、エルダはにこりと微笑んだ。
「――そうかもしれないわね」
思わずユーリはエルダをみる。今の一瞬の間と、笑みを浮かべるエルダの様子に微妙な違和感を感じたからだ。
エルダはユーリの目線を避けるように仲間を見回した。
「このことは中央に報告します。予定通り、次の町に向かいましょう」
各々が馬車に向かう間、レイクだけがどこか腑に落ちない表情を浮かべていた。ユーリは不思議に思い聞いてみる。
「何か気になることでもあるの?」
「俺さ、浄化の魔法を使える人で、魔力のレベルが高い人のことは把握しているつもりなんだ」
「うん」
「この国ではそういう人は三人いるんだけど、その三人とも今回の捜索隊に加わっている。その三人はこことはまったく違う方向に向かったから、池を浄化したのは他の人ってことになるんだ」
「それがどうかしたの?」
「そんな人がいるなら、エルダさんはもっと驚いていいはずなんだ。浄化の魔法を使える人としても、聖騎士としても」
「言われてみればそうだね」
ユーリは頷いた。確かにレイクの言う通りだ。魔法を使う身としては、それは当然思うべく疑問だし、探求心だ。
昨夜、エルダはコロイノシシの丸焼きをうまく焼いた存在を気にした。それと同じように今回も池を浄化した相手を気にするのが普通の行動だ。それをエルダはしなかった。
「さっきの笑みもわざとらしかったし」
「うん」
そのことについては、ユーリも同じように感じていたので即座に相槌を打つ。
「エルダさんは何か隠している気がするな」
アルベルトが御者台に乗ったのを見て、レイクは急いで馬車に向かった。
「アルベルト、俺もそこに座るよ」
「ああ」
「エルダさんは報告がありますよね。シグルスさんは今回一番活躍したから、馬車でどっかり座って休んでいてください」
「おう、それじゃあ、遠慮なく」
シグルスはレイクの言葉を受け取ると、さっさと馬車の中に入っていった。
「ユーリも戦いに慣れてないのによく頑張った。思ったより疲れていると思うよ。だから休んでて」
「うん、ありがとう」
一同が馬車に乗ると、馬車はゆっくりと動き出した。
ユーリとシグルスが同じ側の長椅子、エルダは反対側の椅子に座る。
「姉さんならどれくらいかかる?」
主語はなくとも、弟がどんな質問をしたのか分かって、エルダは答えた。
「三日ね」
「姉さんでもそんなにかかるの?」
「そうよ」
「レイクが言っていたんだ。あの池を一日で浄化できる人はこの国には三人しかいないって」
「ふーん」
「その三人とも今回捜索隊に加わっていて、こことは別の方向に向かっているんだって」
「……」
「それじゃあ、いったい誰が池を浄化したんだろうね」
「名の知れない浄化の達人がいるのかもね」
ユーリがさっき言った言葉をそのまま言うエルダ。その様子でユーリは、姉が何かをごまかそうとしていると確信する。
だからといって、これ以上エルダに質問しても、エルダは求める回答をしてはくれないだろう。
それが分かっているから、ユーリは気になりながらも、エルダにそれ以上追及しないことにした。




