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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、空飛ぶキノコのチケットを買う

 ユーリは中央通りに足を向けた。

 昨日、魔物の軍勢に襲われたが、痛手を受けたのは村の出入り口にある大門とその周りの防壁、そして、キングゴブリンが侵入してきた広場だけで、住宅地や工房があるところは無事だった。


 そのおかげで、村が日常を取り戻すのは早く、ふらりと村を歩いているかぎりは、昨日魔物の襲撃を受けた村だとは想像できないほど、のどかだ。


 空飛ぶキノコ運行会社の建物はすぐに見つけることができた。ユウナが言った通り、大きなキノコの看板がでていたからだ。店の前にはたくさんの人たちが集まっていた。

 服装から彼らがオーランシャンから来た人たちだということが伺える。

 飛び交う会話を拾ってみると、彼らは一刻も早く魔物に襲われた村から出たがっているのだった。


「臨時で空飛ぶキノコを運行しています。整理券をお配りしているので、皆さん、落ち着いてならんでくださ~い」


 店の人の悲鳴のような声が聞こえる。


「一週間先まで埋まっています」


 ユーリは口の中でつぶやいた。


「一週間って……?」


 ユーリの言葉に答えるように店の人が言葉を続ける。


。空飛ぶキノコは使用するキノコの数にかぎりがあるので、一日一回運行するのがやっとなんですよ~」


 それならば並ぶしかない。並んでいる間に、チケット売り場の窓口が一つしかないため、列は遅々として進まない。そんな中、ふと思った。移動手段はなにも空飛ぶキノコだけではないはずだ。乗合馬車は出ていないだろうか?

 自分が今、列の中のどれくらいの位置にいるか確認するために後ろを振り向くと、いつの間にかさらに長い列ができていた。


「うわ……」


 今からこの列を抜けて、乗合馬車のチケット売り場に行ったとして、ここと同じように出発日時がだいぶ先しかなかった場合、空飛ぶキノコでここまで並んだ時間がふいになる。

 ユーリはそのままおとなしく空飛ぶキノコの列に並ぶことにした。

 一時間ほどかけてようやく自分の出番となった。八日後の朝十時に出発の便で、発着所はつり橋の近くにあると案内される。


 ユーリはその足で乗合馬車のチケット売り場に足を運んだ。空飛ぶキノコのチケットは買ってしまったが、乗合馬車の様子を確認しようと思ったのだ。乗合馬車の停留所を探して中央広場に向かう。たいがい、こういう広い通りに停留所はあるからだ。


 中央広場に倒れていたキングゴブリンの死体は撤去されていた。

 壊れた建物も瓦礫の多くはほとんど運び出されている。半壊した建物の中では、破壊された部分に布で被いをし、健全なスペースで賄いをしている店舗もある。商売魂だなぁとユーリは思う。

 はたして乗合馬車の停留所は中央広場の一角にあった。前にあるチケット売り場に長い列ができていた。きちんと並んでいるところが、空飛ぶキノコの店に集まっていた人たちよりも礼儀が良いように思える。


 乗合馬車の向かう先は、北方面だ。南方面は運行停止になっている。今の状況でわざわざゴルディア鉱山方面に行く人はいないだろうとユーリはしたり顔で思う。


 北方面は西側の山脈をぐるりと回って、シルベウス王国首都に向かう経路と、東にある大地の牙山脈をぐるりと回って、民族国家オーランシャンに向かう経路がある。どちらの経路のチケットにも多くの人が並んでいる。


 チケット売り場に張り紙が貼ってあった。


「五日先まで予約埋まっています。

 護衛士大募集!」


 見ている間に、「五」の上から「六」と書かれた張り紙が張られた。

 この様子だと、空飛ぶキノコと同じように、待っている間に出発日時が伸びそうだ。空飛ぶキノコのチケットを買って正解だったかな、ユーリは思った。


 一刻も早くブリジットを訪ねなければならないのに、一週間ほどこの村で足止めされることになる。

 時の焦りを感じるユーリ。


 それでも焦ってじたばたしていても何も変わらない。

 ユーリは道具屋に向かった。求めるのは便箋だ。

 ユーリは家を出てから、数えるほどしか家と連絡をとっていなかった。

 気持ちとしては、時折に手紙を送りたいと思っていた。しかし実行には至らなかった。家族に自分が家を出た理由を聞かれることを厭んだ。


 理由はただ一つ。ラナの記憶から自分の記憶を失わせないために、二十歳までに蘇りの魔法を使えるようにするため。

 ラナのためというよりはただの自己満足だ。ラナに自分を忘れて欲しくないから。

 この理由は誰にも言えない。それこそラナにはぜったいに言えない。


 なにより、誰かに自分の目的を教えてしまったら、そこから決意がぼろぼろと崩壊していくように思えた。


 誰にも言えないから決意はゆらがない。もし失敗しても自分だけの責任になるのだから。


 それでも家族を心配させないように、自分の誕生日に近くなると自分は元気だということを伝えるため、手紙とちょっとした贈り物を送っていた。

 いままで二回、贈り物をしている。医療部隊にいたから、手に入る品は限られている。その中から、父、姉、そしてラナの贈り物を毎年選んで送っていた。自分は元気だから心配しないで、というような内容の文を一言添えて。

 送り先の住所は空白。送り先の住所は実家。ラナの分も実家に送れば姉が渡してくれると思い、姉の好意をあてにするところがあった。


 けれどジェノサイドに起きた出来事を目の当たりにし、自分のその行為がいかに自己中心的で卑怯なやり方だったということを思い知らされた。


 帰りを待っている人たちの身になってみたら、音信のつかない相手のことを心配するのは当然だ。

 家族側の配慮が欠けていた。自分のことしか考えていなかった。

 帰れば、待っている人が以前と変わらない様子で待っていてくれるとは限らないのだ。

 ジェノサイドの家族のように、知らないうちに亡くなっているということだってあり得る。

 そう考えたら、ユーリはいてもたってもいらなくて、すぐにでも家に戻りたい気持ちに駆られた。

 しかしそれは距離がありすぎて難しい。ならば、さきに手紙を書いて自分の無事だけでもすぐさま知らせたい。


 次にユーリは宿を探すことにした。八日も滞在するのだ。泊まる宿がなければ困る。

 そこですぐさま思いついたのはミスティが泊っている宿だった。ちょうど自分がいる場所からも近かっため、ユーリはその宿に足を向けた。


 赤いレンガ亭というその宿は、赤いレンガの壁が特徴的な建物だ。

 店の人の説明では空いているが二人部屋だけしかないという。これでも運がいいほうで、昨夜魔物の軍勢に襲われたばかりのこの村は交通網が破綻していて、村を出たくても出れない旅行者であふれているからだそうだ。

 今、空いてる部屋は、移動用の馬を持っている人が借りていたもので、自分の馬で村を出て行ったのだという。


「うかうかしていると他の人に部屋を借りられてしまうよ」


 という店員の言葉に、ユーリはこの宿の部屋に泊まることに決めた。

 手続きをして、案内された部屋は、二階にあった。入って左右に幅の狭いベッドがあり、突き当りは窓で、机兼用の小さな棚がある。

 ひとまず荷物を荷物を置く。それだけでだいぶ身軽な気持ちになった。

 ここで手紙を書こうかとも思ったが、なにも狭い部屋で窮屈な思いをして書くこともない。


「落ち着いて手紙を書けるカフェみたいなところがあればいいな」


 ユーリは財布やハンカチなど必要最低限なものだけを肩掛けかばんに詰め替えて宿をでた。

 キラット村は歩いているだけでも目を楽しませてくれるきれいな村だとつくづく思う。白い壁に赤い瓦の屋根の家々が立ち並び、どの家のベランダにも可憐に咲きほこる色とりどりの花が植わった鉢が並べられている。


 そんな中、ユーリはコーヒーを出すカフェを見つけ、店の中に入った。昼時をすぎたその店はそれほど混んでおらず、窓側の席に案内された。


 メニューには、シルベウス風なんとかとか、オーランシャン風なんとかとか、枕詞がつていている料理が多く目についた。


 その中からユーリは大地の牙産コーヒーを注文した。大地の牙産コーヒーなんて、このあたりでしか飲めないだろう。どんなコーヒーなのかとユーリは内心興味津々だ。


 出て来たコーヒーは、濃厚な風味と程よい苦みがあった。おいしいが、こういう味のコーヒーは時間が経つとすぐに酸味が出てくるのが常だ。ゆっくりとコーヒーの味を味わいたかったから、少し残念だが、酸味が出てきたらミルクでも入れてごまかそうと思い直す。

 ユーリは手紙の内容を考えた。

 いざ書こうとするするとなかなか筆が進まない。

 長い間心配をかけたことに対するお詫びと、もうすぐ帰るという内容を書き連ねる文章を何度も書き直しする。


 気分転換にコーヒーを一口仰いだ。コーヒーは半分以上減っていて、すでに冷たくなっていた。液体を口の中で転がし、ユーリはカップを離し、まじまじと黒い液体を見つめた。


「……っ?」


 ユーリの店の店主が話しかけてきた。


「どうですかな? 大地の牙コーヒーは?」


 亭主は笑顔を浮かべた。


「おいしいです。冷めてもおいしいんですね」

「分かりますか。たいがいコーヒーは淹れてから時間が経つにつれて酸化して酸味が増してくるものですが、この大地の牙コーヒーはその酸味があまりでないのですよ」

「それはいいですね。淹れたても楽しめて、冷めても楽しめるなんて」

「ありがとうございます。お客人、なかなかコーヒーには詳しそうですな」

「詳しいかどうかは分かりませんが、自分の好みの味のコーヒーは分かります」


 「彼女がコーヒーを出すカフェで働いていたから」という言葉は心の中で付け加える。


「そうですか。それならこちらの深入りコーヒーなどいかがですかな。苦みは増しますが、その分香りも濃厚ですよ」

「頼みます」


 即決である。


「かしこまりました」


 待っている間にぬるくなったコーヒーを少しずつ口に運んだ。


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