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アクアディア聖国物語  作者: 中嶋千博
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ユーリ、ヤンソン家で朝食をとる

 ドアをノックする音で目が覚める。窓から差し込む光が朝を告げている。


「ユーリ様、食事の用意ができました」


 ドア越しに、ユウナの声が聞こえた。

 ユーリはベッドから飛び起きた。


「ああ、ごめん。すぐに支度する」


 大きな声で返事をして、急いで上着を身につける。急いだため、一度は反対の足にズボンを通し、一度は前後反対のシャツに袖を通した。結果、余計に時間がかかった。


「待たせてしまってすみません」

「ゆっくり休めましたか?」

「おかげさまで。ふかふかのベッドなんてほんと、久しぶりだった」

「それはなによりです。それでは食堂まで案内します」


 昨夜は暗くてよく見ていなかったが、廊下のところどころに趣味の良い調度品がさりげなく置かれていて、家主の趣味の良さが伺えた。

 食堂に通じる部屋にはドアはなく、広めの出入り口となっている。

 食堂には二十人ほども腰を掛けられる長いテーブルが二列あった。窓側のほうのテーブルの真ん中あたりに、ジェノサイドが座って食事をしていた。


「それではわたしは別の仕事がありますので、失礼します」

「ここまで案内してくれてありがとう」


 ユウナの後ろ姿を見送って、ユーリは食堂に入った。

 ジェノサイドは食堂にやってきたユーリに気づき、さわやかな声で言った。


「おはよう、ユーリ。良い朝だねぇ」

「うん、おはよう」


 ユーリはジェノサイドのテーブルの前に座った。

 すぐさま、ジェノサイドと同じ料理がトレーに載せられ、目の前に運ばれてくる。運んできてくれたのは恰幅のいい女性だった。女性というより老婆だ。皺の中に細い目が隠れている。


「ありがとう」


 口元の端をあげることでユーリの礼に答えて厨房に去って行く。


「食堂も広いね」

「風呂同様、職人たちも使用できるようにできているからねぇ。俺がいたころは、朝昼晩のピーク時には、このテーブル全部がうまって、職人と使用人がそれぞれおしゃべりをしていたものだよ。そのときは食事もバイキング形式でね。この部屋の左右にさまざまな料理が大きなトレーにいられていて、好きなものを皿によそって食べられたものだよ。

 それが今ではこのトレーの中に収まるものになっているんだものなぁ」


 やりきれない表情を浮かべるジェノサイド。


「味は昔と変わっていない気がする。この鹿肉を細切れにして野菜と炒めたやつなんて、ほんと変わっていないよ」


 ジェノサイドは嬉しそうに言った。


「コウ先生は?」

「もう医療院に向かったよ。さっき食堂に入るときに入れ替えにすれ違ったんだ」

「僕も後で医療院の様子を見に行こうかな」


 食事が終わった頃、先ほどの恰幅の良い女性が右にジェノサイドのトレー、左にユーリのトレーを載せて、厨房に去って行った。

 そして今度はお茶のセットをもってきた。


「食後のお茶はどうですかな。お客人方」


「ありがとう。いただくよ」


 ユーリも言った。


「僕もいただきます」


 ポットから茶がコップに注がれ、二人の前に渡される。

 老婆は去るそぶりを見せなかった。

 ジェノサイドはお茶を一口すすり、


「うわ、なにこれ。この苦いやつ。嫌だけど懐かしい感じ。これはいたずらをして罰として、何度も飲まされた薬湯だ」


 ジェノサイドがわめいたため、ユーリは口に運ぼうとしていたカップを空中で止めた。

「苦いの?」

「苦いなんてもんじゃない。まあ、体にはいいだろうけどね。これ、いまだに出してるのかい?」


 最後の質問は老婆に向けられる。


「さようですとも。最近は出すことも少なくなりましたがねぇ。

 いたずらばかりするおぼっちゃまに、罰としてこのお茶を飲ませていたころが懐かしいですなぁ」

「俺が誰か分かっているのかい?」


 老婆は細い目をますます細めた。


「よく戻られました。ジェノサイドぼっちゃま」

「マリンばあちゃん!」


 ジェノサイドは椅子から立ち上がると、老婆をがしっと抱きしめた。


「だいぶ変わったから気づかないと思っていたんだ。コウだって最初は俺のことに気づかなかったんだよ。ユウナから聞いたのかい?」

「いいえ。あの子からは客人が二人いるから、いつもより二人分多めに食事を作って欲しいと頼まれただけです。ここに入って来て、すぐに気づきましたよ」

「久しぶりに会えてうれしいよ」

「あたしも良い歳ですから、これから職を変えるのはどうにも。だから作る料理が減っても、少しでも職人さんたちの精力になれるものを思いながら毎回料理をしています」


 昔を懐かしむような表情を浮かべる。


「かつてはあたしのほかに助手が三人もいたことがありました。あのときは活気があってよかったです。それが今ではここの料理はあたし一人で賄っているんですよ」

「苦労をさせているんだね。本当にすまない」

「その言葉、もっと早くに聞きたかったですねぇ」

「悪かった。俺がもっと家族と連絡を取り合っていればこんな状況にはならなかったかもしれないのに」

「過ぎた時は戻せません。けれど、せっかくぼっちゃまが戻られたなら、今、ぼっちゃまができることをしてくださいませ」

「そのぼっちゃまという呼び方はもう、やめて欲しいんだけどなぁ。俺、もうすぐ四十だぜ?」

「私にとってはぼっちゃまはいくつになっても坊ちゃまですよ」

「そうかぁ」

「それはジオラルぼっ坊ちゃまにも同様に言える言葉です。ジグ様が戻られるその日まで……」

「マリンおばあちゃんは信じているんだね。親父たちが戻ってくることを」

「ええ、そしてジオラルドぼっちゃまが蘇ることを信じています」


 信じている、と言いながら悲しそうな表情を浮かべるマリン。マリンはすぐに笑顔を取り繕うと、


「さあさあ、この滋養強壮のお茶を最後の一滴まで飲んでくださいな」

「これ、苦くて苦手なんだよなぁ」

「体にはいいんです。久しぶりに作ったので作り甲斐がありましたよ」


 ジェノサイドは意を決して一気飲みした。


「ほら、飲んだよ」

「いい飲みっぷりです」


 マリンはユーリににこにことした目線をむけた。

 その笑顔に催促させてユーリもおそるおそる口をつける。やはり苦かった。こんなのをゆっくり飲めるわけがない。ユーリもジェノサイドを見習って、喉を通して胃を通して、そして小腸を通して、その効能が効いて行くことがじわじわと分かる。茶が通過したところが熱いのだ。

 外側からそれが分かるのだからよっぽどの効果があるのだろうとユーリは思う。


「苦いけれど、体にはいい気がする」

「その通りです。マリン特性のお茶ですからね」


 マリンは得意そうに頷いた。

 ユウナがやってきた。


「ジェノサイド様、ユーリ様、食事は済まわれたようですね」

「久しぶりにマリンおばあちゃんの料理が食べれてうれしかったよ。苦いお茶もまあ、懐かしかったねぇ」

「それはようろしゅうございました」

「ユウナ、その言葉遣い、やめて欲しい。昔はお互いにタメ口だっだじゃないか。そういう丁寧な言葉を使うユウナが違和感ありすぎて対応に困るんだよ」


 ユウナはにやりと笑った。


「そう言っていただけるとわたしとしても気遣いなく発言できて助かります」


 言うとユウナはジェノサイドの隣に座った。


「それでジェノ、これからどうするつもりなの?」

「俺か戻ってきたのは、ゴルディア鉱山に近い故郷が心配だったからだよ。国が兵団を派遣するなんてよっぽどのことだろうと思ったからね。

 戻ってみたら、村は魔物に襲われているし、家は破産寸前だし、予想以上だったよ。

 ベインが工房を食い物にしてつぶす気満々なのを見て、昨夜は頭に血がのぼって怒鳴ったりしたけれど、一夜明けて冷静に考えてみれば、それが天が定める道なら、無駄な抵抗はせずおとなしく引き下がるのもありかなぁと思うんだよねぇ」


 ユウナが怒りの表情を浮かべて言い放った。


「なんてへっぴりごし!」


 ユウナの青みじみた黒い瞳がジェノサイドを刺す。昨日の夜は暗くてよく分からなかったが、ユウナの瞳の色はただの黒ではなく、不思議な色合いをたたえていることにユーリは気づいた。


「え?」


 ジェノサイドは驚いたようにユウナを見つめた。


「何が天が定める道なんて人任せなようなことを言っているの? 自分の道は自分で決めるものでしょう?」


「川の向こうにある森に、魔力を高める薬草があると聞いて、魔力の少ないジオのために探しに行ったり、わたしの誕生日のプレゼントに渓谷にペリドットの原石を見つけに行ったり。

 わたしが知っているジェノは、そんな誰のために自ら危険に飛び込んでいく、頼もしい男の子だったわ」

「そんな昔の話を持ち出すなよ」

「持ち出しもするわ。ベインの横暴はわたしでは食い止めることができないの。地位も権力もないのだから。

 けれどジェノは、あなたはは正当なヤンソン家の嫡子よ。その立場と、知恵を総動員すれば、望むべき道が開かれるんじゃない?」

「望むべき道……?」

「わたしができることがあれば手伝うから」


 マリンも頷いた。


「あたしも何かやれることがあれば力になりたいですよ。ここにコウがいたらきっと同じことをいいますとも」


「……わかった。みんなの気持ちは充分に分かったよ。ユウナやマリンおばあちゃんたちがそう思ってくれるなら、まだあきらめるわけにはいかないという気持ちになるなぁ。俺ができることを模索してみるよ」


 ジェノサイドの言葉に、ユウナとマリンは期待の表情を浮かべた。


「さすがジェノね」

「期待してますよ、ぼっちゃま」

「そうと決まれば、工房の様子を見てみたい。役場に行って、屋敷や工房の所有権のことを確認したいねぇ。つり橋にも行ってみたい。

 それから、建築会社から壊れた防壁の再建築の仕事依頼を受けていたから、その返事もしないとねぇ」

「建築会社ってどういうことなの?」


 ジェノサイドはユウナに詳しいことを説明した。


「それでジェノはどうするつもりなの?」

「依頼は受けようと思う。当分は仮住まいになるから、収入も欲しいしねぇ」

「ジェノなら、工房の立ち直しも屋敷の奪還もきっとできるよ」

「ありがとう、ユーリ。

 ユーリにはここまで付き合ってもらって申しわけなかった。まだ旅の途中なんだろう?」

「ジェノと出会えてよかったと思っているよ。コウ先生みたいなすごい治癒魔法使いと知り合うこともできたし、なごみのおかみさんのおいしい料理も食べられたしね」

「そう言ってもらえると、助かるねぇ」

「ユーリ様は旅の途中なのですか?」

「うん、ブリジットの屋敷を目指しているんだ」

「まあ、ジグ様たちが向かったというブリジットの屋敷ですか?」

「そうなんだ」

「もし旅の途中で親父達の痕跡を聞いたり見たりしたら、手紙で構わないから教えてくれないか?」

「もちろんだよ」

「空飛ぶキノコで行くんですか?」

「うん。それが一番早いようだしね」

「ちょっと待って。空飛ぶキノコはユーリは知っているのかい?」

「昨日、ジェノが目覚める前に知り合いから聞いたんだよ。本当に空飛ぶキノコはあるらしいよ。知り合いはオーランシャンから空飛ぶキノコでキラット村に来たっていってた」

「へええ。空飛ぶキノコというくらいだから、キノコが空を飛ぶんだよねぇ」

「何他人事みたいなことを言っているのよ。空飛ぶキノコを発案したのはジェノだったじゃない」

「へ?」

「もう二十年前になるから忘れちゃった? ジェノは設計図みたいなものを描いてジオに渡したでしょう」

「――ああ、そういえば。あのキノコを集めたら、人も浮くんじゃないかと思ったりしたねぇ」

「空飛ぶキノコは、ジェノが発案設計し、ジオが実現させたものなのよ」

「ジオは実現させたんだね」

「今は空飛ぶキノコを使ってオーランシャンから観光客がたくさん来るのよ。交易としてはオーランシャンに金細工を輸出して、かわりにオーランシャンからは茶葉を輸入したりもしているわ」

「時代は進んでいるんだねぇ」


 ユーリが口を開いた。


「その空飛ぶキノコを利用したんだけど、どこに行けばいいのかな」

「空飛ぶキノコを運行している会社は、中央通りに店を構えています。大きなキノコの看板がでているので、すぐに分かると思います。毎日は運行はしていなくて、一日おきか二日おきくらいに運行していたと思いますよ」

「ありがとう。行ってみるよ」

「空飛ぶキノコはジオが実現したなら、ジオが運行会社の人じゃないのかい?」

「ジオは自分は金細工職人であって、空飛ぶキノコを運用する人間じゃないからと、その権利を他者に売ったの」

「新技術で儲けようという気がないのがジオらしいねぇ。さて行くとするか」


 ジェノサイドが腰をあげ、それに従って、ユーリたちも椅子から立ち上がった。


「ここを出る前に、ジオに会ってあげて」

「おっとそうだ。ジオの墓で手を合わせないいけないねぇ」

「ジオはお墓にいないわ。自分の部屋で蘇る日を待っているのよ」

「え? どういうことだい?」


 ユウナの言葉に、ジェノサイドは目をぱちくりする。ユーリも同じような表情を浮かべた。


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