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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、棺の中に眠るジオラルドを思う

「ジオの遺体は時封じの棺の中に居るの」

「なるほど。時封じの棺か」


 納得したように頷くジェノサイド。ユーリもなるほどと頷いた。

 時封じの棺はその名の通り、棺の中の時間を止める魔法道具だ。時が止まるため、死体は腐敗することなく、死んだときの状態のままでいられる。


 ジオラルドの部屋の部屋はジェノサイドの隣だった。

 部屋の構成はユーリが泊まった部屋と似ている。ドアを開いた先に居間があり、その隣の部屋が寝室。それぞれの部屋の大きさは、客室より広く造られている。

 その寝室のベッドの手前に黒い塗装の施された棺があった。


 ジェノサイドは棺の前で膝を折り、棺の蓋をなでた。


「ジオ……」

「その棺には魔法鍵が掛けられているの。ジオと血縁関係がある者しか開けられない魔法の鍵よ。ジグ様が、わざわざ遠く地から高尚な魔法使いをよんでかけてもらったのよ。その棺を開けることができるのはジグ様と奥様、そしてジェノ、あなただけなの」


「そうか。成長したジオの顔をみたいけれど、開けられないねぇ……」


 ユウナがそっとユーリに声をかける。


「ユーリ様、ここは兄弟だけにしましょう」

「そうですね」


 ユーリは頷いた。

 ドア越しに、ジェノサイドの慟哭が聞えてきた。

 ユーリもそれに感化され、いたたまれない思いに駆られる。


 ユーリはジオラルドという人と会ったことはない。けれど、ジェノサイドやコウ、ユウナたちから話を聞いているため、他人のようには思えない。


 今にも泣きそうな表情をしていたのだろう、ユウナがやんわりと声をかけてきた。


「ジオのために悲しんでくれてありがとう」

「ジェノが感じている嘆きは僕が思うよりももっと深く、悲しいものだよ」


 高慢な物言いの声がかかった。


「ここで兄弟の涙の再会ですか」


 そちらを見ると、ベインの片腕にぶら下がるように自分のそれをからめたエシリアがいた。


「涙がましいシーンですわね」


 涙など流して言いないのにわざとらしく、自分の目の縁をぬぐうエシリア。


 ベインを前にして、ユウナはおろおろとした。


「あの、えっと、これは……」

「ユウナ、その脅えた挙動をやめなさい。余計にイラつく」

「……もうしわけございません」


 ドアが開いて、目を赤くしたジェノサイドが出てきた。ベインがそんなジェノサイドに言い放つ。


「さあ、さっさと俺の屋敷から出て行ってくれ」


 歯を悔い絞るようにジェノサイドは言った。


「言われなくとも出ていく」


 すれ違いざま、エシリアが哄笑とともに言った。


「一夜泊めてあげたのに、お礼の言葉一つのもないなんて、なーんて非常識な人達なのかしら」


「世話になった」

「あ、ありがとうございます」


 屋敷をでて、その屋敷の門に刻まれた紋章を見て、ユーリははっとなった。


「――っ!」


 今から一年前、ブリジットの森に入るときに自分を雇ってくれた富豪の夫婦。その夫が指にはめていた指輪の紋章の記憶と、屋敷の門に刻まれた紋章がよく似ていた。似ている、というより同じものだ。

 そう気づいたとき、ユーリの中で、ばらばらになっていた物事が一つの線につながった。

 ジェノサイドのファミリーネームはヤンソンだ。どこかで聞いたことがあると思っていた。聞いたことがあるはずだ。かつてブリジットの森で護衛していた富豪の夫妻のファミリーネームもまたヤンソンだったのだから。

 彼らは自分の息子を蘇らせるためにブリジットに会いに行くと言っていた。その息子というのがジオラルドだったのだ。


 ジェノサイドが声をかけた。


「どうしたんだい、ユーリ」

「この紋章を見て思い出したよ。一年前、僕はジグさんとその奥さんに会っていたんだ」

「どういうことだい?」

「ちょっと話が長くなるかも。それに内容が内容だけに玄関先で話すようものではないと思う……」


 ユウナが言った。


「それならハーブ園に行きましょう。そこでなら誰にも邪魔されません」


 ハーブ園は表の庭園の奥、周りを木々に囲まれた一角にあった。

 丁寧に手入れされ、小さな東屋がある。

 ジェノサイドが目を細めた。


「いいところだね」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」


 東屋にある長椅子にそれぞれ座る。


「で、ユーリが親父達と会ったことがあるということだったね」

「うん。昨日の昼、サンドイッチを食べているときに話した富豪の夫妻の話があったでしょう。彼らはジグさん夫妻だったんだ」

「――それは本当に親父達だったのかい?」

「この屋敷の紋章と同じ形の紋章を施した指輪をしていたよ。それにあの人は自分のことをジグ・ヤンソンと名乗っていた。それから……」

「それから?」

「今思えば、ジグさんはジェノに目元がよく似ていたよ」

「……でも他人の空似かもしれないし、指輪の紋章は形が似ているだけだったのかもしれない」

「うん……」


 ユーリは相槌を打つことしかできなかった。

 ジェノサイドは目をぎゅっとつぶり、ゆっくりとまぶたを開いた。


「けれどたぶん、それは親父とお袋だ」

「……」


 ユーリは何もいうことができない。そんなユーリに、ジェノサイドは穏やかともいえる笑みを浮かべた。


「ユーリ、親父達を野ざらしにせず、慎重に葬ってくれたんだよね。改めてここから礼を言うよ」

「充分な埋葬がでなくてごめん……」

「それはいいんだ。場所が場所だからねぇ」


 ユウナが質問した。


「ブリジットの森の中に、まだ旦那様と奥様の遺体はあるのですか?」

「あると思う」

「旦那様は転移の石を持っています。その石を使って大賢者ブリジット様を屋敷に転移していただき、ジオラルド様を蘇らせるつもりだったのです。

 この屋敷にはその石と対になる石があります。その石から転移すれば、ジグ様の遺体があるところまで転移できるということです」


 ジェノサイドが手をたたいた。


「それはいいな。ついでにブリジット様に会って、ここに来てもらおうか」

「ブリジットの森には結界が張られているんだ。転移の石で転移しようとしても、その効果は弾かれるか、もし転移したとしても、ブリジットの森の外に転移させられるかもしれない」

「その可能性はあるねぇ。いつかブリジットの森まで行って、親父たちの遺体を手厚く葬ってあげたいな。

 けれどそれは今じゃない。今は今できることをするべきだねぇ。

 親父達はブリジット様にジオを蘇らせる依頼をする前に亡くなった。ということは、別の誰かがブリジット様にお願いをしに行かなくちゃいけない」


 言ってから、ジェノサイドはユーリを見つめた。


「ユーリはブリジット様に会いにいくんだったよね」

「うん」

「それに俺も同行させてくれないか? ジオが蘇れば、工房も屋敷も立て直すことができそうだ。なんたって、ジオは金の糸を生成できるのだから。それに戸籍から外れている俺と違って、ジオはヤンソン家の正式な後継者だから、ベインから所有権を取り戻すことができる」


 ユウナが口を開いた。


「良い考えね。けれどジェノがブリジット様に会いに行くのは反対よ。それでジェノまで死んだら、永遠にジオは時封じの棺の中に寝かされたままになるのよ。わたしが行きます。ユーリ様、ご一緒させてください」

「ジェノやユウナさんが僕と一緒に来なくても、僕がブリジット様に会った時にジオラルドさんの蘇りをお願いするよ」


 言いながら、ユーリは言葉では言い表せないむずむずしたものを感じた。

 そのむずむずした感じようは自分は一度、蘇りの魔法を使ったことがあるという思いからきている。


 そんなユーリの心境を知らないジェノサイドとユウナは言い争いを始めた。


「ユーリがそう言ってもらえるとありがたいけれど、こんな大切なことを頼むのは忍びない。だから俺も行くよ」

「ジェノは駄目よ。わたしが行くわ」


 先ほどから続いていた発展性のない会話に注意を戻したユーリは、困惑気に話しかける。


「二人とも、他の選択肢もあるかもしれないよ。もう少し冷静になろうよ」


「他の選択肢ってなんだい?」

「他の選択肢ってなんですか?」


 二人に迫られ、ユーリはたじろいだ。


「う、それは……」


 ユーリは他の選択肢というものを持っている。自分がジオラルドに対して蘇りの魔法を使用することだ。しかし蘇りの魔法が成功するかどうかユーリには自信がない。

 だから自分から口に出すことはできない。


 沈黙があたりを支配し、そんな沈黙を一つも気にかけないように、二匹の白い蝶が戯れながら、ユーリ達の前を横切っていった。

 それに気がそれたというように、ジェノサイド一つ大きなため息をついた。


「ちょっと感情的になりすぎたな。八つ当たりをしてしまったよ。すまない、ユーリ」

「わたしもごめんなさい。ユーリ様にとっては関係ないことなのに」


「気にしないで。それだけ二人がジオラルドさんを大事に思っている気持ちが伝わったよ。それでねジェノ」


 ユーリはジェノサイドを見つめた。

 

「部外者の僕が言うのもなんだけれど、今は、ここでジェノにしかできないことがあるんじゃない?」


 ジェノサイドは息を飲んだ。


「――っ!」


 ジェノサイドの目線が宙を彷徨う。


「それをしてしまったら、かつて俺がヤンソン家をでた意味がなくなるんだ……」


 悔しさとやりきれなさが混じったつぶやきがジェノサイドの口からもれる。


「ジェノ?」


 ユーリの問う言葉で、ジェノサイドははっと我に返った。そして苦笑いを浮かべる。その場を和ませようとわざとその笑みをつくろうとしたことが、ジェノサイドを見つめていたユーリには分かる、ぎこちない笑みだった。


「とはいえ、いざとなったら俺がどうにかするしかないんだよねぇ」


 ユウナが重ねるように言葉を続ける。


「そうよ。役所に行って権利書を確認するとか、工房を立て直す模索をするとか、いろいろやることはあるでしょう?」

「本当にそうだねぇ」


 ユーリは時封じの棺にかけられている魔法について、気になったことを質問した。


「ジェノのほかに近くに親戚はいないの? 誰かが棺を開けてしまったら、ジオラルドさんの時はまた進むんでしょう?」

「近くに親戚はいないはずだよ。親父はオーランシャンからやってきて、この村で両親に死なれて一人身だったお袋と知り合ったと聞いている。お袋の家は砂金から金を生成する工房を持っていてね。その延長で、魔法の心得がある親父が、ただ金を生成するだけでない方法を完成させて、工房を大きくていったんだ」

「それならオーランシャンにはジェノのお父さんの親戚がいるかもしれないんだね」

「そうだなぁ。親父はいつだったか兄がいるなんて言っていたような気がするけれど。けれどもう何十年も会っていないんだ。オーランシャンから親戚を見つめるのは川底から一粒の金の粒を見つけるよりも難しいだろうねぇ」

「そうなんだ。それなら安心だね」


 ほっとするユーリに、ジェノサイドは細い目をさらに細めた。


「ベインがヤンソン家の血筋がある者を連れてきて棺を開けることを心配してくれたんだね。ありがとう」

「気になったからね」


 ユーリとジェノサイドは夕方、昨日の店「なごみ」で合流することを約束すると、それぞれ目的の方向に向かった。


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