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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ミスティと酒を飲み交わす

 赤レンガ亭に着き、受付にいた男性に、事前にあずかっていた部屋の鍵を見せながら、名前を告げる。

 ユーリの脇を一人の女性が通り過ぎ、こちらにすぐに引き返してきた。


「確かに料金前払いで受けてるよ。どうぞ」


 預けていた鍵を受け取ると、ようやくユーリは近くでやりとりを見守ってたいたようにたたずんでいる人物に声をかけた。


「話しかけるのが遅くなってごめん」


 そこに立っていたのはミスティだった。気配でユーリは気づいていたが、店の人とやりとりをしていため、話しかけられないでいたのだ。


「気にしないで。眠れないから、少しお酒でもいただこうと思って降りてきたんだけど、いいところで出会ったわね。昼間の会話の続きをしない?」

「うん。けど……」


 ユーリが言いよどむと、ジェノサイドは大人の笑みを浮かべた。


「俺は先に休んでいるよ。いろいろと歩き回って疲れたからねぇ。部屋の鍵をくれないか」

「うん」


 ユーリは部屋番号が掘られた大きなキーホルダーがついた鍵をジェノサイドに手渡した。


「それじゃあ、いい夜を」


 ほそい両目の片方の目をぱちりとますます細めるジェノサイド。ウィンクをしたらしいと気づいたときには、ジェノサイドはユーリから鍵を受け取り、階段を上がっていた。


「あの人はユーリの連れなの?」

「いろいろ事情があって今は一緒に行動しているんだ」

「そういった話もこれから聞きたいわね」


 受付に隣接している食事処には、数人の客がいた。なんだか男女の組み合わせが多い。店内に音楽が流れていて、それはしっとり系の眠くなるような音色だった。

 ユーリとミスティはカウンターに通された。


「こういう小さな宿にしてはイカした演出だと思わない?」

「そうだね」

「昨日の話の続きを話してくれない?」

「話すと長くなるよ」

「まだ夜は長いわ。ユーリがどういう経験をして今ここにいるか聞きたいのよ」


 カウンターの向こうから店員が話しかけてきた。


「何かお飲みになりますか?」

「あたしはレッドジュエル。ユーリは?」

「僕はお茶をお願いします」

「アルコールじゃないの?」

「アクアディア聖国では、二十歳以下だとお酒は禁止されているんだよ」

「そうかぁ。ユーリはまだ二十歳前なのよねぇ。若いっていいわよねぇ」


 ミスティはしみじみと言った。


「けれどここはシルベウス王国よ。シルベウスでは飲酒は何歳からだったかしら。二十歳より下だったと思うけれど、十八、十七?」


 カウンターの向こうからウェイターが答えた。


「公式には十八歳です。ただシルベウス王国はもともとは複数の国が合併してできた国です。地域によって、お酒を飲める年齢は異なるので、厳しい規制はありませんよ」

「だって。ユーリ、ここでは飲んじゃいなさいよ」

「遠慮しておくよ」

「そう。残念ねぇ」

「当店ではオーランシャンから仕入れた茶葉があります」

「それをお願いします」

「かしこまりました」


 ほどなくして、ミスティの前には三角のグラスに入った赤い液体のカクテルが置かれ、ユーリの前には、芳醇な香りを放つティーセットが置かれた。


「改めて、再会に乾杯」

「乾杯」


 グラスとティーカップで乾杯する。見た目はちぐはぐだが、交わした杯はきれいな音が鳴った。


 それからユーリはミスティに請われるままに、約四年の間に自分が経験したことを語った。


 ミスティも語ってくれた。

 ミスティはアクアディア聖国で探索隊のメンバーとして行動していた時、心地よい言葉をくれる騎士のアルベルトと、普段は愛想がいいがどこか孤独感をにじませたエイジという、身近な二人の男性を目の前にして心が揺れていたという。


「あたしは恋愛を楽しむほうだからからね。けれど、捜索隊が解散されたあとは、エイジと一緒にアクアディア聖国を観光してまわったわ」

「そうだったんだ」


 相槌を打ちながら、ユーリは黒色の服装をいつもしていたエイジの姿を脳裏に思い起こす。

 レイクの精霊リーフがエイジのことを、恐れていたっけ。


「あわよくはこのままエイジと……なんて思っていたけれど、ある日朝起きたらエイジはいなくなっていた。そのまま再会はしていないわ。エイジの心の中には誰か決めた女性がいるみたいだった。決して手に入らない幻の女性ね。ああいう人は、そんな幻の女性を追いかけながら、孤独に生きていくんだわ。ふんだ」


 そのうち、酔いが回り始めたミスティはからんできた。


「あたしは探検家なんかやっているから、ゆっくり婚活もできないのよ。けれど今更普通の仕事なんてできないもの。

 なんだかんだいっても探検家って、腕があれば稼ぎがいいからね。そうよ、あたしは同年代の女と比べたらお金持ちなのよ。

 それなのに、あたしみたいな女を好きだと言ってくれる人もいないし、アクセサリーをプレゼントしてくれる人もいない。

 だったら自分で買っちゃえって思って、金細工で有名なキラット村に来たの。

 いろんなお店を見ていたら、魔物達が襲って来て。もういいやって思った。ここで無茶して死んでもいいかなぁと思っていたの。これから先、生きていても、歳ばっかりとるだけで同じような繰り返しだしってね」

「そんなことを言わないでよ。ミスティは大きな怪我をしたんだよ。それでも助かったのは、ミスティが生きたいと思ったからなんだから」

「それが驚きよ。まだあたしは人生をあきらめていないみたいね」

「そうだよ。アベルみたいな人もいるし」

「アベル? 誰それ?」


 本気で不思議そうな表情を浮かべるミスティ。それでユーリは気づく。アベルがミスティを好いていることをユーリは知っている。しかし当のミスティはワイバーンに脇腹をやられて気絶していて、医療院までアベルに背負われたことを知らない。アベルが医療院にわざわざ昼の休みを削って見舞いに来たときもミスティは眠っていたのだ。


 恋とはままならないものだとユーリは心の中でつぶやいた。


「アベルはミスティを医療院まで背負ってつれてきてくれたんだよ。彼はミスティの弓の腕に惚れたと言っていたよ」

「なにそれ、あたし自身じゃなくて、弓の腕? はん、お門違いもいいところだわ」


 ミスティは怒りをあらわに鼻で笑った。だから、ユーリはそれ以上アベルのことを説明できなかった。


 ミスティはカクテルを三杯お替りをした。ふらふらの状態になったため、ユーリはミスティをミスティの部屋まで見送ることになった。

 ミスティが見せた鍵のキーホルダーの番号は、ユーリが借りた部屋と向かい合わせの部屋だった。


 ミスティは朦朧としているため、彼女から鍵を受け取り、部屋の鍵を開ける。

 部屋はベッドと少しのスペースしかない広さだった。

 カーテンレールとドアの上の縁に棒が通してあり、そこに洗濯物が干されていた。


 ユーリは干されている衣類のどれがどれなのか把握する前に、すぐに目線をそらす。そんなユーリの耳元にミスティが息を吹きかけるように言った。


「もう少しお話しない? このまま別れるのは名残惜しいの」

「ミスティ、酔っているよ」

「そうよ、酔っているわ。こんな日は一人じゃ眠れそうにないの」


 ミスティからは女の匂いがした。その匂いと、ミスティの誘うようなまなざしがユーリを酩酊させる。


 ミスティの口からはレットジュエルというカクテルにブレンドされているのだろう、桃のような香りがする。それはいやおうなしにラナとのキスを思い起こさせた。


 心臓がどきどきする。

 ユーリの目線がミスティの唇にくぎ付けになる。


「ラナ……」


 無意識に愛しい人の名を呼んでいた。


「あたしはミスティよ」


 ミスティがまどろむような声で訂正した。


 それではっとする。今、僕は何をしようとした?

 ミスティが酔っていることをいいことに、愛しい人のかわりにしようとしたのだ。激しい自己嫌悪に襲われる。


 ユーリは気持ちを振り払うように頭を左右に軽く振った。

 大きく息を吸った。意識が戻ってくる。


「ミスティ、ゆっくり休んで」

「あたしを置いて行くの?」


 ミスティが求めるように片手を宙に彷徨わせた。ユーリはその手を取り、ベッドの縁に腰かけた。


「一人にしないで。寂しいの……」

「ミスティが寝るまで近くにいるよ」


 目をつぶったままのミスティの唇が安堵の笑みを浮かべる。同時につないだ手に力がかかった。それに答えるようにユーリは握り返した。


 ミスティが寝入るのに、さほど時間はかからなかった。

 ミスティとつないだ手を静かにほどきながら、自分が飲んだのがお茶だけにしてよかったと思う。


 酒が入っていたら、本能に駆られてミスティとどうにかなっていたと思う。それは確信に近い。

 あんな、すがるような目線を向けられたら、普通ならそれに答えらせざるを得ないと思う。


 なぜそう思うかと言うと、ユーリは一医療部隊にいたときに、一度やらかしているのだ。

 あの時の自分を思い起こすと恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。


 気持ちを切り替えて、ミスティの様子を確認する。

 ミスティは規則的な寝息をしていた。

 ユーリは安堵した。同時にミスティの気持ちよさそうな寝息が移ったのか、どっと眠気が押し寄せてきた。


「僕も寝ないと」


 静かにドアを開け鍵をかける。鍵はドアの下から滑らせるように部屋の中に投げ込んだ。


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