ユーリ、ミスティから空飛ぶキノコの話を聞く
「ユーリはこの村にどんな目的があって来たの? ラナに金細工のアクセサリーでもプレゼントするとか?」
「それはいいアイディアだね」
「あら、それが目的じゃないのね。あたしはそれが目的だったけど」
「そうなの?」
「キラット村の金細工って、オーランシャンではけっこう有名なのよ」
「そうなんだ」
「村が魔物の軍勢に襲われるなんて、思ってもいなかったわ。それはここに来ている観光客みんなに言えることだけれどね」
「ミスティはどうやってここに来たの?」
「空飛ぶキノコで来たのよ」
「ということは、オーランシャンから来たのか」
「そうよ。そういうユーリはシルベウス経由?」
「うん。南のタイトスの町から北上してきたんだ。――空飛ぶキノコって本当に空を飛ぶの?」
「飛ぶわよ。あたしも初めてみたし、はじめて乗ったからどきどきしたけれど、空の旅もなかなかいいものよ。ただ、山脈を超えるときとても冷えるから、防寒は万全にしておいたほうがいいわね」
「気に留めておくよ。オーランシャンはどんな国だった?」
「そりゃあもう、広いわ。土地の面積が広い。町と町の間の距離が長いの。旅慣れたあたしでさえ、孤独で不安になったんだから。一週間誰もいない平原を移動してきて、シャンロンの町が視界に入ってきたときは、心底ほっとしたものよ」
十分ほど待たされてようやく席に案内される。ミスティはこれでもかというほど食べた。
「よくそんなに食べれるね」
「あたしは食べても太らない体質なのよ」
ようやく一息ついた。
続けて別の話をしようとすると、店員に空いた皿をあっという間に下げられる。
店の入り口付近をみると、まだ行列ができていた。どうやら早く出て行けと言うことらしい。
ユーリとミスティは立ち上がった。
会計時に、少しごたついた。
「ユーリ、ここはあたしにおごらせて」
「自分の分は自分で払うよ」
店員が困り果てたように言った。
「お客さんたち、どちらでもいいから早くお支払いしてください。他のお客さんの迷惑になります」
このままでは、埒が明かない。ユーリは財布から銀貨一枚を取り出すと、会計カウンターの前に置いた。
「お釣りはいいよ。さあ、店をでよう」
ユーリはミスティを促し、店を出た。
「結局、おごられちゃったわね」
「久しぶりの再会なんだから、そのお祝いだよ。僕はミスティに再会できてうれしいんだ」
ユーリの言葉にミスティは目を見開き、そして頬を染めた。
「あ、あたしもうれしいと思っているわ。ねえ、もう少し話さない?」
「ごめん。医療院に戻らないと。僕は今、あそこで働いているんだ」
「そうよね。ユーリは休憩中だったわね」
「けれど近いうちにまた会えたらいいね。ミスティはどれくらいこの村にいる予定なの?」
「まだきちんと考えていないけれど。しばらくは交通手段は麻痺ひるだろうから、しばらくはいると思うわ。あたしの借りている宿は知っているだから、気が向いたら遊びにきて」
「うん、そうだね。それに同じ村にいるんだから、案外すぐにどこかで会えるかもしれないし」
「仕事、頑張って」
「ありがとう。ミスティもゆっくり休んでね」
ふわりとミスティはあくびをした。。
「ごめんなさい。おなかがいっぱいになったせいかしら。突然、睡魔が込み上げてきたわ」
「あ、僕こそごめん。大規模な治癒魔法をかけたからね。栄養を補充したから体が睡眠を求めているんだ。宿まで送っていくよ」
「ふふ。ユーリは謝ってばっかりね」
「ごめん」
「ほらまた。送りは大丈夫よ。それにあたしは宿に行く前に兵舎に行って日当をもらうつもりだから」
ミスティと別れ、ユーリは医療院に戻った。
魔物の中にはは魔物に毒をしこんでいた魔物がいて、その毒を抜くのに数日かかる。そのための治癒を求めて。ぱらぱらと医療院を訪れてくる。
毒消し草の在庫はつき、解毒魔法が使えるコウと、女性の治癒師でメルという人が交代で治癒にあたっていた。
そんな中にも、復旧作業の中で、怪我をした怪我人がやってきたりした。
解毒魔法は使えないユーリはもっぱら治癒に専念し、怪我人の包帯を取り替えたり、薬草の調合を手伝ったりした。
そうこうしているうちに、あっというまに夕方になった。
「あのう、お連れの方がお目覚めですよ」
そうメルに話しかけられたのは、洗った大量のタオルを干し終え、空になったかごを戻しに寝室に戻る途中でのことだった。
「ジェノが? ありがとう、知らせてくれて」
メルに礼を言うと、ユーリはかごを所定の場所に戻して、すぐさまジェノサイドが寝ているベッドに向かった。
「ジェノ、おはよう」
「ユーリか。ここはどこだい?」
「医療院の病室のベッドの上だよ。ジェノは昨日、魔力の使い過ぎで気を失ったんだ。あれから丸一日経っている」
「そうか……」
ラディックがどこからか現れた。
「目覚めたんですね。体調は大丈夫ですか? あ、自己紹介が遅れましたが、私はキラット村医療院の院長をさせていただいておりますラディック・フルーレと申します」
「ああ、院長さんですか。俺はジェノサイド・ヤンソンです」
「ヤンソン? あなたはヤンソン工房と縁がある方ですか?」
「まあ、かつてはあった、と言う感じだねぇ」
ジェノサイドは言葉を濁した。
「はあ」
ラディックは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ヤンソンですと……」
近くでユーリたちの会話を聞いていたコウがやってきた。じっと疑うような探るようなまなざしでじっとジェノサイドを見つめる。
ユーリは思わず質問した。
「コウ先生? ジェノと知り合いなの?」
「知り合いと申しますか……。いや、もしかしたら同姓同名かもしれない。あまりにも外見が違いすぎる」
「……?」
ユーリはコウの回答に首をかしげる。
そんなユーリ達の会話には気づかず、ラディックは本題に話を戻す。
「それはともかく、ジェノサイドさん、丸一日後のお目覚めから申し訳ないのですが、あなたの魔法の力を貸していただけないでしょうか? あの大きな真四角の岩を出現させる魔法を使えるあなたを、ぜひとも雇いたいと、建築業者が言ってきておりまして。彼らは今もなお、現場で修繕工事をしているため、院長である私が伝言を承った次第なんです」
「また勧誘かぁ。昨日も勧誘されたんだよねぇ。その途中で意識がぶっとんだったんだなぁ。
俺の力が役に立てるなら、協力したいけれど、まずは自分の家の様子を見てきていいかな。心配なんだよねぇ」
「それはもちろんです」
「それじゃあ、一度家に帰ってみるよ」
ジェノサイドはベッドから体を起こして、床に足をつけて立ち上がった。ユーリはジェノサイドがたちくらみなどを起こしたらすぐに反応できるようにジェノサイドの近くに移動する。
「ここの医療費はいくらだい?」
ジェノサイドの様子はユーリが心配するよりもしっかりしている。
「村を魔物の軍勢から救ってくれた立役者から医療費をせびるなんてできませんよ」
「そうかい。それじゃあ、今日は一旦このまま家に行かせてもらうよ。回答はそのあとでいいかな。だいぶ遅い時間になると思うけど、それでいいかい?」
「もちろん、明日で構いません。回答を建築会社にしないといけないので、お手数ですがここを訪ねてくてくださいませんか?」
「分かった」
コウがジェノサイドに歩み寄る。
「あなたに聞きたいことがあるのだが、聞いてもよいだろうか?」
ジェノサイドはコウに真正面から向き直った。その表情には笑みが浮かび、瞳はいたずらっこの少年のように輝いている。
「なんだい? コウ」
コウ、と呼ばれ、銀髪の治療師は、確信を得た表情になる。
「やはり、あなたはあのジェノサイト様なのですね」
ジェノサイドは、にいっと唇の端を持ち上げた。
「分かったかい? 歳のせいでぼけたのかと思っていたよ」
「俺はまだ歳ではないですぞ。ジェノサイド様が変わりすぎなのです。俺が知っているジェノサイド様はもっと身長も低くて、、声変わりもしてなくて、そんな不精髭なんて生やしていなかった」
「そういえば、二、三日髭をそっていなかったねぇ」
ジェノサイドは自分の顎のあたりを撫でまわした。ジョリジョリと心地よくない音がする。
そんなジェノサイドにコウは、ジェノサイドの肩を抱くように抱きついた。
「よく戻られました」
コウの背に肩を置いてジェノサイドは答えた。
「ああ、戻ってきたよ」
メルが気づかわし気な声をかけた。
「コウ先生、ここはだいぶ落ち着きました。あとはわたしたちが交代で診ますから、コウ先生はお休みになってください。その方たちと込み入ったお話もあるようですし」
「そうかい。ありがとう。それではお言葉に甘えさせてもらおう」
「ゆっくりお休みください」
コウは再びジェノサイドに向き直った。
「ジェノサイド様、夕食を一緒にどうですか? 食事をしながら、積もった話でもしませんか?」
ジェノサイドは気さくに請け合った。
「もちろんだよ。家族の話も聞きたいし。ジオラルドは元気かい?」
コウは顔色を曇らせた。
「その話はのちほど。話が長くなってしまいますから」
コウの様子にジェノサイドも何かを感じ取り、ここではそれ以上は追及せずに、頷いた。
「ユーリもどうだい? コウがきっとおいしい料理屋に連れて行ってくれるだろうから、一緒に食事しようよ」
ユーリとしても腹が減っているのは事実だった。
「ご一緒してもいいですか?」
「もちろんですとも。ユーリ殿は医療院の立役者です。とっておきのお店をご紹介しましょう」
ユーリはジェノサイドとともに自分の荷物をまとめた。まとめているときにジェノサイドは悲鳴じみた声をあげた。
「しまった。せっかく昨日、たくさん獲ったツチイタチの爪を置いてきてしまったよ」
ユーリは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、そんなことがあったね」
自分の住んでいた村が魔物に襲われていることを目にして、ジェノサイドは担いでいた袋を邪魔だとばかりに、投げ出して駈け出したのだった。あの袋の中に苦労して拾ったツチイタチの爪が入っていたのだ。
「失敗したなぁ。せっかくお土産にしようと思ったのに」
コウがにこにことほほ笑みながら言った。
「お土産はジェノサイド様の元気な姿で充分ですとも」